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ニライカナイの花嫁  作者: 望月冴子
第3章:満ちていく気持ちと月

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ツムギの幸せ

「──あれ?」


 果樹園でギルターたちと別れ、せっかくだからとミルゥと辺りを散歩をした。

 お昼近くになって寝室に戻ったとき、ツムギは違和感に気づく。


 部屋の出入口に、ベッドの脇、クローゼットなど。

 いたるところに、手すりが付けられていた。


 ベッド横のそれを指先でそっと撫でていると、ちょうどギルターが顔を出す。


「ねぇ、これって……」

「あぁ、付けてみた。ツムギ、立ったり座ったりするの、大変そうだったからな」


 ツムギは目を見開いた。


「えっ……わざわざ?それこそ大変だったんじゃない?」

「んーん」


 ギルターは気軽に首を横に振る。


「もともと切り出してあった木があったんだ。それを神気で、ちょちょいのちょいだぜ」


 そう言って、片目をつむってみせる。


 胸の奥が、きゅっとした。

 嬉しいのに、申し訳ないような、複雑な気持ち。


「……ありがとう。すごく、嬉しい」

「おう!俺は料理できない分、こういうとこでポイント稼がないとな」


 ギルターは冗談めかして言って、子どもみたいにニカっと笑う。


「他にも付けてほしい場所があったら言えよな!」


 手を振りながら去っていく背中を見送り、ツムギは小さく息を吐いた。


(……やっぱり、あたし、あの人のことが好きだぁ……)


 ミルゥの頭を撫でながら、ぽつりと呟く。


「ねぇ、ミルゥ。会ってまだ数日なのに、おかしいかな?」

「くぅーん?」

「あたし、こういうの初めてでさ。綺麗な生き物を見てドキドキすることはあったけど……それとは、違うんだよねぇ」


 ミルゥは「よくわからない」と言うみたいに、小首をかしげた。

 ツムギは思わず眉を下げる。


「えへへ、可愛いでちゅねぇ。そうだよねぇ、わかんないよねぇ」


 ミルゥをワシャワシャと撫でながら考える。


「……となると、相談できそうな相手は──」


✳︎✳︎✳︎


 部屋を出て、ミルゥと一緒に食堂へ向かう。


 中では、ゼータが一人、黙々とテーブルを拭いていた。


 ツムギがいつも座る椅子の横にも、手すりが付けられている。

 胸の奥がじんと熱くなって、なんだか泣きたくなった。


 ……あたし、泣き虫になっちゃったのかなぁ。

 我慢強い方だと思ってたんだけど。


「よいしょ、っと……」


 手すりを掴み、ミルゥから椅子へ腰を下ろす。


 ゼータは、その様子を目の端で見ていた。

 ほんの少しだけ、表情が柔らいでいる。

 そういう優しい顔をすると、本当にギルターそっくりだった。


 ──さてと。


「あのさ、ゼータ。相談があるんだけど……」

「そういうのは兄に言ってください」


 即答だった。


 ツムギは負けじと身を乗り出す。


「ギルターには言えない話なの……!」

「……なんです?」


 聞く気はあるらしい。

 ツムギはほっとして、声をひそめた。


「あのね、びっくりしないでね」

「もったいぶらず、さっさと言ってください」


 息を吸って、思い切る。


「あたし……ギルターのこと、好きみたいなの」

「は?」


 ゼータは珍しく口を開けたまま固まる。

 ややあって、眉をひそめた。


「……知ってますが」

「えっ!知ってたの?!」


ツムギは驚いて叫ぶ。


「……知らなかったのは、お前だけだと思います」

「やだぁ!」


 ツムギは両手で顔を覆う。

 辺りを見回すと、足元のミルゥと目が合った。


「プスー」


 鼻で息を吐かれた。


 ……ミルゥも知ってたの!?

 さっきの「よくわからない」小首かしげは何だったんだぁ!


 顔がどんどん熱くなる。


「じ、じゃあさ……ギルターって、好きな人とか、いるかなぁ?」

「はぁ?」


 ゼータは呆れたように言う。


「……お前、自分の立場、わかってますか」

「えっ?」


 きょとんとするツムギに、冷たい声が落ちる。


「花嫁ですよ」

「あっ……」


 そうだった。

 あたしは──ギルターの、花嫁。


 それでも……不安は消えなかった。


「で、でもさ。“婚約してても好きな人は別にいる”とか……よくあるじゃん」

「兄は、どこからどう見てもお前のことが好きです」


 きっぱりと言い切られる。


「一応言っておきますが、それもお前以外は全員知っています」

「えぇっ!?」


 ツムギは再び叫ぶ。


 ギルターが……あたしのことを?

 あの、優しくて、カッコよくて、まぶしい人が。


「ほ、ほんとかなぁ……」


 胸の奥で不安がさざめく。


 あたし、なんにもできないのに。

 イオリみたいにお淑やかでも、美人でもない。

 おばあみたいに、強くも、カッコよくも、速くもないし……。


でも……。


 確かにギルターは、「ツムギと一緒にいたい」と言ってくれた。

「子どもなんて産まなくてもいいから、一緒にいたい」と。


 ツムギは、ふうっと息を吐く。


 ……カガリの目を通して見ただけのあたしの、どこを気に入ってくれたのかはわからないけれど。

 それでもギルターは、あたしを花嫁に選んでくれた。

 そして、いつも本当に優しくしてくれる。


 それは──

 あたしのことが、好きだから?


 ゼータは何も言わず、黙ってツムギを見つめている。


 ツムギはしばらくぼんやりしていたが、ふいに実感がこみ上げてきた。


「ほわぁぁ!え、あたし、ギルターと両想い……ってこと?ど、どうしよう……!」


 ゼータは心底うんざりした目を向ける。


「くだらないラブコメディに、私を巻き込まないでください。料理の準備で忙しいので」

「あっ、そ、そうだよね。ごめん」


 ツムギは手すりに掴まって立ち上がり、ミルゥに腰かける。


「……ゼータ、いつもほんとにありがとう。いろいろと」

「……別に。私が好きでやっていることですから。お前のためじゃありません」


 にべもなく言われる。


「そっか!あたしのためじゃないのかぁ!」


 ツムギは、ぱっと笑った。


「……なぜそこで喜ぶんですか」


 ゼータは「もう完全に理解不能」というように首を振る。


 ツムギは、まだ熱の残る頬をそっと押さえた。


 ギルターと、両想い。

 嬉しい。


「……ホントかなぁ……」


 ギルターに会いたい。

 さっき会ったばかりなのに、もう会いたい。


 ゼータはそんなツムギを一瞥する。


「……そろそろ昼飯です。暇なら兄を呼んできてください。シチューだと言えば、すっ飛んでくるでしょう」

「えー、かわいい!」


 ツムギは目を輝かせる。


「ギルター、シチュー好きなんだ」


 ゼータは小さくうなずいた。


「オーケー、呼んでくる!行こう、ミルゥ!」

「くぅーん!」


✳︎✳︎✳︎


 ミルゥに乗って、ツムギは元気よく駆け出す。


 ギルター、どこかな。

 会いたい。


 部屋をノックしても返事がないので、外へ出る。

 裏手の庭で、薪を積み上げている姿を見つけた。


「ギルター!」


 嬉しくなって、ミルゥの上から手を振る。


 ギルターはすぐに顔を上げ、目を細めた。


「どうした、お姫さま」

「ご飯だよ!シチューだって!」

「おっ!やったぜ!」


 ニカっと笑うその顔に、ツムギはくらりとする。


 まぶしい……。

 絶対、世界一カッコいい。


 どんな生き物よりも、綺麗で、素敵な──

 あたしの、旦那さん。


「ほわぁ……」

「ん?どうした。大丈夫か?」


 ギルターが近づいてくる。


「顔赤いぞ。熱あるか?」


 おでこが、こつんと触れた。


「ほわぁ──!」

「おわっ」


 ツムギの叫び声に、ギルターがのけぞる。


「びっくりした。大丈夫か?」

「ご、ごめん……」


 恥ずかしくなって、慌てて弁明する。


「“叫ぶな”って、よく怒られるんだけどねぇ……つい……」

「ツムギは感情表現が豊かなんだな」


 ギルターは優しく笑った。


「大丈夫だ。俺は、ツムギの可愛い叫び声も大好きだ」

「えぇ……」


 ……やっぱり、甘すぎる。


 嬉しくて、くすぐったくて、どうしていいかわからない。


 ──けれど。


(こういうのが、“幸せ”……なのかなぁ)


 海を見たり、生き物に触れたりするのとは、また違う幸せ。


✳︎✳︎✳︎


「うまっ!!」


 ギルターが、シチューを頬張って子どものように笑う。


 それを見て、ゼータもほんの少しだけ笑っている気がした。


 ツムギも、つられて笑う。


 ──幸せ。

 これが、あたしの幸せ。


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