表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ニライカナイの花嫁  作者: 望月冴子
第5章:帰ってきた場所

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/35

ハナリの家にて

✳︎✳︎✳︎


 食べ物の匂いに、ツムギは目を開けた。


 顔を洗って、ミルゥに乗って台所に顔を出す。


 トントンと包丁を扱っているのは──

 ゼータでも、お母さんでもない。


 おばあの付き人の、ヤシロさんだった。


 ヤシロさんは手を止めてこちらを見つめる。

 ツムギは微笑んだ。


「おはよう、ヤシロさん」


 無口なヤシロさんは、ゆっくりうなずく。


 ツムギが島を出て、二週間が経った。


 村に帰った翌日、ツムギはすぐにミルゥと共に実家を出た。

「おばあに衣装を返しに行く」と言って玄関を出て、そのまま帰らなかったのだ。


 ミルゥに乗って、包みを抱え、ツムギは海のすぐそばにあるあの平屋に向かった。


 頭を下げるツムギを見ても、おばあは驚かなかった。


「ようやくお出ましかい」


 ニヤリと笑って出迎えてくれる。

 ツムギは苦笑いする。


「昨日の今日だよぉ。せっかちなんだからぁ」

「お前がのんびりすぎるんだ。ババアの命は短いんだよっ」

「──結局、おばあって何歳?」


 嫁入りの日に泊まった客室が、ツムギの部屋になった。

 捨てられたと思っていたツムギの図鑑とビデオテープ──そして車椅子がおばあの家にあったのには驚いた。


「捨てられそうになってたから、貧乏根性で貰ってきただけさね」


 と、おばあは言っていた。


 ミルゥがいるから車椅子はもう必要ないけれど。

 かつての相棒にまた会えて、ちょっと嬉しかった。


 洗面を終えたツムギは、おばあの部屋を覗く。


「おばあ、おはよう」


 ギルターとゼータにもらった財宝は、迷った末に、両親には内緒のままおばあに渡した。

 弟子入り料のつもりだった。


 おばあはそれを祭壇に祀り、毎日ブツブツと拝んでいる。

 ツムギは呆れて言う。


「財宝ってそう使うもんじゃないと思うけどなぁ……。売り払ってさ、好物でも買いなよぉ」


 おばあは眉を吊り上げる。


「竜人さまからのありがたい贈り物だよ!売るなんて、竜人さまのバチが当たるよ!」

「その竜人さまに“売れ”って言われたんだよぉ。おばあが満足なら、それでいいけどさぁ」


 ツムギは肩をすくめる。


「いいから、早う祠の掃除をしてきんしゃい!」

「はぁい」


 ツムギはミルゥに乗って外に出た。

 陽の光が眩しくて、目を細め、額に手をかざす。


 ミルゥに揺られて道を進む。

 作業していた村人たちが、手を止めてこちらを見た。


「おはよう!」


 ツムギは彼らに手を振る。


「やあ、ツムギちゃん」

「ミルゥちゃんもおはよう。二人とも今日も可愛いね」

「くぅーん」


 最初はとまどって遠巻きに見ていた村人たちも、挨拶を返してくれるようになった。

 不思議生物のミルゥがどう扱われるか不安だったけれど、意外とみんなにモテモテだった。

 “可愛い”はやっぱり正義だ。


 おばあの元での日々は忙しかったが、楽しかった。


 朝起きると、ツムギはまず竜の祠へ向かう。


 妙に可愛らしい竜の像にウインクして、お掃除をして、お供えものを置く。

 それからうろ覚えの祝詞をゴニョゴニョ唱える。


 ミルゥの好きなウキツメクサの種は、おばあの畑の隅に植えさせてもらった。


 成長が早く、既にミルゥの顎の下あたりまで伸びている。

 さすがは黄泉の国の植物だ。

 環境の違いが不安だったが、無事に適応してくれたようだ。


「ちょっとごめんねぇ」


 伸びた葉先を少し摘み取る。

 もちろん、ミルゥのごはんにするのだ。


「いますぐくれ」と言いたげに、ミルゥは鼻先でツムギをツンツンする。


 ウキツメクサのほかにも、ミルゥの毛やウンチに混じった種があったようだ。

 村にはないはずの草が、あちこちから芽を出していた。


「生態系とか大丈夫なのかねぇ……」


 不安になっておばあに相談すると、


「それも竜人さまからのお恵みだからね」


 と言われた。

 そういうことにする。


 植物の世話を終え、おばあの家に戻る。


「ヤシロさぁん、お腹空いたぁ」


 ヤシロさんがうなずき、膳を運んでくる。

 筋骨隆々なのに、割烹着に三角巾という姿が、なかなか可愛い。


「やったぁ、ジーマミー豆腐あるじゃん!」


 卓を見て、ツムギは歓声を上げる。

 ゼータの料理ほど豪華ではないが、素朴で温かい食卓だった。

 ツムギは夢中で箸を動かす。


 ミルゥも、おばあの隣で分けてもらった料理を食べている。

 それを片手で撫でながら、おばあが言う。


「食べ終わったら、今日は祝詞の練習だよ」

「うへぇ」


 頑張ると決めたものの、堅苦しいのはやっぱり苦手なツムギだった。


 休憩や昼食を挟みつつ、おばあにしごかれる修行をこなす。

 儀式やら、舞やら(ツムギが踊れないので簡易版で腕をくねくねするだけだった)、よくわからない内容のものも多かった。


 ツムギが修行している間、ミルゥは畑の周りなどで自由に遊んでいるようだった。

 神域扱いで村人たちは近づかないので、ミルゥだけでも安心である。

 おばあの家で飼われているヤギとも仲良くしているようだった。


 姿が見えないミルゥを車椅子で探しに行って、仲良く丸まっている姿を見たときは、その尊さに思わず叫びそうになった。


 その話をおばあにすると、翌日には新品の“写ルンだよ”がツムギの部屋に用意されていた。


 夕方になると修行を終えて、またミルゥに乗って祠に行く。

 お供えものを片付けて、おばあの家へと持ち帰る。


 その途中、海と空を染める夕焼けに目を細める。


 家に戻る頃には、もう夕飯の時間だ。

 またヤシロさんが用意してくれた夕飯を食べたら、一緒にお片付けをする。

 ヤシロさんは別に家があるので、夕飯の片付けを終えると帰って行く。


 ツムギはそれを見送るとミルゥとまた浜辺に行って、ゆっくりと腰を下ろす。

 おばあにもらった笛を取り出す。

 吹き方も、意外にもおばあが修行の一環として教えてくれた。


「昔の娘は、みんな笛も舞も練習したもんさ」

「へぇぇ」


 ギルターたちの歌がないと、効果はないんだろうけれど。

 それでも、去って行った命と、いま生きている命に、精一杯の愛と祝福を込めて。

 ツムギは夜の浜辺で笛を奏でる。


 ツムギが浜から帰ると、おばあはまだ起きている。

 おばあはいつもツムギより早く起きて、ツムギより遅く寝るのだ。

 おばあは、祈祷部屋でギルターとゼータがくれた宝物を丹念に磨いている。


「出たり入ったり、忙しない娘だね。また海かい」

「うん、そう」

「ま、あんたはそうやって駆け回ってるのが似合っとるよ」


 おばあはニヤリと笑う。


「実際に駆け回ってるのはミルゥだけどねぇ。そう思うなら、修行をもうちょっと減らしてくれてもいいんだよぉ」

「それはそれ、これはこれだ。明日もみっちりしごくからね!」

「ちぇっ」


 ツムギが唇をとがらせていると、おばあはミルゥを見やる。


「そのフワモコに、ちゃんと水と草はやったのかい」

「お水はあげたよぉ。草は夕飯食べたから大丈夫でしょ」

「そのあとも動いたんだから腹減ってるだろうよ。ほれ、おいで」

「くぅーん」


 ミルゥは喜んでおばあの隣に腰を下ろす。


「甘やかしかすぎぃ」


 ツムギはさらに唇をとがらせる。


「そういや、今日もあの男が来たよ」


 ミルゥに草をやりながらおばあが言う。


「あ、お父さん?」

「適当にあしらって、ヤシロにつまみ出させたがね。村長に言いつけといたから、当分は来ないと思うさ」


 おばあは竜の財宝を磨きながら、何でもないことのように言う。


「ありがとうねぇ、おばあ」

「別にあんたのためじゃないよ。ババアは、ああいうしょうもない男が大嫌いなんだよ」

「しょうもないかぁ」

「ないよ」


 断言されて、ツムギは笑ってしまう。

 ちょっとお父さんが哀れに思えてくる。


 二人と一匹でのお喋りは毎晩恒例だった。

 草を食むミルゥを撫で回しながら、おばあはとにかく竜の島の話を聞きたがった。


 おばあにならギルターとゼータも許してくれる気がして(ゼータは怒るだろうけど!)、島のこと、二人のハンサムな竜人のこと、卵のこと、悲しい事故のこと、全て話した。


 おばあは、何度もうなずきながら聞いていた。


「竜人さまがハンサムねぇ。そんじゃあ、あん時はいらんこと言って怖がらせたかね」

「ん?」


 嫁入りの儀式のときに、「竜人さまは醜い」だとか、そういう話をしたことを言っているらしい。


 そういえば、そんなことがあったなぁ。

 いまとなっては、笑い話でしかない。

 ツムギは首を横に振った。


「あれで覚悟ができたのも、良かったのかもねぇ。ハードルが下がったっていうかさぁ」

「そうかい」


 おばあは、磨き上げた宝物を眺めて、棚に戻す。

 しばらくして、息を大きく吐く。


「三十年も前の話だけどな」

「なぁに?」


 ツムギは首をかしげる。

 おばあは、少し間を置いてから言った。


「──私も、竜人さまの花嫁に選ばれたのさ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ