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ニライカナイの花嫁  作者: 望月冴子
第5章:帰ってきた場所

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焦がれた碧へ

 そのときだった。


 ドゴォォンッ!!


 何かが窓を突き破る轟音。

 目を開けると、モコモコの影が突っ込んできていた。


「──ミルゥ!?」


 ベランダの窓から飛び込んできたらしいミルゥは、ところどころ毛が燃えて、煙を上げている。


「くぅん……!」

「ミルゥ‼︎無事だったの!」


 ツムギはミルゥに這い寄り、力いっぱい抱きしめる。

 その瞬間、二人の上に天井の破片が落ちてきた。


 ミルゥが、ツムギをかばうように覆いかぶさる。

 綿毛の上に、燃える瓦礫が降り注ぐ。


「くぅーん……!」

「ミルゥ‼︎」


 ミルゥが。

 ミルゥのふわふわが燃えてしまう。

 あたしのせいで。


「あたしはいいから逃げて!」

「くぅーん!」


 ミルゥはイヤイヤと首を振る。

 火の粉が舞う。

 ミルゥの毛が燃える。


 あぁ、雲みたいな、羊みたいな、ふわふわが。


 ……羊、みたいな。

 ツムギは頭を上げる。


(……そうだ。ミルゥは羊じゃなくて、ヤギ──)


 そもそも、ミルゥはここまでどうやってきたのか。

 ……一階の屋根から、跳んできたのだ。


『──俺を乗せて、テラスから海まで跳んで──』


 いつかのギルターの言葉が頭をよぎる。

 どくん、とツムギの心臓が鳴った。


「ミルゥ」


 ミルゥはいつものつぶらな瞳でツムギを見つめる。


「この先に、海があるの」


 ツムギは窓を指差す。


「跳ぼう……!」

「くぅん……!」


 ミルゥはしっかりとうなずいた。


 ツムギは素早く、首の祝珠と腰の笛を確かめる。

 ミルゥによじ登ると、首にしがみついた。


 ミルゥが床を跳ねて、窓へと駆ける。


 林と崖を越えた先の──海。


 十数メートルはあるその距離を、くすぶる炎をまといながらミルゥは跳んだ。


 床が崩れる前の最後のラインを走り抜けて、座卓を踏みしめて、窓から飛び出す瞬間。


 ぎゅっと目をつぶったツムギの世界が無音になる。


 風も火事の音も、おばあの叫びも、消えて無くなる。


 そっと目を開けると──

 海が見えた。


 ずっと、見えなかった海。

 太陽が登り始めた、まばゆく光る水平線。

 きらめく水面。


 ツムギの涙が流れて光る。

 ミルゥの首を抱く腕に力を込める。

 吹きつける風が、後ろから二人を押す。


 ミルゥは完璧なフォームで海へと飛び込んだ。


✳︎✳︎✳︎


 ──水柱。


 衝撃に、さすがにミルゥから腕が離れる。

 熱から冷たさへの、一気のコントラスト。


(すごい!すごいよ、ミルゥ……!!)


 ツムギは心の中でミルゥに喝采を送る。


(でもちょっと跳びすぎかもぉ……)


 思ったよりも、水深がある。

 たった数メートルほどだが、泳げないツムギは沈んでいく。


 ミルゥは綿毛で海面に浮かんでいる。

 こちらへ潜って来ようと必死にもがいているが、うまくいかないようだ。


(ありがとねぇ……)


 祝珠に込められた神気の効果──呼吸の保護が、切れかかっているのが分かった。


 でもこれでいい。


 炎と煙の中で──

 あの家に閉じ込められたまま終わるよりも、ずっといい。


 ツムギは手を広げて目を細める。


 海。

 ずっと焦がれていた、碧。 


(……ギルター)


 あの優しい瞳の人。


(あたし、ちゃんと帰るからね。死んでも、あなたのところに──)


 想いに応えるように、祝珠が胸元で光を放つ。

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