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ニライカナイの花嫁  作者: 望月冴子
第5章:帰ってきた場所

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嵐の気配

 何日か、ぐずついた天気が続いていた。

 風が強く、海は荒れている。


「雨は大丈夫そうだが、高波が怖いね」


 ミルゥ写真集を眺めていたおばあが、窓の外に目をやる。


「今夜は高台にいた方がいい。実家に帰りんしゃい。私もヤシロの家に泊まる」

「えー、あたしもそっちがいいなぁ」


 ツムギは唇をとがらせる。


「二人だって狭いんだよっ。四人も入らんわ」

「はぁい」


 ヤシロさんの家は、家というより山小屋なのだ。

 ミルゥもしっかりカウントに入れているおばあに、ツムギはくすっと笑う。


 祠を閉め、畑の植物たちを見て回って保護を施す。

 それからおばあたちと別れて、ミルゥと実家へと向かった。


 玄関を開けたお母さんが言う。


「おばばさまに迷惑を掛けてないでしょうね。ちゃんとやっているの?」

「大丈夫だよぉ」


 お母さんはミルゥに目を落とす。


「その動物は……」

「ミルゥだってば。もう洗ったよぅ」


 適当にあしらって階段を登ろうとして、ふと思いつく。

 ミルゥに合図をして止まってもらった。


「こないだ、レシピありがとうね」


 お母さんはうなずく。


「たまには女の子らしいことをしないと、おばばさまに呆れられてしまいますからね」


 お母さんは、ツムギがおばあの家でケーキを作るのだと思ったようだ。


 本当は“しかめっ面の竜が黄泉の国でケーキと格闘している”と知ったら、お母さんはどんな顔をするだろうか。


 言ってみたい気もしたが、やめておいた。

 ツムギの心を知らずに、お母さんはのんびりと言う。


「イオリちゃんも帰ってきてるのよ」

「え?」

「向こうの家は、浜が近いですからね」


 実は一度、イオリの嫁ぎ先を訪ねたことがある。

 見事に門前払いだった。


 だから村に帰ってきてから、イオリには結局一度も会えていない。


「よしミルゥ、妹を紹介するよぉ」

「くぅーん!」


 ツムギは笑顔になって、イオリの部屋に向かう。


✳︎✳︎✳︎


 もともと細いのに、イオリはさらに少し痩せたようだ。


 不謹慎だけど、その美しさは一種の神がかったものになっていた。

 ツムギはまじまじと妹を見つめる。


「おかえり、お姉ちゃん」

「あ、うん」


 ツムギは我に返って、笑顔を作る。


「ただいま──イオリ。大丈夫なの?」

「ええ」


 ツムギを見ていたイオリの目が揺れた。


「……変わったわね。お姉ちゃん」

「えっ」


 ツムギは思わず自分の頬を触った。


「や、やっぱり太ったぁ?」

「違うわよ。昔みたいに……いっぱい遊んで帰ってきた子どもみたいな顔をしているわ」

「そっか。そうかもねぇ」


 ツムギは笑って、ふくらみの大きくなったイオリのお腹に目をやる。


「赤ちゃん、そろそろ生まれる?」

「あと三週間くらいらしいわ」

「もうすぐだねぇ。……あのねぇ、」


 ツムギは、内緒話をするみたいにイオリの耳に顔を寄せる。

 この報告をイオリにできるのが嬉しかった。


「あたしの赤ちゃんも、生まれるんだ」

「えっ?」


 イオリは大きな目を見開く。


「卵なんだけどね。すっごく綺麗な卵。もう会えないけどさ。でも、あたしの赤ちゃん」


 ──あたしと、あたしの大切な人との赤ちゃん。


「そう……なの。良かったわね」


 イオリはなぜかうつむく。


「お姉ちゃん、ほんとに変わったわ……」


 もう一度言う。


 なんとなく、その言葉に陰を感じてツムギは首をかしげる。

 やっぱりまだ、体の具合が悪いのかもしれない。

 ツムギは寝そべるミルゥの背中をぽんぽんと叩く。


「歩くの辛かったら、この子に乗る?ミルゥって言うの。可愛いでしょぉ」

「ミルゥ……」


 イオリはミルゥを見つめる。


「くぅ〜ん?」


 と、ミルゥ。

 イオリは目を閉じて首を振った。


「……やめておくわ。落ちたら大変だし」

「あ、そうだよね」


 ツムギは肩をすくめて、カバンを漁った。


「じゃ、ごはんやってみる?これ、ミルゥの好きな草」


 ウキツメクサを渡す。

 イオリがミルゥに向かって、そろそろと草を差し出した。

 

 そこへノックの音がして、ふすまが開く。


「まだお話ししてるの?」

「……お母さん」


 イオリは草を持った手を引っ込めた。


「妊婦なんだから、大人しく寝ていないと。動物も、あまり体によくないんじゃないかしら。そろそろお父さんも帰ってくるし」

「あ、ごめんねぇ」


 確かにその通りだ。

 ツムギは珍しく、本心で謝った。


「おやすみ、イオリ。──お大事にねぇ」


 ミルゥに乗って部屋を出る。


「……おやすみ、お姉ちゃん」


 イオリの声が静かに背中にかけられた。


 自分の部屋に戻ると、しばらくしてお父さんが帰宅した気配がする。

 息を潜めていたが、今日は上がってはこないようだ。


 ミルゥがいるおかげかもしれない。

 お父さんは昔から、動物があまり得意ではなかった。

 

 ツムギは、さっき食べ損ねた草をもそもそと食むミルゥを撫でた。


 お父さんとお母さんが何かを言い合う声は聞こえてきたが、ツムギは構わず、布団を敷く。

 ミルゥはすぐさまその上で丸くなった。


 風はますます強くなり、雨戸をガタガタと揺らしている。


 この家は、相変わらずだ。

 だけどなぜか、ツムギの心は以前より穏やかだった。


「おやすみ、ミルゥ」


 布団に入って静かに目を閉じる。


 ──しかし、その夜、事件は起きる。


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