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ニライカナイの花嫁  作者: 望月冴子
第4章:竜人兄弟の闇

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蜜月

「え?卵を見に行っちゃダメなの?」


 翌朝、ツムギは愕然としていた。

 ギルターは申し訳なさそうに頭をかく。


「ごめんな。掟なんだ」

「掟……?」


 ツムギは呆然と呟いた。


「うん。“人間の花嫁は、卵を見てはいけない”って掟でさ」

「そんな……。どうして?」


 ギルターは少し言い淀む。


「たぶん……、ツムギみたいな美人が見に行ったら、チビどもがみんな恋しちまうから……じゃないかな」

「また、そんなこと……。テキトー言ってない?」


 唇をとがらせるツムギに、ギルターは苦笑する。


「ほんとにそうなったら困る。……でも、掟なのは本当だ」

「……オーケー。掟なら、仕方ないね」


 ツムギは、しぶしぶうなずいた。


「うん。ごめんな」


 ギルターは本当に申し訳なさそうだった。


「心配しなくても大丈夫だ。あそこなら卵は絶対に安全だし、俺が毎日ちゃんと様子を見に行く」

「うん……」


 ツムギはゆっくりとうなずく。


 オスだけが卵を守る生き物は少なくない。

 竜人もきっとそうなのだ。


 ゼータも、あそこは聖域だと言っていた。

 あまり人間が立ち入らない方がいいのだろう。


 ツムギはわざと明るい笑顔を作って、ギルターを見上げた。


「卵の様子、毎日聞かせてよねぇ」

「もちろん!」


 ギルターは、ほっとしたように笑う。


(そっかぁ……)


 ツムギはそっと肩を落とす。


(生まれてくるまで会えないのかぁ……)


 また見たかった。

 あの、綺麗な卵。

 その中で、少しずつ成長していくチビちゃんたち。


 ギルターに気づかれないように、ツムギは小さく息を吐いた。


✳︎✳︎✳︎


 少しの寂しさを抱えたまま、それでも幸福な日々は瞬く間に過ぎていった。


 ツムギが真珠宮に来てから、三ヶ月。


 夜になると、ツムギとギルターは並んでベッドに寝転び、他愛もない話をたくさんした。


 一番の話題は、もちろん卵のことだった。


「最近な、中の光がちゃんと子どもの形になってきた」

「ほんと?」


 ギルターが嬉しそうに言う。


「一匹、俺にそっくりなのがいる」

「“一匹”って」


 ツムギは思わず笑う。


「あ、悪い。人間は“一人、二人”って数えるんだったな。一人、ちょっとゼータっぽいのもいるぜ。性格まで似てたらどうしような」

「えぇー」


 ギルターにつんつん突っかかるチビゼータを想像して、ツムギはくすくす笑った。


 可愛い。

 絶対、可愛い。


「もう一人はどんな子かなぁ。全員、男の子なんだよね?」

「ああ。それは間違いない」


 ギルターはきっぱりと言う。


「見たいなぁ……。会いたい」

「うん」


 ギルターはツムギの頭をやさしく撫でた。


「あと半年くらいかぁ。待ちきれないなぁ」

「……そうだな」


 ツムギはベッドの上でじたばたする。


「“写ルンだよ”持ってくればよかったぁ。そしたら、ギルターに撮ってきてもらえたのに」

「ウツルンダヨ?なんだそれ」

「写真を撮る機械だよぉ。生き物の姿とかを記録しておけるの」

「へぇ……」


 ギルターは、感心したように笑う。


「あ、でも現像できないから意味ないかぁ」

「ゲンゾウ……?人間界には、まだまだ知らないものがたくさんあるんだな」

「そりゃそうだよぉ」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 ふと、ギルターの表情が真剣になる。


「……恋しいか?」

「ん?」

「人間の世界が」

「うーん……」


 ツムギは考えながら、枕に顔を埋めた。


「いまは、赤ちゃんのことで頭がいっぱいかなぁ」

「……そっか」

「会えたら、いっぱいおしゃべりしたいなぁ。“卵の中で、どんなこと考えてたの?”とかさぁ」


 ギルターは優しく笑う。


「きっと、あいつらも同じこと考えてるぞ」

「えー、またテキトー言って」

「テキトーじゃないぜ。俺も卵の中にいたとき、そう思ってた。“母さんに、早く会いたい”ってな」

「……そうなんだぁ」


 ツムギは静かに微笑んだ。


 ギルターのお母さん。

 事故で亡くなったと聞いた。

 美人で、優しくて、料理が好きだった人。


 ……まだまだ話していないことが、お互いにたくさんある。

 どれだけ一緒にいても、足りないくらいだ。


 でも、これから──ずっと一緒にいられるんだ。


 そう思うと、胸の奥がふわりと浮いた。


「さて、そろそろ仕事しないとな」


 ギルターが立ち上がる。

 魂を慰める使命のことだ。


「うん。がんばって」

「おう」


 ギルターの顔が、ゆっくり近づいてくる。

 ツムギは目を閉じた。


 唇に、柔らかな感触。


「……おやすみ、奥さん」

「えへへ。おやすみ、旦那さん」


 ギルターは笑って、扉を開ける。

 入れ替わるように、ミルゥがとことこと入ってきた。


「おう、ミルゥ。俺の奥さんのこと、よろしくな」

「えへへ。赤ちゃんが生まれたら、ミルゥも一緒に遊んであげてね」

「くぅーん!」


 ミルゥは、「任せろ」と言うように鼻を鳴らした。


(イオリ……)


 ツムギは、心の中で妹を呼ぶ。


(あたしも……お母さんになるよ)


 同じく、母になる妹へ、そっと告げて。

 ツムギは静かに目を閉じた。


✳︎✳︎✳︎


 その晩、ツムギは夢を見た。


 夢の中で、ツムギと三人のちびすけは、ミルゥの背に乗っている。


「行けぇ、ミルゥ号!」

「くぅーん!」


 ツムギの号令に応えて、ミルゥは浜辺をまっすぐに駆け出した。

 風を切る感触に、ちびすけたちがきゃあきゃあと歓声を上げる。


 ナギウモたちが浜と平行に海を走り、ミルゥと競うように水しぶきを上げている。


「モチウミ艦隊、いけ!」


 待ち構えていたギルターが、笑いながらモチウミの水を放った。

 それが食事に呼びに来たゼータにも当たり、ゼータがじろりとギルターを睨む。


 すぐさまカガリが、空からタオルの雨を降らせる。

 みんなでわぁわぁ言いながら体を拭き合った。


 ツムギは、ずっと笑っていた。

 ちびすけたちも笑っている。


 もちろんギルターも。

 ゼータでさえ、穏やかな笑顔だった。


 ただそれだけの、騒がしくて、あたたかくて、どこまでも優しい夢。


 ──ずっと、ここにいたい。


 そんな願いを抱いたまま、夢はゆっくりとほどけていった。

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