表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

冒頭

 故郷近くの石造りのギルド出張所。

 高い窓から差し込む夕間暮れの光が、宙を舞う細かな埃を白く照らしている。


 演習や依頼を終えた学生たちの話し声が、高い天井に反響しては、静かなロビーの空気の中へと溶けていった。


「……結局、あの森で見えた影は何だったんだろうな」

「一瞬だけ視界を横切った、あの異常に速い何かでしょ? 不気味よね。魔物じゃなさそうだったけど…」


 掲示板の前で、装備を解いた若者たちが不思議そうに首を振る。

 彼らが怪しむ『影』の正体を知る者は、この場にはいない。


 ロビーの隅。

 影に沈むベンチに、一人の黒髪の少年が静かに腰を下ろしていた。


 レイ。


 彼が手元で見つめている計測票には、夕光に透かされて、ひどく頼りない数字だけが並んでいる。


【ステータス計測報告書:レイ】

 | 項目 | 数値 | 評価 |

 | 筋力 (STR) | 10 | 力不足 |

 | 頑健 (VIT) | 10 | とても弱い |

 | 俊敏 (AGI) | 10 | のろい |

 | 精神 (MP) | 10 | からっぽ |

 判定:最低ライン


「おい、見ろよ。また『エンド』が座ってるぜ」


 通り過ぎる学生たちの嘲笑を、レイはただの空気の振動として受け流した。

 彼らにとって、レイは最初から「10」という記号でしかない。


 レイは懐から、使い古された小さな薬瓶を取り出した。

 中に入っているのは、安価なステータス増強剤だ。


 数時間前。

 一人で実家へ帰省する途中、森の街道で魔物に囲まれている少女を見かけた。

 放っておけず、彼は自身の『ステータス』を対価として、魔術を編み上げた。


 削り取られた数値が、不可視の刃となって空間を裂く。

 少女を襲おうとしていた魔物たちの足首が、まるで目に見えない何かに刈り取られたかのように、一瞬で切断された。


 それは、己の能力値を一時的に切り売りし、「10」という低数値では不可能な結果を、強引に捻り出すひどく効率の悪い業。

 本来、ステータスは戦うために積み上げる資産だ。それをわざわざ消費して一時の現象を「買う」など、まともな探索者なら決して選ばない、あまりに割に合わない手段だった。


 その代償として、無理やりスキルを捻り出した彼のステータスは、今、一桁の領域へと足を踏み入れようとしている。


 ステータス「10」。

 それは、この世界で『普通に生活できる』最低限のラインだ。


 もしこれが「9」を下回れば、めまいに襲われ、呼吸すら苦しくなる。数値が下がるほどに体は病に蝕まれたように重くなり、やがて動けなくなる。


 目減りした数値を、薬の力で強引に「10」まで埋め戻す。

 震える指先で薬を口に運び、レイは喉を鳴らした。


(……これで、いい)


 魔術の反動で消失した数値が自然に回復するには、まだ時間がかかる。それまでの間、こうして薬で「底上げ」をしていなければ、彼は帰省の道中で倒れ伏すことになるだろう。


 一度削れて消えた数値は、簡単には戻ってこない。

 自分の命を前借りしているような、ひどく不安定な感覚。


 けれど、あの時の少女が怪我をせずに済んだのなら、それで十分だった。


 レイは空になった薬瓶を隠すようにポケットへしまい、重い腰を上げた。

 自分を笑う声が響くロビーには目もくれず、彼は一人、夕闇が迫る出口へと歩き出した。

今回が初投稿です。よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ