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ニライカナイの花嫁  作者: 望月冴子
第3章:満ちていく気持ちと月

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海のともだち

 ツムギが島に来てから、一週間ほどが経った。


 ここには時計もカレンダーもない。

 そのせいか、日付の感覚はすっかり曖昧になっていた。


 ツムギは青い空を見上げる。

 太陽がやさしく輝いていた。


 肌を刺すようだった村の日差しとは違い、ここでは光そのものが柔らかい。

 包み込むような温かさだった。


「今日もいい天気だねぇ。雨の日とか、あるのかなぁ? ……あるよね?」


 ミルゥに話しかけながら、ツムギは島を散歩する。


「雪……は、さすがに降らないよねぇ」


 もともと住んでいた村も、冬でも暖かく、雪が降ることはなかった。


 ミルゥに頼んで島の中を気の向くまま巡り、やがて浜辺に出る。


 波打ち際では、カラフルな殻を背負った小さなヤドカリのような生き物が列を作って歩いていた。


 ツムギは這いつくばってそれを眺める。

 色とりどりの宿が光を透かし、飴玉みたいにきらきらと輝いていた。


「……綺麗」


 なんていう名前の生き物なんだろうか。

 あとでギルターに聞いてみよう。


 ツムギは砂を払って座り直す。

 ミルゥはすぐ隣で、波打ち際の草をもしゃもしゃ食べている。


 目を細めてそれを眺めていると、優しい声がした。


「ここにいたのか、花嫁さん。探したぜ」


 ギルターだった。

 ツムギは笑顔になる。


「お手伝い、もう終わったの?」

「おう。一人にして、ごめんな」


 今日はゼータの畑仕事に駆り出されていたのだ。

 ツムギも手伝おうとしたが、例によって「邪魔です」と追い出されてしまった。


 役に立たないのは事実なので、仕方がない。


「一人じゃないよぉ」


 ツムギは、ミルゥのお尻をぽんぽんと叩く。


「くぅーん」


 草を食べていたミルゥが、顔だけ振り返ってお尻を振る。


「そうだったな」


 ギルターは笑い、ツムギの隣に腰を下ろした。

 それから、まぶしそうにツムギをじっと見つめる。


 照れくさくて、ツムギは首をかしげる。


「なぁに?」

「可愛いな、って見てただけ」

「もう……キザすぎぃ」


 頬が自然と熱くなる。


 ギルターは、そっとツムギの髪を撫でた。


「海を見てたのか?本当に好きなんだな」

「うん!」


 力いっぱい答えると、ギルターが笑って顔を覗き込んでくる。


「よっしゃ。今日はこれから、海に入ってみるか!」

「え!いいの!?」


 ツムギの目が、ぱっと輝いた。


「もちろんだ。ここは俺たちの海だぜ」


 ギルターはツムギをミルゥに乗せ、足元にひざまずく。

 そのまま、靴を脱がせはじめた。


「自分で出来るって言ってるのにぃ……」


 苦笑いするツムギに、ギルターは優しく笑う。


「ゼータの趣味が料理なら、俺の趣味はツムギのお世話だからな」

「もう。なにそれぇ……」


 足の傷を見て、何か言われるかと思ったが、ギルターは何も言わなかった。


「よっしゃ、行くぞ、ミルゥ!」

「わぁっ!」


 合図と同時に、ミルゥは水しぶきを上げて海へ進む。


 ツムギの足が、海水に浸かった。


 ──あたたかい。


 南国の陽光が、海底にまで届いているのがわかる。


 足元まで透き通る青。

 光が細かく揺れて、海底が銀色に瞬いていた。


「気持ちいぃ……」


 ギルターも海に浸かりながら笑う。


「もう少し深いところまで行ってみるか?ミルゥは浮くし、俺もいる。怖くないぜ」

「そういえば、お風呂でも浮いてたもんねぇ」

「おう。そのための、この綿毛だ」

「あ、なるほどぉ!」


 暖かい南の島なのに、どうしてモコモコの生き物がいるのかと不思議に思っていたのだ。

 防寒のためではなくて、浮き具だったらしい。


「よろしく、ミルゥ!」

「くぅーん」


 ミルゥはぷかぷか浮きながら、水をかいて進んでいく。


 ギルターは、その横をすいすい泳いでいた。

 水の中とは思えないほど力強く、静かで、まるで海そのものに溶け込んでいるみたいだ。


 ツムギは笑って話しかける。


「竜人さまは、泳ぎが得意?」

「おう。なんてったって、海の守り神だからな」


 泳ぎながら、ギルターは片目をつむってみせる。

 器用だなぁ。


 その様子にツムギは首をかしげる。


「……もしかして、海の中でも息、できてる?」

「あっ……バレたか」

「すごぉい!いいなぁ!!」


 ツムギは目を輝かせる。

 さすがは竜人さまだ。


「あたし、竜って空を飛んでるイメージだったんだけどねぇ」

「そういう竜も、いるらしいけどな」


 ギルターは、ホッとしたような、照れたような顔で笑った。


 そのとき。


 遠くから、


「ぽぉぉ……」


 と、柔らかな音が響いた。


「ん……?」

「お、来たな」


 首をかしげるツムギに、ギルターが微笑む。


「ツムギ、怖くないぞ。噛みついたりしない」

「え、なぁに?生き物?」


 その言い方がおかしくて、ツムギは思わず笑ってしまった。


 ギルターの視線を追うと、影が水面下を滑るように近づいてくる。


 一匹。

 もう一匹。

 全部で、三匹。


 群れがふわりとツムギたちの周りを旋回した。


 イルカに似ているけれど、どこか違う。


 丸い胸びれ。

 柔らかな体。


 うすい桃色の肌が光を受け、真珠色に変わる。

 黒い瞳の奥には、差し込む光に反応するように、緑の粒子が揺れていた。


 ツムギは歓声を上げる。


「ほわぁぁ……ジュゴン?!」

「“ナギウモ”だ。この海の古い住人だぜ」


 ツムギは目を輝かせる。


「ナギウモちゃん……!」


 もちろん、初めて聞く名前だった。


 ──けれど。


 ふと、幼いころの記憶が胸をかすめる。


「……この子たち、会ったことあるかもぉ」

「……へえ」


 ギルターが、少し意外そうな顔をした。


「本人?かはわかんないけどぉ。昔、ジュゴンみたいな子と遊んだことがあるの。もしかしたら、ナギウモちゃんだったのかも」

「確かにこいつら、たまに人間界で遊んでるぜ」


 ギルターはうなずく。


「そうなんだぁ!」


 ツムギは、はっと思い当たる。


「じゃあ、あのアシカさんも……アシカじゃなくて、ここの生き物だったのかぁ」

「アシカか。どんな生き物か知らないけど、あり得るな」

「図鑑、やっぱり持ってくればよかったなぁ」


 話に夢中になっていると、ナギウモの一匹が、興味津々といった様子で近づいてきた。

 鼻先でそっとツムギの腕を押す。


「なぁに、どぉちたの?」


 ツムギは笑顔になる。


「挨拶だ。君を歓迎してるんだぜ」

「あらぁ……」


 思わず声がとろける。


「もしかして……この子たちも、お触りオーケーだったり?」

「もちろん」

「ひゃっほうぅ……!」


 ギルターの手が、背中を支えてくれる。


 ツムギはそっと腕を伸ばし、ナギウモの頭を撫でる。

 意外なほど柔らかく、あたたかい。


「ぽぉ……」


 ナギウモは満足そうに鳴いた。


「えへへ……」


 ツムギは完全ににやけている。

 ギルターは、その様子を満足そうに見つめていた。


「怖くなかったら、一緒に泳ぐか?」

「えっ!いいの?!」

「もちろんだ」


 ギルターはうなずく。


「服も平気かなぁ?もうだいぶ濡れちゃってるけど……」

「大丈夫、大丈夫」


 ギルターは、ナギウモの横腹に手を添えて合図を送る。

 ナギウモが、ゆるやかに体を傾けた。


「怖くないぞ。俺がずっと横にいる」


 ツムギはうなずく。


 もともと、ちっとも怖くなんてない。

 けれど、その言葉が胸に落ちて、ふんわりと温かくなる。


 ギルターの腕に支えられながら、ツムギはナギウモの背に手を回した。

 ミルゥの上から、ナギウモへと移動する。


 ナギウモがゆっくりと動き、ツムギを押し上げるように受け止める。


「ひゃぁ……!」

「ナギウモは、人間と遊ぶのが好きなんだぜ」


 ギルターが笑っている気配がした。


「優しい人間にしか、近づかないけどな」


 ナギウモが、滑るように泳ぎ出す。

 光の粒子の中を、海の中を、ゆったりと進んでいく。


 振り返ると、ミルゥは休憩中なのか、ぷかりと浮かびながら岸へ流されていく。

 ツムギは笑って手を振り、前を向いた。


 髪に海の風が触れ、足元をくすぐる水流が走る。


「すごい……!海の中で走ってるみたい……!」


 横を見ると、ギルターがすぐ隣で泳いでいた。

 かなりの速度なのに、動きは悠々としている。


 碧い瞳が陽光に揺れて、静かな輝きを放っていた。


 ……ミルゥも、ナギウモちゃんも、海も。

 みんな綺麗だけれど。


 あなたが、いちばん綺麗。


 ツムギの頭に、そんな自分らしくない言葉がふっと浮かんだ。


 ナギウモはぐるりと沖の岩を一周すると、そのまま浜辺へ向かって進みだした。


 先に岩へ上がって休憩していたギルターが、それを見て勢いよく飛び込む。

 水しぶきを上げ、あっという間に追いついた。


「ミルゥまで競争だ!」

「えーっ!」


 ツムギが慌てて周囲を見回すと、ミルゥはいつの間にか浅瀬に立ち、のんびりと海藻かなにかを食んでいた。


「よし、がんばれ、ナギウモちゃん!」

「ぽぉぉ……!」


 ギルターも速いが、本気を出したナギウモも負けていない。

 ぐんぐんと波しぶきを上げ、浜へ向かって突き進む。


 たちまち浅瀬に到達し、急ブレーキをかける。


「ほわっ!」


 放り出されそうになったツムギを、先に着いていたギルターが笑いながら受け止めた。


 浜へ降ろされると、ミルゥが自分からちゃぷちゃぷと歩いてきて、ツムギの足を鼻先でつつく。


「ありゃ。勝負は、ツムギたちの勝ちだな」


 ギルターが楽しそうに笑った。


「えー?えへへ……」


 ツムギは手を伸ばし、ミルゥとナギウモを順番に撫でる。


「やったね、ナギウモちゃん!」

「ぽぉぉー」

「ナギウモには、賞品をやらねぇとな」


 ギルターは、ミルゥが食んでいた浅瀬の海藻を摘み取り、いくつかまとめる。


「お姫さまから、賞品の進呈を」

「ほわぁ……どうぞ、ナギウモちゃん」


 ツムギが海藻の束を差し出すと、ナギウモたちは嬉しそうに口を開けた。

 もぐもぐと食べるたび、口の中からプチプチと小さな音がする。


「ちなみに、人間が食っても美味いぞ」


 そう言って、ギルターは自分でも口を動かしながら、ツムギの口元に海藻を差し出した。


「お姫さまも、賞品をどうぞ」


 ツムギは少し照れながら、濡れた髪を耳にかけて口を開ける。


 海藻は、口の中で甘く弾けた。


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