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ニライカナイの花嫁  作者: 望月冴子
第2章:竜の島への嫁入り

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宮殿とフワモコ

「──ここが俺たちの家だ」


 ギルターが、白い宮殿の入り口で立ち止まった。


「俺たちは“真珠宮”って呼んでる」

「真珠宮……!」


 ツムギは思わず声を上げる。

 これ以上ないほど、しっくりくる名前だった。


「人間界に、真珠って貝があるんだろ?それにそっくりだって、昔の花嫁が名付けたらしい」

「ほんとにそっくりだよぉ」


 ギルターはツムギを抱き上げたまま、中へ足を踏み入れる。

 弟のゼータは、いつの間にか先に行ってしまったらしく、姿が見えなかった。


「……いまさらだけど、重くない?」


 ツムギは心配になって言う。


「全然ヘーキ」


 ギルターは子どもみたいに、にかっと笑った。


(カッコいいのに、可愛い……)


 ツムギは頰が赤いのをごまかすように視線を落とした。


 真珠宮の内部は、外観から想像していたよりもずっと広かった。

 白い光がやわらかく天井を満たし、壁には結晶がきらめいている。

 そっと触れると、ひんやりするどころか、ほのかにぬくもりがあった。


 建物なのに、生き物の巣みたいだ。

 どこか呼吸しているような、不思議な美しさ。


 建築にはあまり興味がないツムギでも、思わず見とれてしまう。


「まずは君の部屋に行こうな」


 歩きながらギルターが言った。


「え、あたしの部屋があるの?」

「もちろん」


 ギルターは片目をつむる。


「俺としては、一緒の部屋でもいいんだけどな」


 ツムギはまた顔が熱くなるのを感じた。


「ここだ」


 しばらくして立ち止まると、扉が音もなく開く。


「ほわぁ……」


 思わず息が漏れた。


 部屋は柔らかな白で統一され、床には海の波を思わせる青が差している。

 天蓋つきのベッドは広々として、布は真珠色に淡く光っていた。

 枕元には、鮮やかな南国の花。


「お姫さまの部屋みたいだねぇ!」

「気に入ったか?」


 ギルターはツムギをそっとベッドに下ろす。


「うん」


 ツムギがにっこり笑うと、ギルターも穏やかに微笑んだ。


 ギルターは部屋の隅のクローゼットを開け、布の束を抱えて戻ってくる。


「用意しといた服だ。その格好、綺麗だけど動きづらいだろ?」


 花嫁衣装を示しながら、服の塊をベッドに置く。


「好みとサイズが合うか分からないけど。好きなの選んでくれ」

「あ、ありがとう……」


 ギルターが、じっとツムギの顔を覗き込む。


「……着替えるの、手伝おうか?」

「じ、自分で出来るよぉ!」


 慌てて言うと、ギルターは楽しそうに笑った。


「じゃあ残念だけど、外で待ってるぜ」


 ウインクを残して、部屋を出ていく。


「キザすぎぃ……」


 頬を押さえつつ、ツムギは服の山をかき分けた。

 ずいぶんとたくさんある。

 ほとんどが、綿や麻のような柔らかな素材だ。


 その中から、綺麗な深緑の長衣を選んだ。

 襟元には、波とも渦ともつかない刺繍が入っている。

 竜人さまの紋様なのだろう。


「これにしよっと」


 髪をほどき、花嫁衣装から着替える。

 足元も草履のような履き物に替えた。


(靴下ないと、傷が見えちゃうな。……ま、いっかぁ)


 事故でできた足の傷跡をなんとなく撫でていると、ノックの音がする。


「着替えられたか?」

「あ、うん!」

「入っていいか?」

「どうぞ!」


 入ってきたギルターは、羽織を脱いだラフなシャツ姿だった。

 飾り気のない服が、かえって容姿の良さを引き立てている。


「……似合ってるぜ、お姫さま」


 ギルターはツムギを見て目を細める。


「ちょっと腰がゆるかったかな……」


 ギルターが手をかざすと、服の糸がするすると動き、生地が身体に沿った。


「ほわっ、なに?」

「びっくりさせたか?」


 ギルターは笑う。


「“神気”ってやつだ。竜人の……まあ、すんごいパワーだな」

「すんごいパワー……」


 雑な説明に、ツムギは目を見張る。


「島の素材を、神気で編んで作った服なんだ」

「え、ギルターが?」

「うん」

「すごい……!」

「ツムギに似合ってよかった」


 ギルターは頭をかき、花瓶から一輪取ってツムギの髪に挿す。


「──これで完璧」

「……キザすぎぃ」


 照れ隠しの言葉にも、ギルターは気にした様子はない。

 ツムギの跳ねた髪を優しく撫でた。


「少し休んでていいぜ。色々準備してくる」

「あ、うん……」

「これ、洗っとくな」


 残りの服をクローゼットに戻し、花嫁衣装を抱えて出ていく。


「ふぅ……」


 ツムギは、止めていた息を吐いた。


「人間の男の子相手でも、こんなことなかったのにぃ……」


 手で仰いで顔の熱を冷ましていると、今度は急に瞼が重くなる。


「確かに、ちょっと疲れたなぁ……」


 何しろ、普段はめったに動かないのだ。

 一気に緊張が抜け、ツムギはそのまま、うとうとと微睡みに落ちていった。


✳︎


「くぅーん……」


 すぐ近くで何かの鳴き声がして、ツムギの意識が引き戻された。


 ゆっくりと目を開けると、ガラスの天井越しに、青い空がぼんやり揺れていた。

 どこかでさざ波の音がしている。


 ──そうだ。

 竜の島に着いて、緊張がほどけた途端、眠ってしまったんだ。


 体を起こそうとした、その瞬間。

 視界の端で、何か白いものが“もこっ”と動いた。


「ほわっ……!な、なに……?」


 ツムギはびくりと肩をすくめる。


 ベッドのすぐ横に、大きな丸い塊があった。

 白い毛がふわふわと波打ち、呼吸に合わせて小さく上下している。


(え……い、生き物……?)


 まるで巨大な綿菓子だ。


 息を潜めて見つめていると、その綿菓子が、そろりと動く。

 ふわふわの生き物が、ゆっくり顔を上げた。


 ツムギは息を呑む。


 丸い耳。

 小さな角。

 ──そして、黒くてつぶらな瞳。


 ふわふわの毛の奥から、小さな鳴き声がこぼれた。


「……くぅん」

「……かっ……!!」


 堪えきれず、ツムギも声が漏れる。


「かわいい──っ、いてっ!」


 身を乗り出しすぎて、バランスを崩してベッドから落ちた。


 白い生き物が、くいっと尻尾を揺らす。


「ほわあ、あ、ぁあぁ……!」


 床に落ちたツムギは、奇声を上げながらそのまま這い寄った。


 羊……?

 いや、ヤギ……?


 でも、村で見かけるヤギとは全然違う。

 鳴き声は「メェ」じゃないし、目は丸くてつぶら。

 なにより、ふわふわモコモコすぎる。


 この島の独自の生き物──なのだろう。


「ほわぁぁぁぁ……」


 ツムギはうっとりと息を吐いた。


 気づけば、寝室の扉が少し開いている。

 そこからこっそり入り込んだらしい。


「どしたのぉ……?迷子ちゃん?」


 怖がらせないよう、声を落として話しかける。


「くぅーん?」


 ヤギ?は、ツムギを見て小首をかしげた。


「はぅぅ──ん!!」


 心臓を撃ち抜かれ、ツムギは床の上で身もだえた。


 開いたままの扉が、軽く叩かれる。


「──ツムギ?大丈夫か?」

「あ、うん!」


 慌てて起き上がると、ギルターが部屋に入ってくる。


 ツムギはあわあわと綿菓子を指差す。

 ギルターの心配そうな顔が、ふっと笑顔に変わった。


「そいつはウミヤギのミルゥだ。“ドアの前で待ってろ”って言ったのに、勝手に入ったな」

「み、ミルゥちゃんって言うのぉ……!」


 ツムギは胸の前で手を組み、目を輝かせる。


「ギルターのペットなのぉ?」

「ペットっていうより……友だちだな」


 その言葉に、ツムギはにこっと笑った。


「そうなんだぁ」


 ツムギの様子を見て、ギルターが嬉しそうに言う。


「気に入ったか?」

「それはもう……!!」


 ツムギが答えると、ミルゥは「よろしく」と言うように近づいてくる。

 毛がふわりと揺れて、潮の匂いがほのかにした。


「ほわぁぁ……」


 ツムギの顔がとろける。


「さ、さ、触っていいかなぁ……?」

「もちろんだ。怖くないぞ」

「や、やったぁ……!ミルゥちゃん、触りますよぉ……」


 震える手を、そっと伸ばす。


 指先が触れた瞬間、想像を超えるやわらかさが広がった。

 沈み込む毛並み。

 あたたかくて、優しくて──なぜだか、涙がにじむ。


 ミルゥも気持ちよさそうに目を細めていた。


「……かわいいぃ……」


 ギルターも隣に膝をつき、微笑む。


「ツムギは生き物が好きなんだな。ミルゥは大人しいし、乗り心地もいいんだぜ」

「……乗り心地ぃ!?」


 ツムギは、がばっと顔を上げる。


 ギルターは少し自慢げにうなずいた。


「こいつ、何かを乗せて歩くのが好きなんだ。ずっと俺に抱えられて移動するのも、気ぃ使うだろ?」

「乗れるの、この子に?」


 ミルゥは大型犬ほどのサイズだ。

 普通ならツムギを乗せて歩けるとは思えない。


 でも、ここは竜人の島。

 この生き物も、特別に力持ちなのかもしれない。


「くぅーん」

「よっしゃ、さっそく乗せてやる」


 ギルターが笑って、ツムギの腰に手を伸ばす。


「わっ……じ、自分で乗れるよぉ」

「危なっかしいから、ダーメ」


 いたずらっぽく言って、ツムギの腰と脚を支え、そっとミルゥの背に下ろす。


 ふわり。

 柔らかい毛が沈み、身体を包み込んだ。

 まるで雲に座っているみたいだ。


「ほわぁ……重くないかな……?」

「こいつ、俺を乗せてテラスから海まで跳んだこともあるんだぜ。ツムギなんて、羽みたいに軽い軽い」

「すごいんだねぇ……」


 テラスの向こう、きらきらと光を反射しながら海へと跳ぶミルゥを想像する。


「……すてきぃ……」

「ミルゥ、歩いてみろ」

「くぅん」


 ふわふわの身体が、ゆっくりと動き出す。


 綿毛が衝撃を吸収しているのか、揺れはほとんどない。

 車椅子より、ずっと快適だった。


「大丈夫そうだな」


 ギルターは満足げにうなずいた。


「腹、減ったろ。飯にしようぜ」

「うん!」


 ツムギは笑顔でうなずく。


 二人と一匹は、真珠宮の廊下を軽やかに進んでいった。

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