焦がれた碧へ
そのときだった。
ドゴォォンッ!!
何かが窓を突き破る轟音。
目を開けると、モコモコの影が突っ込んできていた。
「──ミルゥ!?」
ベランダの窓から飛び込んできたらしいミルゥは、ところどころ毛が燃えて、煙を上げている。
「くぅん……!」
「ミルゥ‼︎無事だったの!」
ツムギはミルゥに這い寄り、力いっぱい抱きしめる。
その瞬間、二人の上に天井の破片が落ちてきた。
ミルゥが、ツムギをかばうように覆いかぶさる。
綿毛の上に、燃える瓦礫が降り注ぐ。
「くぅーん……!」
「ミルゥ‼︎」
ミルゥが。
ミルゥのふわふわが燃えてしまう。
あたしのせいで。
「あたしはいいから逃げて!」
「くぅーん!」
ミルゥはイヤイヤと首を振る。
火の粉が舞う。
ミルゥの毛が燃える。
あぁ、雲みたいな、羊みたいな、ふわふわが。
……羊、みたいな。
ツムギは頭を上げる。
(……そうだ。ミルゥは羊じゃなくて、ヤギ──)
そもそも、ミルゥはここまでどうやってきたのか。
……一階の屋根から、跳んできたのだ。
『──俺を乗せて、テラスから海まで跳んで──』
いつかのギルターの言葉が頭をよぎる。
どくん、とツムギの心臓が鳴った。
「ミルゥ」
ミルゥはいつものつぶらな瞳でツムギを見つめる。
「この先に、海があるの」
ツムギは窓を指差す。
「跳ぼう……!」
「くぅん……!」
ミルゥはしっかりとうなずいた。
ツムギは素早く、首の祝珠と腰の笛を確かめる。
ミルゥによじ登ると、首にしがみついた。
ミルゥが床を跳ねて、窓へと駆ける。
林と崖を越えた先の──海。
十数メートルはあるその距離を、くすぶる炎をまといながらミルゥは跳んだ。
床が崩れる前の最後のラインを走り抜けて、座卓を踏みしめて、窓から飛び出す瞬間。
ぎゅっと目をつぶったツムギの世界が無音になる。
風も火事の音も、おばあの叫びも、消えて無くなる。
そっと目を開けると──
海が見えた。
ずっと、見えなかった海。
太陽が登り始めた、まばゆく光る水平線。
きらめく水面。
ツムギの涙が流れて光る。
ミルゥの首を抱く腕に力を込める。
吹きつける風が、後ろから二人を押す。
ミルゥは完璧なフォームで海へと飛び込んだ。
✳︎✳︎✳︎
──水柱。
衝撃に、さすがにミルゥから腕が離れる。
熱から冷たさへの、一気のコントラスト。
(すごい!すごいよ、ミルゥ……!!)
ツムギは心の中でミルゥに喝采を送る。
(でもちょっと跳びすぎかもぉ……)
思ったよりも、水深がある。
たった数メートルほどだが、泳げないツムギは沈んでいく。
ミルゥは綿毛で海面に浮かんでいる。
こちらへ潜って来ようと必死にもがいているが、うまくいかないようだ。
(ありがとねぇ……)
祝珠に込められた神気の効果──呼吸の保護が、切れかかっているのが分かった。
でもこれでいい。
炎と煙の中で──
あの家に閉じ込められたまま終わるよりも、ずっといい。
ツムギは手を広げて目を細める。
海。
ずっと焦がれていた、碧。
(……ギルター)
あの優しい瞳の人。
(あたし、ちゃんと帰るからね。死んでも、あなたのところに──)
想いに応えるように、祝珠が胸元で光を放つ。




