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ニライカナイの花嫁  作者: 望月冴子
第2章:竜の島への嫁入り

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竜の島の昼ごはん

 ミルゥに揺られて、ツムギは廊下を進む。

 奥から、ふわりと食べ物の香りが流れてきた。


「ほわぁ……いい匂い……!」


 ミルゥの存在もあって、ツムギのテンションは少し高めだった。


「ゼータが昼飯を用意してる。張り切ってるぜ」


 さきほどの、気難しそうなギルターの弟の姿を思い出す。


「あの人、お料理できるんだぁ」

「そう。趣味らしくてな。──ここが食堂だ」


 ギルターが、どこか諦めたように苦笑する。


「びっくりするなよ……」

「うん?」


 扉が開いた瞬間、ツムギは目を見張った。


 白い大皿、小皿、鉢……。

 テーブルに整然と並べられた器の数々。


 あちこちから、温かな湯気が立ちのぼっている。


 料理は、どう見ても十人前以上あった。


「……パーティのご馳走だぁ……」


 唖然として思わず問いかける。


「……二人で住んでるって言ったよね?あたし以外にも、お客さんいるの?」

「いないぞ。それに、ツムギは客じゃないだろ」


 ギルターはさらりと言った。


「もう、ここの女主人だぜ」

「えぇ、そんなぁ……」


 そう言っているところへ、食堂脇のキッチンからゼータが現れた。

 両手にはまだ皿を抱えている。


 表情は静かだが、目は完全に戦闘モードだ。


 ツムギはおずおずと声をかける。


「あの……こんなにたくさん、全部あなたが作ったの?」

「どれが口に合うかわかりませんから」


 静かな声だった。


「ほわぁ……」

「ツムギが来たからって、張り切りすぎ」


 ギルターが茶々を入れる。


「別に張り切っていません。いつも通りです」


 即答。

 しかも、ほんのりイラッとしている。


 そのやり取りがなんだかおかしくて、ツムギは微笑んだ。


 ギルターは「どう見ても張り切ってるだろうが」と小さくぼやきながら、ツムギをミルゥから下ろし、椅子にそっと座らせる。

 ミルゥは足元で丸くなった。


 ツムギは照れくさくて、少し唇をとがらせる。


「そのくらい、自分で出来るよぉ」

「そっか。でも、俺がしたいから」


 ギルターは優しく微笑んだ。


 そこへ、ゼータが冷たい声で割り込む。


「料理が冷めます。イチャイチャは後にしてください」

「イチャイチャとか言うな!」


 ギルターの顔が一気に赤くなる。

 ツムギもつられて頬を染めた。


✳︎✳︎✳︎


 最初にゼータが差し出してきたのは、貝殻の器に盛られた淡い白のスープだった。


「いい匂い!」

「“クラム貝”の蒸し汁です」


 それだけ言うと、ゼータはまたキッチンの奥へ引っこんでいく。

 ツムギはその背中を目で追った。


「あの人は食べないの?」

「そのうち食うだろ。さ、冷めないうちに食おうぜ」


 ツムギはうなずき、木のスプーンを手に取る。

 正直、かなりお腹が空いていた。


「いただきます!えっと……“クラム貝”だっけ。初めて聞いたなぁ」

「怖くないぞ。この島には、人間に毒のあるものはない」

「そうなんだぁ」


 スープをすくって口に運ぶ。


 驚くほどやさしい味が広がった。

 疲れた体に、ほどよい塩気が染み渡る。


「……おいしい……!!」


 思わず声が上がる。

 いつの間にか戻ってきていたゼータの目が、ほんのわずかに緩んだ──ような気がした。


「塩気は足りていますか?人間の好みはわからないので。塩は、干潮の洞窟で採れる純度の高いもので──」

「ゼータ」


 口早に説明するゼータを、ギルターがやんわり遮る。


「落ち着いて食わせてやれ」

「……わかりました」


 ゼータは素直にうなずいたが、どこかむすっとしていた。

 ツムギはくすっと笑い、次の料理に手を伸ばす。


 花の形に盛られた白身魚。

 甘い葉野菜──“ウシオ草”を蒸したもの。

 ふわふわの海藻プディング。

 口に入れると、まるで雲みたいな食感だった。


「ツムギ、これも美味いぞ。なんかイモを潰したやつ」

「それはジョウロイモをマッシュして、ヤギミルクで和えたものを——」

「わかった、わかった」


 取り分けてもらいながら、ツムギはふと思いついてギルターに話しかける。


「竜人さまも、普通のご飯を食べるんだねぇ。普通っていうか……ご馳走だけど」

「──ああ。生肉とか食ってると思ってた?」


 ギルターが、いたずらっぽく笑う。


「うん。人間とか」

「ぶっ!」


 ギルターが思いきり吹き出した。


「汚いですよ」


 いつの間にか席についていたゼータが、即座に注意する。


「わ、わりぃ。人間は食わねぇよ!さっき言っただろ?」

「そうだったねぇ」


 ツムギはのんびりとうなずく。

 ギルターは一生懸命に説明しだした。


「あのな。竜人はオスしか生まれないってだけで、あとは、ほとんど人間と変わらないんだぜ」

「そうなの?神さまなのに?」


 ツムギは首をかしげる。


「そうそう。まぁ、生肉も食おうと思えば食えるけどさ……」


 ギルターはちらりとゼータを見る。


「ゼータ飯のほうが美味いし」

「ほんとに美味しいもんねぇ」


 ツムギもにこにこと言った。


 ゼータは素知らぬ顔で、自分の料理を口に運んでいる。

 でも、お兄さんに褒められて少し嬉しそうに見えた。


 気を取り直したように、ギルターが言う。


「ツムギ、無理しなくていいからな。食えるぶんだけでいい。ゼータは昔っから加減を知らねぇんだ」

「兄上が適当すぎるんです」

「なんだと!ったく、可愛くねぇな」

「……ふふ」


 二人のやり取りがおかしくて、ツムギは笑いをこらえきれず、声を上げて体を揺らした。

 四つの碧い瞳が、ぴたりとツムギを見る。


「あはは……ごめん。二人とも、仲いいんだねぇ」


 ゼータは心外そうに眉をひそめ、ギルターは顔をそらして照れたように頭をかいた。


 ツムギはしみじみと呟く。


「だれかとご飯食べるの、久しぶり……」


 胸の奥で、ずっと忘れていたあたたかさが静かにふくらんでいった。


✳︎✳︎✳︎


「ごちそうさまでしたぁ」


 ようやく食事を終え、両手を合わせる。

 ここまで満腹になるまで食べたのは、本当に久しぶりだった。

 もう、ごはん一粒だって入らない。


 ギルターが楽しそうに顔を覗き込んでくる。


「細いのに、意外とよく食うんだな」

「美味しかったんだもん!それに、ギルターほどじゃないよぉ」


 ギルターは軽く五人前ほどを平らげていた。

 ゼータも配膳しながら、かなりの量を食べている。

 どうやら竜人さまは大食いらしい。


 それでも、テーブルの上には二割ほどの料理が残っていた。

 ツムギは少し心配になって言う。


「……残ったご馳走、どうするのかなぁ」

「島の生き物にやるんだろ」

「え?」


 あっさり言われて目を丸くする。


「動物がこれ食べるの?大丈夫?」

「おう。いつもやってるぞ」

「へぇ〜……」


 確かに、ミルゥも足元で、ツムギと同じサラダやパンをもしゃもしゃと食べていた。


 やっぱりこの島の生き物は、ツムギのいた世界とは体の作りが違うらしい。


 ゼータは会話に加わらず、手際よく食器を片付けている。


「おっと。お手伝いしなきゃねぇ」


 ミルゥに乗せてもらいツムギが食器を運ぶと、ゼータに鋭くにらまれた。


「……皿を割ったらどうするんですか。引っ込んでいてください」

「ありゃ……ごめんなさい」


 ツムギは肩をすくめる。


「おい、ゼータ。言い方!」


 ギルターがすぐに割って入り、ツムギをかばう。


「ツムギ、大丈夫だ。ゼータはツムギを心配してるだけだぜ」

「え、ほんと?」


 ツムギは目を瞬かせ、ゼータの整った顔を覗き込む。


「心配してくれてるのぉ?」

「してません」


 即答だった。


 ツムギは二人の顔を見比べる。


「えぇ……どっち?」

「ったく、素直じゃねぇんだから……」


 ギルターのぼやきに、ゼータがじろりと睨み返す。


「二人とも邪魔です。暇なら、外を散歩してきたらどうですか」


 ツムギとギルターは顔を見合わせる。


「じゃあ……腹ごなしに、島を案内しようか」

「あ、行きたい!」


 ツムギはすぐにうなずく。


 腹ごなしと言っても、歩けないツムギはミルゥに揺られるだけだ。

 それでも景色を見て回れるのは嬉しかった。


 再びミルゥの背に乗せられながら、ゼータに声をかける。


「じゃあ、ごちそうさまでした。ゼータさん」

「ゼータで結構です」

「はぁい、ゼータ」


 ギルターはにこにこと二人を見ている。


 二人と一匹は、満ち足りたお腹と気分で食堂を後にした。

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