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ニライカナイの花嫁  作者: 望月冴子
第5章:帰ってきた場所

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海を越えて

 そんな日々の、とある夕方。


 ツムギはいつものように、膝立ちになって竜の祠を片付けていた。

 隣で草を食んでいたミルゥが、大木を見上げて短く鳴く。


「どうしたのぉ?」


 ミルゥの視線を追って見上げる。

 大きな鳥がご神木に止まっていた。


 鳥はこちらをまっすぐ見下ろしている。

 その鋭い視線に、ツムギは息を飲む。


「……カガリ?」


 まだ明るいので光ってはいない。

 普通のワシのように見えるけれど、間違いない。


 あの青い瞳がこちらを見つめている。

 ツムギの鼓動が早くなった。


 実はずっと……、ちょっとだけ期待してた。


“もしかしたら、あたしの様子を見に来てくれるんじゃないか”って。


 ツムギは膝で木の根元に歩み寄る。


「……ギルター?」


 返事はもちろん無い。


「そっか。そもそも、声は届かないのかな?」


 それでも、ツムギは笑顔を作る。

 カガリに──カガリの向こうのギルターに手を振って語りかけた。


「みんな元気?チビちゃんたちも。こっちは二人とも元気だよぉ」


 隣のミルゥを指差す。


「くぅーん」

「あれ」


 なぜか、目からぽろりと涙がこぼれた。

 いけない。

 あわててぬぐって、微笑んでみせる。


「あたし、頑張ってるよ。ギルター」


 ──そうだ。


 ツムギは笛を取り出す。


「おばあに笛をもらったの。練習中なんだけど、聞いてね。聞こえるか分からないけど……」


 ツムギはこほんと咳をしてから、大きく息を吸う。


 まだまだ、下手だけれども。

 ツムギは精一杯、笛を鳴らす。


 おばあに教わった、愛のうた


 ──どうか、海の向こうのあなたに届くように。


 鳥は、ツムギが吹き終わるまでずっとそこにいた。

 ツムギは息を弾ませながら笛を下ろす。


「えへへ、どうかな」


 ツムギが笑うと、カガリが木から舞い降りてきた。

 側に咲いている花を、クチバシで摘む。


 鳥はそのままミルゥの上へと飛び乗り──ツムギの耳へと、花を差した。


 甘い香りがツムギの鼻をくすぐる。


「……キザすぎぃ」


 ツムギは震える唇でつぶやいた。


「ありがとう……」


 なんとかお礼を言うと、カガリは海のほうへと飛び去っていった。


 辺りが暗くなってヤシロさんが探しに来るまで、ツムギは顔を手で覆ってそこにいた。


✳︎✳︎✳︎


 翌朝。


 ツムギはまた、ミルゥを走らせて祠へと向かう。


 木々を見上げて探したけれど、カガリの姿は見えない。

 それでも、またどこかで見ていてくれるかもしれない。


「竜人さま。貢ぎものでございます」


 ツムギはイタズラっぽく笑って一礼した。

 カゴを捧げ持って、祠に置く。


 カゴには、ゼータが欲しがっていたレモンと、他にも村の果物を詰め込んだ。


 迷ったけれど、レシピも折りたたんで入れておいた。

 昨晩、実家に寄ってお母さんに教えてもらった、レアチーズケーキの作り方。


「ゼータに作ってもらってね」


 祝詞を唱え、もう一度、祠に一礼して後にする。


 夕方にドキドキしながらそっと覗くと、かごは無くなっていた。

 ツムギはミルゥと目を見合わせて笑う。


 それからも、いろんなフルーツや、二人が喜びそうなものを毎日供えた。

 けれど最初の日と違って、それらが持ち去られていることはなかった。


「もう来ないのかもしれないねぇ……」

「くぅーん」


 二人とも、忙しいのだ。

 これから子どもたちが生まれてくる。

 その準備に、大切な使命に、時間はいくらあっても足りないだろう。


「カガリにだって、カガリの生活があるしねぇ……」

 

 別々の道を選んだのは、あくまでもツムギ自身だ。

 その自分がいつまでも囚われていてはいけない。


 ツムギは両手で自分の頬をぺしんと叩くと、自分の仕事に取りかかった。


✳︎✳︎✳︎


「あれぇ」


 しかし、数日後。


 ツムギが祠に行くと、カガリが持ち去ったはずのカゴが置いてあった。


「わざわざ返しにきてくれたのぉ?」


 カゴを取り上げると、中に包みが入っている。

 忘れものでも届けてくれたのだろうか。


 首をかしげながら包みを開くと、香ばしい香りが広がる。

 ツムギは目を丸くした。


 フルーツを使ったパウンドケーキだった。


 ご丁寧にも、綺麗に切り分けてある。

 ツムギはその一切れを震える手で取り上げて、口に入れた。


 優しい甘さが口の中に広がる。

 竜の島のナッツと一緒に、ツムギが数日前にお供えした果物が使われていた。


 ツムギは、ケーキを捧げ持ってミルゥの上で小躍りしながら家に戻る。

 おばあがすかさず見とがめた。


「何をもぐもぐしてんだい。まったく、自由な娘だね」

「えへへ。おばあも食べるぅ?竜人さまの、特製ケーキ!」


 おばあが目を丸くする。

 ツムギは声をあげて笑った。


 心の中で、語りかける。


 ギルター。ゼータ。

 ありがとう。

 あたしは大丈夫。


 あたしはここでやっていける。

 やれることがある。


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