表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ニライカナイの花嫁  作者: 望月冴子
第3章:満ちていく気持ちと月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/30

ふたりきりの海

 まぶしいほどの青空の下、ツムギはワタリガメの背中で風を浴びていた。


「ツムギの全快祝いだ!」


 ギルターが張り切った声で言う。

 その子どもみたいな笑顔に、ツムギもつられて微笑む。


 今日は、ミルゥも珍しくお留守番だ。

 本当にギルターとツムギだけの、二人きりのデートだった。


 服もいつもとは違い、二人とも水着姿だ。


 ギルターは上半身をさらしている。


 逞しい胸元に視線が吸い寄せられそうになって── ツムギは慌てて顔をそらした。


 ツムギが選んだのは、露出の控えめな白いセパレートの水着だった。

 髪もまとめて編み込んである。


 緑色のパレオが足の傷を隠すように、ヒラヒラとまとわりついていた。


「俺の人魚姫……!」


 ギルターが顔を覆ってうめきながら転げ回る。

 ツムギは真っ赤になった。


 やがてワタリガメは、いつも暮らしているネディラ島のすぐ隣の島に上陸した。

 数十分で一回り出来そうな、小さな島だ。


 ギルターに抱き上げられると、いつもと違って素肌同士が触れ合う。


 ……ドキドキした。


 抱き上げる腕越しに、ギルターの鼓動まで伝わってくる。

 目が合うと、ギルターがはにかんだように笑いかけてきた。


 ギルターはいったんツムギを浜辺に降ろし、大きなお弁当箱や荷物を抱えて運ぶ。


 ツムギはワタリガメに手を振った。

 ワタリガメは甲羅を揺らし、ゆっくりと波の間に姿を消す。


 それから、ツムギはギルターに抱えられて、島の縁をなぞるように散歩した。


「ほわぁ、いまの何?」

「こっちにもいるぞ」


 白い砂の上をちょろちょろと走る小さな生き物。

 木陰から顔を出して、すぐに隠れてしまう影。


 ネディラ島では見かけない生き物たちに、ツムギは目を輝かせて身を乗り出す。


 ギルターは歩調をゆるめ、ツムギが見やすいように体を傾けてくれた。


 ひと通り島を歩き終えるころには、自然とお腹が空いてきた。

 浜辺の木陰に戻ってくる。


「よっしゃ、お待ちかねの弁当タイムだぜ」


 弁当箱を冷やしながら守っていた透明なヘビ──ウスラギが、シュルシュルと音を立てる。


 ギルターが包みを解き、箱の蓋を開ける。


「ほわぁ!」

 

 ツムギは歓声を上げた。


 何段にも重なった弁当箱の中には、きっちり仕切られたサンドイッチと唐揚げ。

 デザートには色とりどりの果物。


 さすがはゼータ。

 完璧すぎる仕事だ。


 ギルターが、ウスラギの前にたまごサンドと唐揚げを置いてやる。

 ウスラギは、つるんとそれを飲み込んだ。

 透明な体の中を、たまごサンドが通っていく。


「いただきまぁす」


 それを眺めながら、ツムギもプチトマトのような赤い野菜を口に入れる。

 噛み潰すと、甘酸っぱい。


「いつもと違う場所だと、より美味しく感じるねぇ」

「本当にな!」


 リスみたいに口を膨らませながら、ギルターがうなずく。


 ギルターがたくさん食べるせいで、お弁当箱はミカン箱くらいの大きさだった。

 ご丁寧に、具材の説明がびっしり書かれた紙まで入っている。


 それを読みながら、ツムギはサンドイッチを頬張る。

 挟まれたレタスがシャキシャキと音を立てる。


「ゼータとミルゥも、いま頃、二人でご飯食べてるのかな?」

「きっとな」


 唐揚げを口に放り込みながら、ギルターが相槌を打つ。


「あの二人、どんなおしゃべりをするんだろねぇ」

「そりゃ、“ツムギがいなくて寂しいな”だろ」

「えー?もう、テキトー言ってぇ」


 可愛らしくカットされた果物も楽しんで、満腹になる。

 弁当箱は綺麗に空になった。


「──ごちそうさまでしたぁ」


 ギルターが水筒の冷たいお茶を注ぎ足してくれる。


 それを飲んでいると、ふと、大きな生き物がゆっくりと前を横切っていった。


「ほわっ!トカゲ!!」


 ツムギは声を上げた。


「──あ、いや、イグアナ?」


 鮮やかな緑色のイグアナだ。

 かなり大きくて、尻尾まで入れるとツムギの身長くらいのサイズがある。


 ギルターはうなずく。


「怖くないぞ。大人しいやつだ。オオノボリって言うんだ」

「オオノボリくんかぁ!近づいても平気かな。びっくりしちゃうかな」

「どうだろうな」

「えへへ、行っちゃお」


 ツムギはかさかさと這ってイグアナに近づく。


「あっ、おい?!」


 ギルターが驚いた声をあげる。


 ──しまった。


 ギルターの前で這うのは初めてだったかもしれない。

 ツムギはおそるおそるギルターの顔を見上げる。


「びっくりしたぜ。人間も這ったりするんだな」


 ギルターが明るく笑っているのを見て、 ツムギは胸に詰めていた息を吐き出した。


「んーとぉ、這うのと這わないのがいるかなぁ」

「そうなのか」


 ウソは言っていない。うん。


「人間にもいろいろいるんだな」


 ギルターはうなずいている。

 ツムギは再び安堵の息を吐いて、オオノボリに近づく。


「お邪魔しまぁす」


 オオノボリの隣にゆっくりと寝そべった。


 オオノボリはチラッと横目でツムギを見たが、すぐまた目を閉じる。


 日光浴をしているらしかった。

 日にきらめく鱗がまぶしい。


「綺麗……」

「俺もお邪魔しまーす」


 ギルターが笑って、ツムギの隣に寝そべる。


 空は、どこまでも青い。

 両隣には、素敵な生き物たちがいる。


「幸せだなぁ……」


 ツムギはつぶやく。


「なら、よかった」


 ギルターが優しくツムギを見つめる。


 しばらくするとオオノボリは、のっそりと歩いてジャングルの中へと帰っていった。


 ツムギが起き上がってその後ろ姿を見送っていると──

 ギルターが、こほんと咳をした。


 ツムギはギルターを見る。


「……実はツムギに、プレゼントがある」


 そう言って、ギルターはポケットから何かを取り出す。


 首飾りだった。


 紐の先端に括られているのは、大粒の真珠のような貝だ。

 白と青が混ざり合い、内部で光がゆっくり渦を巻いている。


 ツムギは息を呑んだ。


祝珠しゅくじゅって言うんだ」


 一拍置いて、ギルターは続ける。


「竜人が、生涯ただひとりの伴侶に渡すもんなんだぜ」


 ──伴侶。

 その響きに、ツムギの胸の奥が軽く震えた。


「人間の婚約指輪みたいなもんだな。──ほんとは満月の夜に渡すんだけど、待ちきれないから、もうやる」


 ツムギは言葉が見つからない。

 

 押し黙っていると、ギルターが腕を伸ばし、首飾りをそっと首にかけてくれる。


 祝珠が胸元でひんやりと光る。

 ツムギはそっと表面を撫でた。


「綺麗……」

「綺麗なだけじゃないぜ。それを付けてると、人間でも海の中で息ができるんだ」

「えっ?」


 ツムギは驚いて目を見張る。


「何それ!魔法?」

「魔法じゃなくて、神気な」


 ギルターは片目をつぶる。


「あ、そっか。竜人さまの神気……」

「うん。ふかいふかーい海の底にいる特別な貝に、俺の神気を込めてあるんだ」

「すごいねぇ!」


 ツムギは目を輝かせて、祝珠を光に透かせる。

 うっとりとそれを見つめていると、ギルターが顔を覗き込んでくる。


「な、海に入ってみようぜ」

「うん!入りたい……!」


 ツムギはすぐさまうなずいた。 


「よっしゃ」


 ギルターが立ち上がって、ツムギを抱き上げる。

 沖で飛び跳ねて遊んでいたナギウモたちが寄って来る。


 ツムギはさすがにドキドキしていた。


 海に潜るのは、本当に久しぶりだ。

 しかも、海の中でも息が出来るって、一体どんな感じなんだろう。


「怖くないぞ。俺がいる」


 ツムギはうなずく。

 ギルターの腰あたりの深さまでやって来たところで、ギルターが言う。


「さぁ、潜るぞ」


 ツムギはそっと海の中に降ろされる。

 そのまま手を優しく引かれて、足を伸ばして顔を海につける。


 海水が触れた瞬間——

 祝珠が淡い青を放ち、ツムギの視界がすっと澄み渡った。


 そして、次の瞬間。

 ギルターの声が耳じゃなく、心に届いた。


(……聞こえるか、ツムギ?)


 ツムギは目を見開く。


(ギルター……?)

(そうだ。これも祝珠の力だぜ。海の中で、心が近くなる)

(テレパシーなの?すごい!)


 ツムギは口を開きかけたが、声は水に飲まれる。

 けれど祝珠がそれを拾ってギルターに届ける。


 ツムギは辺りをゆっくりと見回す。

 見渡す限りの青。

 その中を、ナギウモたちが周りを泳いでいる。

 

(ほんとに海の中だぁ……)


 久しく離れていた海の中の光景に、ツムギの胸が感動に震えた。

 足を怪我して泳げなくなって、もう写真やビデオでしか見ることはないと思っていた。


 隣でギルターが微笑んでいる気配がする。


(怖くないか?)

(大丈夫だよぉ。ギルターがいるから)


 ツムギが答えると、ギルターの心も少し震えた。

 その震えが水の中を伝ってツムギに流れ込む。


 照れも、嬉しさも、全部。


(じゃあ、もっと深くまで一緒に行こう)


 ギルターに手を引かれ、ツムギはゆっくり深い方へ導かれていく。


 祝珠の光が胸元で淡く揺れる。

 海の中なのに、本当に息苦しさがまったくなかった。


 二人は真っ青な海の中を沖へと進んでいく。

 やがて、海の奥の方から、うっすらと淡い青と桃色が浮かび上がってきた。

 ギルターが少しだけ笑みを含ませて心で囁く。


(ここが、ツムギに一番見せたかった場所だ)


 ツムギは息を呑んだ。


 光るサンゴたちが、まるで夜空の星みたいにゆっくりと脈を打ちながら輝いていた。


 青。

 薄桃色。

 そして、金砂のような光があった。

 なかには緑に揺らめく枝もある。


 それらが一面に広がり、ゆるやかな潮の流れで揺れている。

 サンゴの間を小さな魚が通り抜けるたび、光が舞い散るように弾けた。


(すごい……!こんなの見たことない……!)


 ツムギの心の声が響く。

 ギルターが胸を張る。


(“潮の森”。竜人がずっと守ってきた場所なんだ)


 ギルターの心の声は誇らしげで、でもどこか切なそうでもあった。


(昔はサンゴも、魚も、もっとたくさんいたんだけどな)

(減っちゃったの……?)

(ああ。でも、ツムギがこうして見てくれて、なんか救われる気がする)


 ギルターの指がツムギの手を強く握り返す。


(君に見せたかったんだ。この海を)


 ギルターの心の声は真っ直ぐにツムギに響いた。

 ツムギは胸が熱くなった。


 ナギウモたちが潮の森の上を軽やかに泳ぎ始めた。

 光るサンゴの上で、ギルターとツムギの影が一緒に揺れる。

 海がふたりを包み、祝福するように光が舞った。


 ギルターとツムギは、しばらくそれを見つめていた。


 やがて光る潮の森を抜け、ギルターはツムギの手を引きながらゆっくり水面へと浮かび上がった。


 海上に出ると、南国の陽光がいっきに二人を包んだ。

 ツムギは大きく息を吸い込む。


「あったか……」

「体冷えちまったか?大丈夫か?」


 ギルターが顔を覗き込んでくる。


「大丈夫だよぉ」

「そろそろ上がろうな──掴まってろよ」


 ツムギを肩に掴まらせて、ギルターは悠々と岸へと泳ぎ出す。


「ほわぁ……」

「ほら、こっち来い」


 たちまち浅瀬にたどり着き、ツムギを抱き上げる。

 濡れた体が密着し、肌に海風が触れる。

 どちらともなく、息が揺れた。


 ギルターの腕はしっかり温かかった。

 海で心と心が触れあったばかりで、距離の近さがやけに意識にのしかかる。

 ギルターの胸に頬が触れ、心臓の音がはっきりと聞こえた。


「テレパシーは、海の中でだけ?」

「うん」


 残念なような、ホッとしたような気持ちになる。


 ギルターはツムギをゆっくりと浜辺に下ろす。

 それから神気で水着を乾かし、荷物からタオルを持ってきてくれた。


 ツムギが体と髪を拭いていると、今度はお茶を差し出される。

 さっき冷たかったお茶は、今は湯気を立てている。 

 きっと神気パワーだ。


「ヤケドしないようにな」

「ありがとう」


 ゆっくり口をつけると、ぽかぽかしてきた。

 ツムギは、ほうっと息を吐く。


 そのあとは、二人で浜辺に寝そべりながら、どうでもいい話をしてのんびり過ごした。


 気づけば太陽はだいぶ傾いて、オレンジ色になっている。


「そろそろ帰らなきゃだねぇ」

「そうだな」


 ギルターが身を起こす。

 帰り支度をするのかな、とツムギも起き上がった。

 しかし、ギルターは座ったままツムギを見つめている。

 ツムギは首をかしげる。


 言葉を探すみたいに、一瞬、ギルターの視線が揺れる。


「……ツムギ」

「なぁに?」


 ギルターは真剣な顔で、ゆっくりと言葉を口にした。


「……俺の花嫁になってくれるか?」


 ツムギは目を見張り──少し吹き出す。


「……前にも返事したよぉ」


 笑ったままで、でもしっかりうなずいた。


「──はい」


 ツムギの返事に、ギルターは泣き出しそうに笑った。


「……ありがとう!」

「ほわっ」


 ぎゅっと抱き寄せられて、また肌と肌が密着する。

 ツムギはしっかりとその背に腕を回した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ