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ニライカナイの花嫁  作者: 望月冴子
第3章:満ちていく気持ちと月

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好きな人の弟

 夜が、明けた。


 朝食を終えると、ギルターは「昼飯の材料を獲りに行ってくる」と言って、片手を上げて出ていった。


(……一晩中、お仕事をした後なのに)


 ツムギは、食器を片付けるゼータの後ろ姿を見つめる。


 ゼータも、毎晩ああして人間たちの魂のために歌っているのだ。

 疲れているはずなのに、その動きには一切の淀みがない。


「……なんですか」


 視線に気づいたゼータが、短く問いかける。


「あ、えーと……」


 言うかどうか迷って、けれど言うことにした。


「ギルターに、使命のこと聞いたの」

「そうですか」


 ゼータは淡々とうなずく。


「ほんとにすごいと思う。人間のために、ありがとう」


 ツムギは椅子に座ったまま、ぺこりと頭を下げた。

 ゼータはちらりとこちらを見て言う。


「別に、人間のためにやっているわけではありませんよ。あのお人好しの兄は、そうかもしれませんが」

「……そうなの?」


 ツムギは首をかしげる。

 ゼータは感情のない声で続けた。


「あれは使命というより、呪いですから」

「……呪い?」


 思わず聞き返す。


「終わりのない牢獄のようなものです。罪を償うかのように、他者の魂を慰め続ける。──永遠に」

「……永遠に?」


 ツムギが瞬いて言葉を繰り返すと、ゼータはわずかに首をかしげた。


「兄に聞きませんでしたか。──竜人は、不老不死です」

「……え?」


 思わず、素っ頓狂な声が出る。


「不老不死……?!」


 歳を取らない。

 死なない。

 竜人さまが──ギルターとゼータが、そうだというのか。


 ……あれ?でも。


「ギルターが、“俺より長く生きてくれ”って……」


 つぶやくと、ゼータは納得したようにうなずいた。


「子を成した竜人は、永遠の命を失います。人間のように老い、やがて死ぬ」


 一拍おいて続ける。


「次の世代が生まれれば、晴れてお役御免というわけですね」

「……なるほど。って言っていいのかな……」


 ツムギは少し考えてから尋ねた。


「ゼータは……使命が嫌なの?」

「嫌とか好きとか、そういうものですらありません」


 即答だった。


「生まれたときから、勝手に決められていることですから」

「……そっかぁ」


 ツムギは静かに息を吐く。


「でも……やっぱり、すごいよ」


 ぽつりと続ける。


「あたしも、何かできればいいのに」

「お前は、兄の子を成してくれれば、それで十分です」


 ゼータはきっぱりと言った。


「……あ、そうだよね」


 ツムギはうなずく。


「そのために、来たんだもんね」

「そうです。子どもさえ生まれれば、人間界に帰ってもらって構いませんから」


 ゼータは淡々と告げる。


「──お前の使命は、永遠ではありませんよ」

「……うん」


 ツムギは手すりを掴んで立ち上がった。


「忙しいのにいろいろ教えてくれて、ありがとう」

「別に。必要なことなら、答えます」

「……そっか」


 ツムギは、少しだけ笑った。


 ──帰る。


 そうだった。

 最初に、この島へ来るときにも言われていた。


「子どもが無事に生まれたら、帰す」と。


 ツムギは食堂を出て、寝室へと戻る。


 ミルゥに揺られながら、ぽつりとつぶやいた。


「……帰りたくないな」


✳︎✳︎✳︎


 そんなことをぐずぐず考えながら眠りについたせいかもしれない。

 その夜もまた、ツムギは途中で目を覚ましてしまった。


 手を伸ばして、ベッドの上を探る。

 ──モフモフに、当たらない。


「……ミルゥ?おトイレかな?」


 ミルゥは、ときどき勝手に扉を開けて出たり入ったりしている。

 そういう自由なところも、可愛いのだけれど。


「あたしも、おトイレ行きたいかもぉ……」


 枕元のベルに視線を落とす。

 ギルターは「用があったら呼んでくれ」と言っていた。


 ──けれど。

 昨夜の歌が、頭をよぎる。


「……大事なお仕事、してるんだもんねぇ」


 邪魔をするのは申し訳なかった。


 ツムギは「よしっ」と小さく気合を入れる。


「久々に……やるかぁ!」


 手すりを掴んで、ベッドから降りる。

 覆いを外したランタンを口に咥え、四つん這いになる。


 ツムギはそろそろと床を這い、トイレへ向かった。


「ほふほうはまぁ(ご苦労さまぁ)……」


 ゴミを拾っているハヤシガニたちとすれ違い、ランタンを咥えたまま、もごもごと挨拶する。


 ハヤシガニたちは、ハサミをチキチキ鳴らした。


「ふぅ……」


 無事にトイレに辿り着き、用を済ませる。

 ほっとして廊下に戻る。


(……あれぇ?)


 ふと、宮殿の奥のほうに、淡い光が漏れているのが目に入った。


 扉の隙間から、ふんわりとした光。


(……綺麗)


 なんの場所だろう。


 ツムギは首をかしげた。

 案内された覚えはない。


(まだ知らない場所があるんだなぁ……)


 ツムギは吸い寄せられるようにそちらへ向かう。


 扉の前に着く。

 やはり、中から淡い光が滲み出している。


 ランタンを脇に置き、扉に手を伸ばそうと、膝立ちになりかけた──その瞬間。


 空気が、ひやりとざわめいた。


 肌を撫でるような、冷たい揺れ。

 思わず身体が震える。


「……え、なに……?」


「……お前ですか」

「ほわぁっ!?」


 暗がりから、すらりとした白い影が現れる。


 ゼータだった。


 ツムギは思わず息を吐く。


「ゼータぁ……!びっくりしたぁ」

「完全にこちらのセリフです」


 ゼータは淡々と言った。


「魔のものでも紛れ込んだのかと思いました」


 四つん這いのツムギを見下ろす視線は、冷ややかというか──少し、引いている気もする。


「あはは、ごめんねぇ」


 ツムギが姿勢を直すと、ゼータは問い詰めるように続けた。


「ここで何をしているんですか」

「えっと、おトイレ。ミルゥがいなくて。それで、ここが光ってるのが見えたから」

「……そういうときは、私か兄を呼んでください」

「はぁい。ごめんなさい」


 首をすくめてから、気を取り直して尋ねる。


「でもここ、綺麗だねぇ。何の場所?」


 ゼータは、少し間を置いて答えた。


「──“始まりの海”。満月の儀式で使う聖域です」

「え……ここが?」


 ギルターが話していた、繁殖の儀式に使われる場所。


 ツムギは思わずぺこりと頭を下げる。


「えっと……ごめんなさい」

「別に。謝るほどのことではありません」


 ゼータは淡々と言う。


「鍵もかかっていますし」

「あ、そうなんだぁ」


 怒られなかった。

 それが余計に申し訳ない気持ちになってしまう。


「──部屋まで届けます」


 そう言うと、ゼータは膝をつき、ツムギを抱き上げようとした。


「えっ、自分で行けるよぉ!」


 ……と言ったものの、実のところ、帰り道がかなり怪しかった。


「場所、教えてくれたらぁ……」

「……私に、這い回る妖怪を先導しろと?」


 ゼータの目がいよいよ冷たくなる。


「うぅー……」

「観念しなさい」

「ほわっ!」


 あっさり、軽々と持ち上げられてしまった。


 ギルターが力持ちなのは知っていたけれど、ゼータも同じくらい、いや、それ以上かもしれない。


(……竜人さまだもんねぇ)


 ギルター以外の人に抱き上げられるのは、なんとなく落ち着かなかった。

 けれど暴れても仕方ないし、なにより申し訳ない。


 できるだけ身を縮めて大人しくする。


 揺られながら、ちらりと、ランタンの光に照らされたゼータの横顔を見上げた。


(……やっぱり、ギルターに似てるなぁ)


 優しく笑ったら、もっと似るのかもしれない。


「……いつか、見てみたいねぇ」

「なんです?」


 ゼータが歩みを止めないままこちらを見る。

 ツムギは素直に答えた。


「ゼータの笑ったところ、見てみたいなって」

「……お前が、兄と生き物以外に興味を示すのは珍しいですね」


 少し意外そうな声だった。

 ツムギも驚いて言い返す。


「ゼータも生き物でしょぉ。すっごく綺麗な生き物」

「……まあ、そうとも言えますが」


 そんなやりとりをしているうちに、いつの間にか寝室に戻っていた。


 開いたままのドアをくぐり、そのままゆっくりとベッドへ下ろされる。


 その手つきが、ギルターと同じくらい丁寧で優しいことに気づいて、


(……やっぱり、兄弟なんだなぁ)


と思った。


「どうもありがとう。お手数おかけして、ごめんねぇ……」


 ベッドに腰かけたまま、ぺこりと頭を下げる。


「……使命の途中だったよね?」

「たまには、私もサボります」


 聞き覚えのあるセリフに、ツムギは思わず笑ってしまった。


 そこへ、ミルゥがとことこと部屋に入ってくる。

 ゼータの姿に、きょとんとした顔をした。


 ゼータは小さくため息をついた。


「二匹……いえ、二人とも。トイレは寝る前に済ませておくように」

「はぁい、お……」


 思わず「お母さん」と言いかけて、慌てて口をつむぐ。

 そんなことを言ったら、絶対に怒られる。


「お……やすみなさい、ゼータ」

「……おやすみなさい」


 静かに扉が閉まる。


 ツムギが、ふうっと息を吐くと、ミルゥが「大丈夫?」と言いたげに鼻先でつついてきた。


「大丈夫だよぉ」


 ミルゥの頭を撫でる。


「優しいねぇ……みんな、優しいね」


 ツムギはしみじみとつぶやく。


「助けてもらうのが当たり前になっちゃいそう……」

「くぅーん?」


 ミルゥが頭をこすりつけてくる。


 みんな、優しい。

 だからこそ──


 迷惑をかけなくて済むようになりたかった。


 何もできない自分。

 役に立てない自分が、ただただ申し訳なかった。

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