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ニライカナイの花嫁  作者: 望月冴子
第5章:帰ってきた場所

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竜と花嫁がまた出会うとき

 ツムギが目を閉じようとしたそのとき。


 近づいてくる、圧倒的な気配を感じた。


 遠のきかけた意識をかき集めて、ツムギは目を開く。


 海の中──


 巨大な、黒い生き物がいた。


 刹那、目と目が合う。

 その二つの青い瞳。


 ツムギは遠い日の記憶を思い出す。

 かつて、一緒に海で泳いで遊んだ、あのアシカ。

 いや、違う。


 竜だ──。


 ツムギはその碧に向かって、最後の力で手を伸ばす。


 次の瞬間。


 ツムギは瞬く間に海上へ引き上げられ、浜に寝かされていた。


「げほっ、げほっ」

「くぅーん‼︎」


 体を丸めて必死に呼吸していると、綿毛が駆け寄ってくる。


「ミルゥ、ありがとうねぇ……!」


 ツムギはミルゥを抱きしめる。

 その二人の上に、黒い影が落ちる。


「もう大丈夫だ。……怖かったな」

「ギルター……?」


 ずっと聞きたかった、優しい声。

 ツムギは期待に目を上げる。


 そこには──


 登る太陽を背に浮かびあがる、巨大な竜の姿があった。


 ヤシの木ほどの高さもある、つややかな漆黒。

 長い首を曲げて、ツムギたちを見下ろしている。

 

「──化け物‼︎」

「竜だ‼︎」


 浜に避難していた村人たちの悲鳴が轟く。


「あ……」


 ツムギの目が見開かれ、体が震え出す。

 声がうまく出ない。

 ミルゥを抱く手に、無意識に力が入る。


 黒竜はうつむいた。


「怖がらせて、ごめんな」


 静かに言って、ツムギに背を向けかけた時。

 ツムギはようやく声を絞り出す。


「──すごい‼︎」

「……え?」


 黒竜の動きが止まる。


「すごい綺麗‼︎かっこいいよ、ギルター‼︎」

「……は?」


 竜はポカンとしているが、ツムギは構わずまくしたてる。

 息はまだ苦しかったが、構っていられない。


「ほわぁぁ‼︎元から綺麗だしカッコよかったけど、こっちの方がもっとカッコいい‼︎ねぇ、触っていい?いいよねぇ⁈」

「ぇええ?」


 ツムギの勢いに、ギルターが情けない声を漏らす。


「……え、ダメぇ……?」


 ツムギはこの世の終わりのような顔になった。

 ギルターがあわてて言う。


「いや……ダメじゃ、ない」


 ツムギは、ゆっくりとこちらへ伸ばされた首を思いっきり抱きしめる。


「ほわあぁ……気持ちいぃ……」


 すべすべの感触を頬ずりして堪能する。

 ギルターがおそるおそると言ったように問いかけてきた。


「ツムギ。怖くない……のか?」

「怖い?何が?」


 ツムギはきょとんとする。


「あっ、綺麗すぎて怖いってことね!うん、ほんと怖いくらいだよ!」

「違う……」


 ギルターはなぜか脱力している。

 ツムギは首をかしげる。


「ありゃ?ねぇ、子どものころに会ったよねぇ?アシカかと思ってたの。竜だったんだねぇ……!首長竜だ!」

「うん」


 ギルターはうなずく。


「……あのときから、ずっと君が好きだった」

「えっ?」


 突然の告白に、ツムギは頬を染める。


「あの日の、俺を見て微笑んでくれた君の存在が、ずっと支えだった。君がいたから、俺はここまで生きていられた。また会いたくて探してたけど、ずっと見つからなくて……」

「引きこもってたからねぇ。ていうか、覚えてたなら言ってよぉ!」

「……そうだな。ごめん」


 ツムギは竜の顔を優しく撫でた。

 ……あたしも、言わなきゃいけないことがあるんだった。


「ねぇ、ギルター。一生のお願いがあるの」

「え?」


 目を瞬く竜に、ツムギは慎重に言葉をつむいだ。


「あたしは、あなたとずっと一緒にいたい。──あたしも、あなたがいないとダメなの」


 言った。

 言えた。


 ツムギはドキドキしながら顔を上げる。


 一拍おいて、黒竜が光の粒になってほどけていく。

 波の音とともに、ゆっくりと人の姿へ変わっていく。


 光が晴れたとき──

 そこにいたのは、涙と笑みで顔をぐしゃぐしゃにしたギルターだった。


 いつもよりも乱れた黒髪。

 震える手がツムギを思いきり抱きしめる。


「わっ……!」


 久々のギルターの腕の感触だ。

 嬉しいやら照れくさいやらで、ツムギは唇をとがらせてしまう。


「もう少し、竜のままでもさぁ……」


 人間の姿に戻ったギルターが言う。


「──竜のままじゃ、君を抱きしめられないだろうが」

「……キザすぎぃ」


 ツムギも目を閉じて、しっかりとギルターを抱きしめ返した。


✳︎✳︎✳︎


 ほどなくして、潮がざわりと割れる。

 顔を上げると、白銀の竜が海面から躍り出た。


「ほわぁ……⁈」


 再び、村人たちの悲鳴があがる。

 ギルターが泣き笑いのまま、ツムギを抱く手をゆるめた。


「ゼータも来たのか」

「やっぱりゼータぁぁ……⁈」


 ツムギが叫ぶ。

 銀の竜は、ぎょっとしたようにツムギを見る。


「綺麗だぁぁ……‼︎ゼータぁぁぁ‼︎」

「おいっ!」


 抱きつきに行こうとしてつんのめる。

 ギルターが慌てて抱き止めた。


 ゼータの体が光に包まれ、あっという間にい見慣れた姿へと戻る。


「ぁああ……!もうちょっと見せてよぉ……!」


 ゼータは濡れた髪をかきあげながら、ギルターの腕の中でびちびち跳ねるツムギを見やる。

 どうやらドン引きしているらしかった。


 その目線にツムギもちょっと冷静になって、ギルターの服を引っ張る。


「ていうか、ハダカにならないんだ。服を着たまま戻るのねぇ」

「そこつっ込むか?──俺らの服は、神気で作ってるからな」

「出た、“すんごいパワー”!」


 ツムギの言葉にギルターが笑ったとき、背後で轟音が響いた。


「あ……」


 振り返ると、ツムギの家が完全に崩れ落ちていた。


 炎は消える気配を見せず、さらに燃え広がっていく。


 竜の衝撃から我に返った村人たちが、必死に消火に走る。

 このままでは、村全てを飲み込むかもしれない。


「どうしよう……!」


 ツムギも完全に我に返って浜辺を見渡す。

 おばあたちは、ツムギが部屋を飛び出す直前まで家の真下にいた。

 たぶん、まだここまで避難しきれていない。


 ミルゥに迎えに行ってもらうべきか? 

 いまどこにいるのか──。 


「──あっ!」


 見つけた。

 浜へと続く階段の途中に、みんないる。


 ヤシロさんが、気を失ったイオリを運んでいた。

 ふらつくお母さんにおばあが肩を貸し、お父さんがその後をよろめきながらついていっている。


 ツムギは大きく息を吐いた。

 しかし、次の瞬間、再び息が止まる。


 燃えて根元から倒れた木が、階段のほうへ崩れ落ちようとしていた。


 おばあたちは気づいていない。


「おばあ‼︎」


 ツムギが叫んだ瞬間。

 ツムギの視線を追ったギルターから、青い稲妻をまとった衝撃波が飛んだ。


 衝撃波が命中した燃え盛る木は、階段へ落ちることなく消し飛ぶ。

 ちょうどよく吹いた突風に、破片が反対方向へと流されていった。


 イオリたちは──無事だ。


 ツムギは今度こそ安堵の息を吐いた。


 お父さんとお母さんは足をすくませていたが、おばあが先をうながしているようだ。

 再び階段を降り始める。 


「ギルター!ありがとう!」


 ギルターは片目をつむって見せ、ゼータを振り返る。


「このまま火を消すぞ!」

「え、消火できるの⁈」


 ツムギはギルターとゼータを見比べる。


「まかせろ。行くぞ、ゼータ!」

「どうして私が人間を助けなきゃならないんです?」


 ゼータはそっぽを向いている。


「お願い!ゼータ!」


 ツムギも手を組んで必死にお願いする。


「だからどうして、私が……」


 ゼータがもう一度言いかけて、止める。


「……頑固夫婦と言い争っても、無駄なんでしたね」


 ため息をついて、ゼータが空に左手をかざす。


「──今回だけですよ」


 ツムギは目を見張る。


 ゼータが風を操っている。

 炎を横に煽っていた強風が、上へと向かう。


(そっか。さっきの、木の破片を流した風も、ゼータが……)


 ツムギははらはらとしながらも、見守るしかない。


 ギルターの手のひらから、再び青い衝撃波がほとばしる。

 村人たちの悲鳴が轟く。


 火が燃え移ろうとしていた木々が、衝撃波で消し飛ぶ。

 燃え移る先を失って、炎の勢いがみるみる弱まっていく。


「すごい、二人とも……!」


 ツムギは歓声を上げる。

 そのとき、後ろから甲高い鳥の声が響いた。


「カガリ?──ほわぁ!」


 海を振り返ると、巨大にふくらんだモチウミたちが浮いていた。


「モチウミ?どうやってここに──」


 ギルターが声を上げると、海の中から桃色の頭が顔を出した。

 ナギウモが、額にモチウミたちを乗せているのだ。


「よっしゃ!」


 ギルターがモチウミをつついて叫ぶ。


「モチウミ艦隊、いけ!!」

「ぷぅー!!!」


 巨大化したモチウミたちから、豪雨のような大量の水が降り注いだ。

 水はみるみるうちに、くすぶる炎を消し止めていく。


 村人たちから、恐怖とも安堵ともつかない叫びがもれた。

 ギルターが笑顔でゼータを振り返る。


「カガリに頼んで助けを呼んでくれたのか」

「……人間と争いになったときに備えて、戦力を集めただけです」


 ゼータはそっぽを向く。


「ったく、素直じゃねぇんだから……!」

「ありがとう、ゼータ!」


 ツムギは這ってゼータの足に抱きつく。


「げっ」


 ゼータがうめいて固まる。


「こらっ!」


 ギルターがあわてて引き剥がす。


「ゼータ!あたし、島に戻るからね!」


 ツムギは諦めず、ゼータに向かってニッと笑う。


「邪魔でも迷惑でも、殺されても、島に戻るから!」

「おいツムギっ」


 ツムギの言葉に、ギルターが焦った声を出す。


 ゼータはツムギを見つめて驚いたような顔をしていた。

 ややあって、ポツリとつぶやく。


「……まあ、勝手にすればいいんじゃないんですか」

「いいの?」


 ツムギは目を輝かせる。

 ゼータは淡々と言う。


「ダメと言っても、来るんでしょうが。お前は諦め悪いですから」

「えへへ」


 ツムギは笑う。


「あたしのこと、よく知ってるねぇ」

「それに──」

「ん?」


 ツムギは首をかしげる。


 ゼータはギルターそっくりの顔で、綺麗に笑った。


「レアチーズケーキの感想を聞きたいですから」

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