第1話 死んだら女神がポンコツだった件
目が覚めたら、真っ白な空間にいた。
最後の記憶は、三日連続の徹夜明けにオフィスのデスクに突っ伏したところまでだ。あとはもう、何も覚えていない。
「おはようございます〜。えっと、黒崎琉生さん、ですよね?」
間の抜けた声がして顔を上げると、そこにはとんでもない美少女が立っていた。
銀色の長い髪に、星のように輝く瞳。純白のローブを纏ったその姿は、まるで西洋絵画の天使そのものだ。ただし、手元にはやたらと分厚い書類の束を抱えており、しかもその半分くらいがバラバラとこぼれ落ちている。
「あ、あわわっ……ちょっと待ってくださいね……」
少女は慌てて書類を拾い集めるが、拾ったそばからまた別の紙が落ちていく。なんだか見ていて不安になる光景だった。
「……あの、ここはどこですか? というか、あなたは?」
「あ、自己紹介がまだでしたね。わたし、創造神アルテミアと申します。この世界の管理を任されている神、です」
神。
創造神。
その単語を聞いた瞬間、すべてを悟った。
「俺、死んだんですか」
「はい。過労による心不全で、享年二十八歳。お疲れ様でした」
あっけらかんと言われた。享年二十八。笑えない。いや、むしろ笑うしかない。
「それで、琉生さんにはですね、異世界に転生していただきたいのですが」
「異世界転生……マジか」
「マジです。前世でとっても頑張ったので、特別にスキルをお付けしますね。えーっと、どこだったかな……」
アルテミアはガサゴソと書類をめくり始める。
「あ、ありました。転生者特典申請書です。ここにスキル一覧がありまして、お好きなものを三つまで選べるのですが——」
と、その時だった。
アルテミアの肘が書類の山にぶつかり、がさっと崩れた。
「きゃっ!?」
彼女が慌てて書類を掴もうとした拍子に、手元の端末——神様もタブレットを使うらしい——の画面を思いきり連打してしまった。
ピピピピピピ、と軽快な電子音が鳴り響く。
「あ、あれ? ちょっと待ってください、今なにか——」
画面を覗き込んだアルテミアの顔が、みるみる青ざめていった。
「えっ……うそ……」
「どうしたんですか?」
「い、いえ、あの、その……大したことじゃないと言えば大したことじゃないんですが……」
アルテミアは引きつった笑顔で振り返った。
「生産系スキル、全部カンストしちゃいました」
「は?」
「鍛冶、錬金術、料理、裁縫、建築、木工、革細工、宝飾加工、付与魔法、薬学——全部レベル999のEXランクです。しかも取り消しができません」
「…………え?」
「あと、ついでに『万物鑑定』と『無限収納』と『超再生』も付いちゃいました。ごめんなさい」
ごめんなさい、じゃない。
いや、待て。冷静になれ。つまり俺は、生産系スキルを全部最高ランクで持った状態で異世界に行くということか。
「それって、めちゃくちゃ強いんじゃ……」
「強いなんてもんじゃないです。歴代の転生者で最高でもスキル三つだったのに、琉生さんは十三個ですよ十三個。しかも全部カンスト。上司に知られたら始末書じゃ済みません……」
アルテミアは半泣きになっている。正直、ちょっとかわいい。
「ま、まあ大丈夫ですよ。別に世界を征服するつもりはないですし。のんびり暮らせればそれで」
「ほ、本当ですか? お願いします、目立たないようにしてくださいね?」
「了解了解。で、転生先はどんなところですか?」
「エルシード大陸という剣と魔法の世界です。人間、エルフ、ドワーフなど多種多様な種族が暮らしていて、冒険者ギルドもあります」
「王道だな」
「転生先は辺境の街クロスベルにしますね。穏やかな街なので、のんびり暮らすにはぴったりです」
「ありがたい。じゃあ、お願いします」
「はい。あ、それと琉生さん——」
アルテミアがふわりと微笑んだ。
「今度こそ、幸せになってくださいね」
柔らかな光が全身を包み込む。
意識が遠のいていく中、俺は思った。
——まあ、のんびり暮らすだけなら、スキルが多少多くても問題ないだろう。
この時の俺は、まだ知らなかった。
EXランクの生産スキルが、「多少」どころの話ではないことを。




