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ニライカナイの花嫁  作者: 望月冴子
第2章:竜の島への嫁入り

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神々の理想郷

「えーと、まずは真珠宮の中だな」


 ギルターが先に立って歩き出す。

 ミルゥはお利口に、その後ろをツムギを乗せてついていった。


「そうだ、トイレ大丈夫か?」

「え、トイレあるの?」


 外でする覚悟をしていたツムギは、思わずほっと息をつく。


「俺たちは外でしても気にしないけどさ。花嫁用に、ちゃんとそういうのも整えてある」

「そっか。あたしの前にも、花嫁さんたちがいたんだもんね」


 ツムギは納得してうなずく。


「うん」


 ギルターは少しだけ遠い目をした。


「俺で一体、何代目なんだろうな。島の名前の“ネディラ”っていうのは、ここに最初に降り立った竜人の名前だ。俺の偉大なるご先祖さまだな」

「なるほどぉ」

「そっから代々、いろんな竜人と花嫁が、この真珠宮で暮らしてきたんだ」


 ギルターは白い壁にそっと手をやる。


「神気で補強したり、あちこち手直ししてるからな。古いけど、綺麗だろ?」

「“すんごいパワー”ね。綺麗すぎるくらいだよぉ」

「なら、よかった」


 ギルターはにっこり笑う。


「お姫さまにふさわしい宮殿にしなくちゃ、と思ってさ。ちょっと頑張ったんだぜ」

「お姫さまって……キザすぎぃ」


 ツムギは照れくさくて笑う。

 ギルターも楽しそうに笑った。


「ゼータはキッチンをいろいろ改造してたぞ。レイゾウコとか作ったりしてな」

「ほぇー、すごいね。電気は無いんだよね?」


 ツムギが首をかしげると、ギルターは少し言いにくそうに唸る。


「そう。……うーん、ツムギは苦手かもな。ウスラギっていう、冷たい息を吐くヘビがいて──」

「えっ?」


 ツムギの目が、ぱっと輝いた。


「そんなヘビさんがいるの?!見たい!」

「……ヘビ、平気か?」


 ギルターは目を瞬かせる。


「うん!」

「そっか。人間の女の子は、そういうの嫌いかと思ってた」


 ツムギは肩をすくめて笑う。


「嫌いな人もいるかもねぇ」

「そのヘビにさ、氷を作ってもらってるんだ」


 なるほどぉ、とツムギはうなずいた。

 昔の時代は、冷蔵庫の上段に氷を入れて冷やしていた──そんな話を聞いたことがある。

 それと同じ仕組みなのだろう。


「力を貸してくれるなんて、優しいヘビさんだねぇ」

「そう思うだろ?実は、ゼータの飯が狙いでな」

「あはは、なるほどぉ」


 そんな話をしながら、二人と一匹は廊下を進んでいく。


「ここはそのゼータの部屋だ。鍵かかってるから大丈夫だと思うけど、入るなよ。すっげぇ怒られるから」

「はぁい」

「俺の部屋は、いつ来てくれても大歓迎だぜ」


 ギルターはウインクする。

 さすがにツムギも、もう慣れてきた。


✳︎✳︎✳︎


 ひと通り宮殿の中を案内してもらい──なんとお風呂まであった──次は島を見て回ることになった。


「表の出入り口はさっき使ったから、今度は裏から出るか」


 宮殿の白いアーチをくぐり、外へ出る。

 その瞬間、陽光がいっきに視界いっぱいに広がった。


 珊瑚色の土の道。

 風に揺れる青緑の草。

 遠くの断崖では、滝が白い糸のようにきらめいている。


 ツムギは思わず目を丸くした。


「綺麗……!!」

「まだ入口だぜ、ツムギ。いや、出口か?ここから先が、もっとすげぇんだ」


 その声は誇らしげだった。


 そのままゆっくり歩いて、畑と果樹園にやって来た。


「ゼータご自慢の植物園だ。もちろん、全部食べられるやつだぜ」

「すごいねぇ」


 ツムギは、色とりどりの植物を見回す。

 あちこちで、ミルゥと同じヤギたちが、のんびり草を食んでいた。


 あまりにも穏やかな光景に、ツムギはふと心配になる。


「あの子たち、飼ってるわけじゃないんだよね?」

「おぅ」


 ギルターはうなずく。


「飯と引き換えに、たまにミルクを分けてもらってるだけだぞ」

「そうだ、ポテサラに使ってるって言ってたねぇ」


 食用のヤギではないらしい。

 少しホッとした。


 出されればなんでも美味しくいただくけれど、友だち──ミルゥの仲間を食べるのは、さすがに気が引ける。


 島の大半は自然のままだが、ところどころこうして開拓され、畑や道が整えられているらしい。

 ぐるりと島を一周できる道もあるという。


「さすがに一周は数時間かかるけどな。いつでもミルゥで散歩してくれ。この道沿いなら、凶暴な生き物も出ない」


 コンクリートで固めているわけでもないのに、よく維持できるものだ。

 どうやら、ここでも“すんごいパワー”が使われているらしい。

 便利な話である。


 島はやっぱり、ツムギのいた世界とはまるで違う生態系らしかった。

 見覚えのある形をしていても、どこか違う生き物ばかりだ。


 ツムギは興奮して、あれこれと指を差す。

 ギルターはその度に、微笑みながら一つ一つ名前と役割を丁寧に教えてくれた。


 やがて、小高い丘に差しかかる。

 ミルゥが丘を登りきったその瞬間──


「ほわぁ……」


 ツムギの口から、思わず小さな息がこぼれた。


 海だ。

 まるで光が海底から湧き上がっているかのように、波の一つ一つが淡く白く煌めいている。


「ニライカナイの海だ」


 ギルターが言った。


「……俺たち竜人が守ってきた、“神々の祝福の海”」

「ニライカナイ……」


 ツムギは、そっとその名をつぶやく。

 聞いたことがある。


 神々が棲まう、理想郷。


「……改めて、とんでもないところに来ちゃったなぁ」


 苦笑いしながらも、ツムギは目の前の絶景に目を細めた。


「……花嫁の君に、ここからの海を見せたかったんだ」


 ギルターは嬉しそうに、けれどどこか照れくさそうに目を細める。


「喜んでくれてよかった。他にも、見せたいもんが山ほどある」

「……それは楽しみだぁ」


 風が、二人のあいだを静かに抜けていく。


 ツムギは草の上に腰を下ろし、足を伸ばしてその風を全身で受け止めた。


 ミルゥはそばで、のんびりと草を食べ始める。

 ギルターがそれを指差す。


「ミルゥの一番の好物だ。ウキツメクサ」

「へぇぇ。美味しい?ミルゥ」


 茎から、四つ葉のクローバーみたいな葉っぱがたくさん生えている。

 ツムギは一つ摘み取ってミルゥに差し出す。


「くぅーん」

「割となんでも食うけどな、こいつ」


 くすっと笑いながら、ギルターが言う。


 のんびりとした、穏やかな時間が流れていく。

 広がる緑。

 可愛い生き物。

 風と、海。


 そして──隣には、優しい目をした人。


 昨日まで一人で部屋に引きこもっていたのが、まるで遠い昔のことのように思えた。


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