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ニライカナイの花嫁  作者: 望月冴子
第3章:満ちていく気持ちと月

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花嫁の新しい毎日

挿絵(By みてみん)


 こうして、真珠宮での日々が始まった。


 翌朝、ギルターが起こしに来る前に、ツムギは自然と目を覚ました。


 天井のガラス窓から、やわらかな光が差し込んでいる。


 ベッドの上の綿菓子に元気よく声をかける。


「おはよう、ミルゥ!」

「ぷぅーん……」


 ミルゥはまだ眠たそうだ。


 一日の始まりが待ち切れないなんて、どれくらいぶりだろう。


 ミルゥに乗って洗面所へ行き、桶に溜められた水で顔を洗い、口をゆすぐ。

 寝ぐせを直していると、後ろからひょっこりと端正な顔が現れた。


「ほわっ」

「あっ、ごめん」


 ギルターが少し申し訳なさそうに首をすくめる。


「部屋にいなかったから、心配になってな。──寝れたか?」

「うん」

「なら、よかった」


 ギルターが笑う。

 ツムギも自然と笑顔を返した。


「おっと、忘れてた」

「ん?」

「おはよう、ツムギ」

「……おはよう、ギルター!」


✳︎✳︎✳︎


 二人と一匹で食堂へ向かうと、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。


 朝食も相変わらず豪華だ。


 ふかふかのパンがたくさん並び、色鮮やかなサラダ、スクランブルエッグにベーコン、フルーツまである。

 ジュースのピッチャーも、色とりどりに並んでいる。


(……一体、何時から準備してるんだろぉ)


 時計はないのに、そんな疑問が自然と浮かぶ。


 そこへ、紅茶らしきポットを持ったゼータがキッチンから現れた。


「ゼータさん、おはよう!」

「おはようございます」


 ゼータは静かにうなずく。


 いつものように、ギルターがツムギを椅子に乗せながら聞く。


「ジュースどれにする?オレンジのか、黄色のか、赤いの……緑のもあるぞ」

「うーん、オレンジ!」

「おっ、俺もそれがいいと思ってた」


 ギルターが笑って、オレンジ色のジュースを注いでくれる。


「ありがとう」

「どういたしましてだぜ」


 ギルターが自分のジュースを注いで席に着くのを見て、ツムギはさっそくパンを一つ手に取る。


「いただきまぁす!——うわぁ、焼きたてホカホカじゃん!」


 ソーセージの皿を持ってきたゼータが、パンにかぶりつくツムギをじろりと睨んだ。


「先にスープと野菜から食べなさい」

「あ、はぁい」

「おいゼータ!好きに食べさせてやれって」


 ギルターが口を挟む。

 ゼータはピシャリと「ダメです」と言う。


「人間は我々より体が弱いんですよ。きちんとスープで胃を温め、食物繊維から摂らないと血糖値も——」

「なにっ!それは大変だ」


 ギルターが即座に手のひらを返し、スープのポットに手を伸ばす。


「ツムギ、スープからだ!」

「はぁい」


 ツムギはくすくす笑って、ギルターからスープカップを受け取る。

 とろりとした淡い黄色の液体から、ほっこり湯気が立っている。


 スプーンで口に入れると、コーンポタージュのようなやさしい味だった。

 小さなクルトンが浮かんでいて、食感も楽しい。


「美味しぃ……」

「サルマメキビのポタージュです。バターが味の決め手です」


 ゼータが満足そうに言う。

 ギルターもあっという間に飲み干してうなずいた。


「美味いな。ミルゥにもやろうぜ」


 ギルターは再びポットからスープをすくう。

 手をかざして冷まして(神気だ!)ミルゥの皿に入れてやる。

 ミルゥは喜んでぴちゃぴちゃと舐め、口の周りを黄色く染めていた。


✳︎✳︎✳︎


「うーん、朝から食べ過ぎたかもぉ」


 デザートのフルーツも平らげ、仕上げに紅茶のような、すっきりしたお茶を飲む。

 ツムギは満足して息を吐いた。


「ごちそうさまです。木の実のパン、美味しいね!ハナグルミだっけ?」

「そうです。生地にもペーストをたっぷり練り込んでいます」


 淡々と答えるゼータに、ツムギはにこっと微笑む。


「一人でこんなに作るの、大変じゃない?」

「別に大丈夫です」


 即答だった。


「料理好きなんだもんな、ゼータ」


 ギルターが歌うように言う。


「すごいなぁ。うちのお父さんなんか、ご飯を炊くのも出来ないんだよぉ」

「……う、もしかしたら、俺もできないかも」


 ギルターは急に真剣な顔になる。


「──ツムギは、料理ができる男のほうが好きか?」

「えっ?」


 ツムギは慌てて考える。


「えっとぉ……“料理ができるか”は、関係ないと思う」


 その答えに、ギルターの顔がぱっと明るくなる。


「ギルターはあたしやミルゥにジュースとか注いでくれるし。優しいよねぇ」

「そっか。なら、よかっ——」

「──気が散るので、出て行ってもらえますか」


 料理を片付けているゼータから、容赦ない声が飛んできた。


 二人は顔を見合わせ、肩をすくめて笑った。


✳︎✳︎✳︎


「えっとさぁ」


 ミルゥに揺られながら廊下に出て、ツムギは隣を歩くギルターを見上げた。


「満月の日まで、あたしは何したらいいんだろ?儀式の練習とか、お手伝いとか、お仕事とか」

「そりゃ、ツムギの好きなことをしてたらいいさ」


 ギルターはさらりと言って笑う。


「向こうでは、いつも何してたんだ?」

「えっと……図鑑見たり」

「ズカンか。本だよな……無いな」


 ギルターは腕を組んで「うーん」と考え込む。


「別に大丈夫だよぉ」


 ツムギはあわてて手を振った。


「外に出られないから、なんとなく見てただけだし」

「ごめんな。他の本でよければ、持ってくるぜ」

「あ、本自体はあるのねぇ」


 ツムギは目を見張る。

 竜人さまも本とか読むんだぁ。


 言葉は通じるけど、文字も同じなんだろうか。


「うん。ちょっと待ってろ」


 ギルターはわざわざツムギを部屋まで送り届けてからまた出ていく。

 しばらくして本の山を抱えて戻ってきた。


「ほわぁ。人間の本じゃん。結構あるねぇ」


 ツムギは何冊か手に取って、声を上げる。


「昔の花嫁が持ってきたのとか、カガリが盗……拾ってきたやつとかだな。ここのはもう全部読んじまったから、やるよ」

「いいのぉ?」

「人間のこと知りたくて読んでただけだしな。──これとか、面白いぞ。女の子はこういうの好きなんだろ?」


 ギルターが差し出したのは、少女漫画だった。


「えっ?」


 ツムギは目を見開く。


「ギルター、これ読んだの?」

「なんかダメだったか?」


 首をかしげるギルターに、ツムギは唇をとがらせる。


「女の子が読むやつだよぉ、これ」

「えっ、男は読んじゃダメだったか?悪い、人間のルール知らなくて……」

「ダメってことはないけどぉ……」


 ページをぱらぱらめくる。

 背景に花を背負った男が、女の子に甘い言葉を囁いている。


 ──可愛こちゃん。

 ──お姫さま。


 ことあるごとに髪を撫でたりウインクしたり、キザ極まりない。


「……」


 ツムギは、そっとギルターを見上げた。


「人間の恋のことは知らなかったからさ。結構、参考になったぜ」


 ……ギルターのキザの出どころが、なんとなく分かった気がした。


✳︎✳︎✳︎


「おっと、ゼータに食材のお遣いを頼まれてたんだ」


 そう言って、ギルターは片手を上げて出ていく。

 残されたツムギは、ベッドに腰かけて本をめくった。


 ジャンルはさまざまだ。

 古文で書かれた、ツムギには読めない本もある。


(こんな古いのに、綺麗だねぇ……)


 きっと、これも“神気”のおかげなのだろう。


 子ども向けの絵本もあった。

 竜人との子のために、いつかの花嫁が持ち込んだのかもしれない。


「……あたしも、何か持ってきたらよかったねぇ」


 それこそ、図鑑とか。

 赤ちゃんと一緒に眺めたら楽しいし、ツムギのいた世界の勉強にもなったはずだ。


 ぼーっと流されるまま来て、そこまで考えられなかった自分が、少し恥ずかしくなる。


 ツムギはごろんと寝転がり、少女漫画を読み始めた。


(花嫁っていうか……普通に食べられるんだと思ってたしなぁ)


 まさか、こんなふうに優しく迎えられるなんて、夢にも思わなかった。


 漫画の中では、堅物の女の子がようやく陥落し、初めての恋に心を躍らせている。


 ページをめくりながら、ツムギはぼんやり考えた。


(ギルターはお遣いかぁ……)


 いまごろ、海で魚を採っているのかなぁ。

 それか、畑で野菜の収穫かも。


 この広い宮殿と島をたった二人で管理しているのだから、きっとやることは山ほどある。


(……あたしにも、何かやらせてくれたらいいのに)


 ツムギはため息を吐く。


「一人で部屋にいると、余計なこと考えちゃうなぁ……」


 そうぼやくと、足先がつん、と触れられた。

 ツムギは瞬く間に笑顔になる。


「あはは、ごめんごめん。ミルゥがいるもんね。一人じゃないよねぇ」

「くぅーん」


 ツムギはミルゥをわしゃわしゃ撫でる。


 気づけば、本を読み始めてから結構な時間が経っていた。

 朝あんなに食べたのに、少し小腹がすいている。


「食堂、行ってみる?」

「くぅーん!」


 ミルゥは元気よく返事をして立ち上がった。


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