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ニライカナイの花嫁  作者: 望月冴子
第3章:満ちていく気持ちと月

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小さい頃の兄弟

 タルトを食べ終え、ツムギは満足の息を吐く。

 皿を置こうとして、ふと思い当たる。


(やだぁ。お礼、言いそびれちゃった)


 また“お皿を運ぶな”って怒られるかもしれないけど──。

 ツムギは食べ終えた皿を重ね、ミルゥに乗って食堂へ向かう。


 ゼータは食堂の椅子に座って、何やら大量の本をめくっていた。


「調子に乗って出歩くと、熱がぶり返しますよ」


 本から目を上げることなく言う。

 ツムギは肩をすくめて皿を置く。


「ごちそうさまでした。ほんとに美味しかったよ。ありがとう」

「別に」


 ツムギはテーブルの上の本を覗き込む。


「それがレシピ本?見てもいい?」

「……どうぞ」


 手に取ると、状態はいいが、かなり古いものだとわかる。

 奥付けをめくる。


「昭和三十年……」


 どの本も、いまから五十年ほど前のものだった。


 十冊くらいあるけれど、一人の花嫁さんがまとめて持ち込んだのだろうか。


 お菓子のページをめくってみたけれど、確かにレアチーズケーキは載っていない。

 これらの本が出版された後に広まったお菓子なのだろう。


「お料理が好きな花嫁さんだったんだねぇ」


 ツムギは小さく息をついた。


「ゼータはこの本たちでお料理を覚えたの?」

「まぁ、そうです」

「島だと材料が全然違うでしょう?大変じゃない?」


 ゼータは少し誇らしげに言う。


「それを工夫するのが楽しいんですよ。もっとも、私は本物を知りませんから。本当に同じ味にできているか、確かめようがありませんけどね」

「全部美味しいよぉ!最高だよ」


 ツムギは力説した。 


「そうですか」


 ゼータの口角がわずかに上がる。

 やっぱりそうやってちょっと笑うと、ギルターに似ていた。


 あたしの大好きな人の、弟。

 もっと、ちゃんと笑ってくれたらいいのに。


「お、お姫さま。寝てなくて平気なのか?」


 ちょうどそのギルターが、大きなカゴを抱えて食堂に入ってきた。

 笑顔でカゴをテーブルに置いて、覗き込んでくる。


「本を見てたのか?何話してたんだ?」

「“ゼータはこの本でお料理を覚えたんだねぇ”って」


 ギルターはうなずいた。


「すげえよな。ガキの時から、ずっと作ってくれてたんだぜ」

「そうなの?すごい!」


 チビゼータが仏頂面で一生懸命に料理している姿を思い浮かべる。

 かわいい。絶対かわいい。

 ……見たかったなぁ。


 ギルターは料理本の表紙を優しく撫でる。


「母さんの本……」

「えっ?」

「──兄上」


 声を上げたツムギを遮って、ゼータが口を開く。


「頼んだものは」

「おお、あるぜ。山の方で採ってきた」


 ギルターがカゴから、何やらいろんな果物を取り出す。

 ゼータはそれらを手に取ってうなずく。


「いまから仕込みをしますので。関係ない人たちは出て行ってください」

「あ、邪魔してごめん」

「ツムギは邪魔じゃないぞ!」


 あわてて立ち上がるツムギに、ギルターが腕を回す。


「ただツムギが可愛すぎて、ツムギがいると集中できないんだってさ」

「えぇ〜……」

「殴りますよ」


 ゼータがギルターを睨みつける。

 珍しくストレートな脅しだった。


「ははっ、退散しようぜ」


 ギルターが笑う。


「じゃあね、ゼータ。ありがとう」


 ツムギも笑ってゼータに手を振る。

 ゼータはスンとしていた。


✳︎✳︎✳︎


「……あれ、お母さんの本なの?」


 廊下を進みながら、ツムギはギルターに尋ねる。


「おう。母さんが人間界から持ってきたらしいぜ」

「そうなんだぁ……」


 ツムギは思い切って口を開く。


「お母さん、この島には住んでないんだよね?お父さんも……」


 いままで疑問に思わなかった。

 ギルターが静かに答える。


「うん。二人とも亡くなったから。事故で」

「あ……そうなんだ。ごめん……!」

「んーん」


 ギルターは首を横に振る。

 ツムギはその反応を見て、さらに尋ねた。


「……聞いてもいい?お母さん、どんな人だったの?」


 ギルターは遠くを見るような目をした。

 静かな声で答える。


「優しくて──美人だったよ。まぁ、ツムギほどじゃあないけどな」

「そういうのいいからぁ」

「ほんとのことだぜ。──母さんは……笑うとほんとに綺麗でさ。俺は、“母さんの笑顔が見たい”って、いつもそればっか考えてた。ガキだったな」


 ギルターは苦笑いする。


 子どものころのギルター。

 ツムギは想像する。


 お母さんのことが大好きで、いつも後ろをついて回ってたのかな。

 きっと、ものすごく可愛かったんだろうなぁ。


 事故……って、どんな事故なんだろう。

 気になったけれど、さすがにそれ以上踏み込む勇気はなかった。


 うつむいて考えていると、ギルターが顔を覗き込んでくる。


「まだ気持ち悪い?大丈夫か?」

「あっ、ううん。風邪はもう全快!」


 ツムギはあわてて両手を振ってみせる。


「チビギルターは可愛かったんだろうなぁって、想像してただけ」

「そっか。なら、よかった」


 ギルターは優しくツムギの頭を撫でる。


「チビのときは母さんの笑顔だったけど。──いまは“ツムギの笑顔が見たい”って、それだけを考えてる」


 真っ直ぐな視線に、ツムギは息が詰まった。


「……キザすぎぃ」


 なんとか言葉を絞り出す。 


「ツムギは、キザな男は嫌いか?」


 ギルターは心配そうに首をかしげる。


「……ううん」


 ツムギは首を振る。

 そんなわけない。


 そういえば──結局、本人にはちゃんと伝えていなかった。


 ツムギは青い瞳を見つめ、そっと息を吸った。


「ギルター……」

「ん?なんだ?」


「──大好き」 


 ギルターは、その場で動きを止めた。


 かと思ったら、一瞬置いて、踵を返して廊下をすっ飛んでいく。


「え、えぇ?」


 ツムギはポカンと口を開ける。


 ほ、放置?

 あたしの渾身の告白を……!


 愕然としながらも、とりあえず後を追いかける。


 食堂から大声が聞こえてきた。


「ゼータ!大変だ!!今夜はご馳走だ!!」

「はぁ?なんですか?」

「ツムギが!!俺のこと“大好き”って!!」

「は?何をいまさら……」


 ゼータの呆れ切った声がする。

 扉の外のツムギは真っ赤になった。


 ギルターはまだ叫んでいる。


「ツムギがー!!俺を大好きぃー!!!」

「失せろ」


 ギルターがゼータにつまみ出され、食堂の扉が閉まる。 


「あ……」


 ツムギとギルターの目が合う。


「へ、へへ」


 ギルターは少年のように、頬を染めて笑った。


「ツムギ……!」

「……なぁに?」


 ツムギも赤い顔で首をかしげる。

 ギルターは静かに告げた。


「俺も、大好きだ……」

「……知ってるよぉ」


 ギルターの腕が優しく伸びてくる。

 そのぬくもりに包まれて、ツムギはそっと目を閉じた。

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