竜の島の昼ごはん
ミルゥに揺られて、ツムギは廊下を進む。
奥から、ふわりと食べ物の香りが流れてきた。
「ほわぁ……いい匂い……!」
ミルゥの存在もあって、ツムギのテンションは少し高めだった。
「ゼータが昼飯を用意してる。張り切ってるぜ」
さきほどの、気難しそうなギルターの弟の姿を思い出す。
「あの人、お料理できるんだぁ」
「そう。趣味らしくてな。──ここが食堂だ」
ギルターが、どこか諦めたように苦笑する。
「びっくりするなよ……」
「うん?」
扉が開いた瞬間、ツムギは目を見張った。
白い大皿、小皿、鉢……。
テーブルに整然と並べられた器の数々。
あちこちから、温かな湯気が立ちのぼっている。
料理は、どう見ても十人前以上あった。
「……パーティのご馳走だぁ……」
唖然として思わず問いかける。
「……二人で住んでるって言ったよね?あたし以外にも、お客さんいるの?」
「いないぞ。それに、ツムギは客じゃないだろ」
ギルターはさらりと言った。
「もう、ここの女主人だぜ」
「えぇ、そんなぁ……」
そう言っているところへ、食堂脇のキッチンからゼータが現れた。
両手にはまだ皿を抱えている。
表情は静かだが、目は完全に戦闘モードだ。
ツムギはおずおずと声をかける。
「あの……こんなにたくさん、全部あなたが作ったの?」
「どれが口に合うかわかりませんから」
静かな声だった。
「ほわぁ……」
「ツムギが来たからって、張り切りすぎ」
ギルターが茶々を入れる。
「別に張り切っていません。いつも通りです」
即答。
しかも、ほんのりイラッとしている。
そのやり取りがなんだかおかしくて、ツムギは微笑んだ。
ギルターは「どう見ても張り切ってるだろうが」と小さくぼやきながら、ツムギをミルゥから下ろし、椅子にそっと座らせる。
ミルゥは足元で丸くなった。
ツムギは照れくさくて、少し唇をとがらせる。
「そのくらい、自分で出来るよぉ」
「そっか。でも、俺がしたいから」
ギルターは優しく微笑んだ。
そこへ、ゼータが冷たい声で割り込む。
「料理が冷めます。イチャイチャは後にしてください」
「イチャイチャとか言うな!」
ギルターの顔が一気に赤くなる。
ツムギもつられて頬を染めた。
✳︎✳︎✳︎
最初にゼータが差し出してきたのは、貝殻の器に盛られた淡い白のスープだった。
「いい匂い!」
「“クラム貝”の蒸し汁です」
それだけ言うと、ゼータはまたキッチンの奥へ引っこんでいく。
ツムギはその背中を目で追った。
「あの人は食べないの?」
「そのうち食うだろ。さ、冷めないうちに食おうぜ」
ツムギはうなずき、木のスプーンを手に取る。
正直、かなりお腹が空いていた。
「いただきます!えっと……“クラム貝”だっけ。初めて聞いたなぁ」
「怖くないぞ。この島には、人間に毒のあるものはない」
「そうなんだぁ」
スープをすくって口に運ぶ。
驚くほどやさしい味が広がった。
疲れた体に、ほどよい塩気が染み渡る。
「……おいしい……!!」
思わず声が上がる。
いつの間にか戻ってきていたゼータの目が、ほんのわずかに緩んだ──ような気がした。
「塩気は足りていますか?人間の好みはわからないので。塩は、干潮の洞窟で採れる純度の高いもので──」
「ゼータ」
口早に説明するゼータを、ギルターがやんわり遮る。
「落ち着いて食わせてやれ」
「……わかりました」
ゼータは素直にうなずいたが、どこかむすっとしていた。
ツムギはくすっと笑い、次の料理に手を伸ばす。
花の形に盛られた白身魚。
甘い葉野菜──“ウシオ草”を蒸したもの。
ふわふわの海藻プディング。
口に入れると、まるで雲みたいな食感だった。
「ツムギ、これも美味いぞ。なんかイモを潰したやつ」
「それはジョウロイモをマッシュして、ヤギミルクで和えたものを——」
「わかった、わかった」
取り分けてもらいながら、ツムギはふと思いついてギルターに話しかける。
「竜人さまも、普通のご飯を食べるんだねぇ。普通っていうか……ご馳走だけど」
「──ああ。生肉とか食ってると思ってた?」
ギルターが、いたずらっぽく笑う。
「うん。人間とか」
「ぶっ!」
ギルターが思いきり吹き出した。
「汚いですよ」
いつの間にか席についていたゼータが、即座に注意する。
「わ、わりぃ。人間は食わねぇよ!さっき言っただろ?」
「そうだったねぇ」
ツムギはのんびりとうなずく。
ギルターは一生懸命に説明しだした。
「あのな。竜人はオスしか生まれないってだけで、あとは、ほとんど人間と変わらないんだぜ」
「そうなの?神さまなのに?」
ツムギは首をかしげる。
「そうそう。まぁ、生肉も食おうと思えば食えるけどさ……」
ギルターはちらりとゼータを見る。
「ゼータ飯のほうが美味いし」
「ほんとに美味しいもんねぇ」
ツムギもにこにこと言った。
ゼータは素知らぬ顔で、自分の料理を口に運んでいる。
でも、お兄さんに褒められて少し嬉しそうに見えた。
気を取り直したように、ギルターが言う。
「ツムギ、無理しなくていいからな。食えるぶんだけでいい。ゼータは昔っから加減を知らねぇんだ」
「兄上が適当すぎるんです」
「なんだと!ったく、可愛くねぇな」
「……ふふ」
二人のやり取りがおかしくて、ツムギは笑いをこらえきれず、声を上げて体を揺らした。
四つの碧い瞳が、ぴたりとツムギを見る。
「あはは……ごめん。二人とも、仲いいんだねぇ」
ゼータは心外そうに眉をひそめ、ギルターは顔をそらして照れたように頭をかいた。
ツムギはしみじみと呟く。
「だれかとご飯食べるの、久しぶり……」
胸の奥で、ずっと忘れていたあたたかさが静かにふくらんでいった。
✳︎✳︎✳︎
「ごちそうさまでしたぁ」
ようやく食事を終え、両手を合わせる。
ここまで満腹になるまで食べたのは、本当に久しぶりだった。
もう、ごはん一粒だって入らない。
ギルターが楽しそうに顔を覗き込んでくる。
「細いのに、意外とよく食うんだな」
「美味しかったんだもん!それに、ギルターほどじゃないよぉ」
ギルターは軽く五人前ほどを平らげていた。
ゼータも配膳しながら、かなりの量を食べている。
どうやら竜人さまは大食いらしい。
それでも、テーブルの上には二割ほどの料理が残っていた。
ツムギは少し心配になって言う。
「……残ったご馳走、どうするのかなぁ」
「島の生き物にやるんだろ」
「え?」
あっさり言われて目を丸くする。
「動物がこれ食べるの?大丈夫?」
「おう。いつもやってるぞ」
「へぇ〜……」
確かに、ミルゥも足元で、ツムギと同じサラダやパンをもしゃもしゃと食べていた。
やっぱりこの島の生き物は、ツムギのいた世界とは体の作りが違うらしい。
ゼータは会話に加わらず、手際よく食器を片付けている。
「おっと。お手伝いしなきゃねぇ」
ミルゥに乗せてもらいツムギが食器を運ぶと、ゼータに鋭くにらまれた。
「……皿を割ったらどうするんですか。引っ込んでいてください」
「ありゃ……ごめんなさい」
ツムギは肩をすくめる。
「おい、ゼータ。言い方!」
ギルターがすぐに割って入り、ツムギをかばう。
「ツムギ、大丈夫だ。ゼータはツムギを心配してるだけだぜ」
「え、ほんと?」
ツムギは目を瞬かせ、ゼータの整った顔を覗き込む。
「心配してくれてるのぉ?」
「してません」
即答だった。
ツムギは二人の顔を見比べる。
「えぇ……どっち?」
「ったく、素直じゃねぇんだから……」
ギルターのぼやきに、ゼータがじろりと睨み返す。
「二人とも邪魔です。暇なら、外を散歩してきたらどうですか」
ツムギとギルターは顔を見合わせる。
「じゃあ……腹ごなしに、島を案内しようか」
「あ、行きたい!」
ツムギはすぐにうなずく。
腹ごなしと言っても、歩けないツムギはミルゥに揺られるだけだ。
それでも景色を見て回れるのは嬉しかった。
再びミルゥの背に乗せられながら、ゼータに声をかける。
「じゃあ、ごちそうさまでした。ゼータさん」
「ゼータで結構です」
「はぁい、ゼータ」
ギルターはにこにこと二人を見ている。
二人と一匹は、満ち足りたお腹と気分で食堂を後にした。




