三人と一匹の夜
薄暗くなる頃、ツムギたちは真珠宮に帰ってきた。
モチウミのシャワーで潮を流す。
宮殿の入り口には、ご丁寧にタオルと上着まで用意されていた。
ツムギは体を拭いて、上着を羽織る。
ギルターがボタンを留めて前を閉じた。
「もう夕飯かもしんねぇな」
ギルターに抱えられて、食堂へと運ばれる。
良い香りが漂っていた。
いつものように椅子に座らされていると、ゼータがキッチンから出てきた。
ツムギは手を振る。
「ただいまぁ!サンドイッチごちそうさまでしたぁ!最高だった!!」
「……どうも」
「でっかいイグアナ見たんだよぉ」
「オオノボリですか?あれ美味いんですよね」
ゼータが片眉を上げる。
「えぇ?!」
「最近、急に隣の島に発生して──この島にはいないから、仕留めてきてくれればよかったのに」
「ばか、ゼータ!」
弁当箱を運んできたギルターがゼータを小突く。
「あたしもお肉は好きだけどぉ……」
ツムギがショックを受けていると、ギルターの後ろからミルゥがトコトコ歩いてきた。
「あーん、ミルゥ!」
ツムギは椅子を降りて、すぐさまそちらへ這っていく。
ゼータが「うわっ」と小さく声を上げた。
「会えなくて寂しかったよぅ!」
「くぅーん」
ツムギはミルゥの体に顔を埋めてふわふわを堪能する。
「ほわぁ〜ん……」
「ミルゥ!ツムギにくっつきすぎだぞ」
ギルターが声を上げる。
ミルゥは構わず、ぷすぷす言いながらツムギの頰に顔を寄せる。
「あはは、くすぐったいよぅ、ミルゥ」
「めっ!ミルゥ、めっ!」
ギルターがミルゥをツムギから引き剥がした。
「ありゃあ」
「ふぅーん」
ツムギが唇をとがらせると、ミルゥも不満げに息を漏らす。
「良い機会だからちゃんと言っておくぜ!」
ギルターはビシッとミルゥを指差す。
「いいかミルゥ!ツムギは、俺の奥さんなの!」
「えぇ?」
ツムギは声を上げ、思わずミルゥと目を見合わせる。
「ギルター……。ミルゥにまでヤキモチぃ?」
「ヤギですよ」
ゼータも呆れたように言う。
「ヤギでもオスだろ!ダーメ!」
ゼータの目線は冷ややかだった。
「そんな調子だと、いつか呆れられて出て行かれますよ」
「えっ、なんで!?」
ギルターは一瞬固まったが、すぐに言い返す。
「そんなことないよな、ツムギ!」
「さぁ、どうかなぁ?」
ツムギはむくれたフリをして、ミルゥにしなだれかかる。
ギルターがぎょっとした顔をする。
「あたしぃ、ミルゥと駆け落ちしちゃおっかなぁ」
「くぅーん!」
「えっ?!」
ギルターは呆然としていたが、すぐに土下座する勢いでツムギの前に膝をついた。
両手を胸の前で組んでツムギに懇願する。
「ツムギ。悪かった。許してくれよ」
「えぇー?でもあたし、ヤキモチ焼きさんより、ふわふわミルゥの方がいいかもぉ」
「毎晩同じベッドで寝てるし、風呂も一緒に入ってますよね」
ゼータが追い討ちをかける。
「やめろゼータ!」
ギルターが悲鳴を上げる。
「頼む、機嫌直してくれツムギ。俺のお花ちゃん……」
「お花ちゃん?!」
むくれたフリをしていたツムギは、思わずぶっと吹き出してしまう。
「お花ちゃん、って!」
ツムギは笑いながら床の上をくるくると転がる。
「キザすぎ──ほわぁ!」
テーブルにぶつかった。
「ツムギィー!」
ギルターが叫んでツムギを抱き上げる。
「いてて……」
「大丈夫か?!」
「えへへ、ギルター……」
ツムギはギルターの首に腕を回して見つめ合う。
「……お似合いのようで何よりです」
「くぅーん」
ゼータがかぶりを振る。
キッチンに引っ込みながら言う。
「夕飯にしますよ」
✳︎✳︎✳︎
その夜。
ツムギはデザートを頬張っていた。
柑橘を使ったカスタードパイ──
いつものレアチーズケーキの、試作品だ。
「あーん、夜にこんなん食べたらほんとに太っちゃう」
「お前はもう少し太ったほうがいいと思います」
ゼータが冷静に言ったけれど、ツムギは首を振る。
「だめぇ、最近幸せ太りがひどすぎぃ」
「……幸せなんですか?」
「幸せだよぉ」
ツムギはうっとり言う。
昼間、ギルターにも言った気がする。
ゼータが自分を静かに見つめているのに気づいて、ツムギは首をかしげる。
「ゼータは幸せぇ?」
「は?」
ゼータは眉をひそめる。
「……お前には関係ないと思いますが」
「あるよぉ。あたし、ゼータにも幸せでいてほしいもん」
「……」
ツムギは言葉を続ける。
「前にさ、使命が大変だって言ってたよねぇ。最近はあたしの世話とかも増えたしさ。そのせいで辛かったりしたら、やだなぁって」
ゼータは息を吐く。
「いまの生活にはそこそこ満足していますよ」
「本当ぉ?」
ゼータはうなずいた。
「使命の他に、やりたいこともできましたし」
「えっ!なぁに?」
ツムギは身を乗り出す。
ゼータは「決まっている」とでも言いたげに、淡々と答えた。
「お前に完璧なレアチーズケーキを提供することです」
「……え?」
ツムギは思わず息を止めた。
「──それを食べて驚くお前の顔を見たら、さぞかし気分が良いだろうと思うんですよ」
「あらぁ……」
ツムギは微笑んだ。
「うん。それは、あたしも楽しみ」
ゼータがうなずく。
そこにノックの音がして、二人でドアを見る。
「はぁい」
「ツムギ!月が綺麗だぜ!」
ギルターが勢いよく入ってくる。
「……お?ゼータ?」
ギルターは一瞬怪訝な顔をしたけれど、ツムギの膝の上の皿を見て微笑んだ。
「デザートもらったのか。美味かったか?」
「最高ぉ」
ツムギが答えるとギルターはうなずいた。
「よっしゃ。俺の奥さんに美味いデザートを食べさせてくれたご褒美だ!ゼータも月を見に行こうぜ!」
「えっ、行きたい!みんなで行こう!」
ツムギは目を輝かせる。
ゼータはため息をついた。
「お前たちのイチャイチャに巻き込まれることの、どこがご褒美なんですか?」
「んなこと言うなって!見せつけたいんだよ!」
「やだぁ」
ツムギはギルターの言葉に頬を染める。
「最悪すぎる」
ゼータがぼやいてミルゥを見やる。
「ミルゥお前、よくいつも耐えられますね」
「くぅーん」
「もちろんミルゥもだぜ!ほら、一緒に行こう!」
「結構です」
ゼータはにべもなく言う。
「やだ!ゼータも一緒に行くんだ!」
次の瞬間、ギルターがベッドの上でじたばたし始める。
ツムギも負けじと横になって、同じ動きをした。
「お願い!ゼータ!」
「この似たもの頑固夫婦……」
ゼータが恨めしげに言って立ち上がる。
「──今回だけですよ」
「やったぁ!」
ツムギとギルターの歓声が重なる。
✳︎✳︎✳︎
夜は更けていく。
浜辺には、三人と一匹の影。
真円に近い月が夜空を照らしている。
──明日はいよいよ満月だ。




