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ニライカナイの花嫁  作者: 望月冴子
第2章:竜の島への嫁入り

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竜と花嫁の初夜

 ゼータに食堂を追い出された二人と一匹は、ツムギの寝室へ向かった。


 ギルターの手にはランタンがある。


 中に入っているのは炎ではない。

 数匹の、光るホタルのような虫だった。


 ぼんやりと揺れる淡い光を覗き込みながら、ツムギは言う。


「閉じ込めちゃって、かわいそうじゃない?」

「ツムギは優しいな」


 ギルターは微笑む。


「中に、こいつらの好きな蜜を入れてあるんだ。朝になったら離してやるしな」

「そっかぁ。じゃあ、アルバイトみたいな感じだね」

「アルバイトってなんだ?」


 ギルターが笑って聞き返したとき、ちょうど寝室の前に着いた。


 部屋に入ったギルターが、貝殻のランプに手をかざす。

 ライターもマッチも使わず、ふっと火が灯った。


「“すんごいパワー”だぁ」


 ツムギがつぶやくと、ギルターは笑い声を上げる。


「少ししたら自然に消えるから、そのままで大丈夫だぞ。……ランタンも、覆いをかけて枕元に置いとくからな」


 そう言いながらギルターはカーテンを閉める。

 その後ろ姿を、ツムギはミルゥに腰かけたまま、ぼんやりと眺めていた。


 広い背中。

 長い手足。

 ちょっと癖のある髪の毛。


(……後ろ姿だけでかっこいいって、どういうことだろぉ)


 思わずため息が漏れる。


 部屋には、貝殻のランプのほのかな光。

 遠くから、海のざわめきが静かに響いている。


(──あれ?)


 妙に雰囲気がよすぎて、ツムギの胸が変な音を立てた。


(もしかして今夜は……初夜、というやつでは?)


 甲斐甲斐しく寝室の準備を整えるギルターを、あらためて見つめる。


 自分は、この人の花嫁として連れてこられた。


 ということは、いずれ——

 ギルターの子どもを産むことになる。


(赤ちゃん……)


 急に現実味を帯びた想像に、鼓動が早まる。


 寝具を整え終えたギルターが、ベッドの横に立って振り返った。


「これでよし。足りないもんはないか?寒くねぇか?」


 その声は気遣いに満ちていて、向けられた笑顔はどこまでも優しい。


 ツムギはなぜだか泣きたくなった。


 そんなことには気づかず、ギルターはベッドの端をぽんと叩く。


「ツムギ。ほら、早く来いよ」

「え、も、もう……?!」


 心臓が口から飛び出しそうになる。


(ミ、ミルゥもいるのに……!)


「くぅーん?」


 ミルゥがつぶらな瞳で見上げてくる。


「──ツムギ?」

「は、はいっ」


 美しい青い瞳が──ギルターが近づいてくる。


(ど、どうしよう……!とりあえずミルゥには、お外に出てもらって……)


 頭の中では色んな言葉がぐるぐる回るのに、声が出ない。


 伸びてきたギルターの腕が、ミルゥからツムギをそっと抱き上げた。


 そのまま、優しくベッドへ寝かされる。


「……ツムギ」

「……はいぃ……」


 ツムギはぎゅっと目をつぶった。


 カチンコチンに固まるツムギに、ギルターの声が優しく降ってくる。


「──落ち着かないのは分かるけどな。寝不足は身体に悪いぜ」


「……はい?」


 思わず、目を瞬く。


 ギルターはそのまま、ツムギの上に毛布をかけた。


「寝られなそうなら、あったかいミルクでも持ってこようか?」

「……」


 完全に保護者ムーブだった。


 ツムギの中で、期待が勢いよく別の方向へ転がり落ちていく。

 頭の中がぐるぐるして、ついに言葉がこぼれた。


「あの、ギルター」

「ん?なんだ?」

「……一緒に寝ないの?」


 毛布を整えていたギルターの動きが、ぴたりと止まる。


「……は?」


 ツムギはどんどん声が小さくなる。


「……その。初夜的な」

「え?!」


 ギルターはみるみる顔を赤くし、毛布を握ったまま完全に固まった。


「あ、ああ!し、初夜ね!」


 やがて、もごもごと口を開く。


「えっとな……言ってなかったな。竜人は、特別な満月の夜に、子どもを作るんだ」

「え、あ、そ、そうなんだ?!」


 ツムギの声が裏返る。

 ギルターは真っ赤な顔のまま、こくこくとうなずいた。


「“始まりの海”っていう、特別な場所でな。婚礼の儀式をして……」

「“始まりの海”……で、儀式……」


 ツムギはギルターの言葉をそのままなぞる。


「うん。だから、その……人間みたいな子どもの作り方はしないんだ」

「あ、そ、そうなんだ……」


 普段はあんなにキザなくせに、ギルターは耳まで赤くして、完全にもごもごモードだった。


「その……そういうことを、しないわけじゃない。でもそれは、あくまで……愛を、深めるためであってだな……」


 必死に言葉を選びながら説明を続けている。


「俺はぜんぜん嫌じゃないけど!まださすがに、早いっていうか……な?ふつう、もっとお互いのことをよく知ってから、だろ?」

「そ、そうだよねぇ……!」


 二人とも、見事なまでにどもりまくっている。

 ツムギは恥ずかしくて目を合わせられなかった。


「くぁ〜ん」


 そのときミルゥが大きくあくびをして、二人はびくっと飛び上がる。


 ギルターは耳まで真っ赤なまま、視線をそらして扉へ向かった。


「じ、じゃあ俺は出るわ。明日の朝、また迎えに来るからな。早く寝ろよ」

「あ、う、うん」

「何かあったら、その鈴で呼んでくれ」


 ギルターの指先をたどると、枕元に小さなベルが置かれていた。


「遠くても、俺たちにはちゃんと聞こえるから」

「わ、わかった」


 ツムギはぎこちなく何度も頷く。


「じゃ……。おやすみ、ツムギ」

「お、おやすみぃ……」


 扉を閉める、その瞬間。

 ギルターはほんの少しだけ振り返り、照れた笑みを残していった。


 ツムギはミルゥと二人きりになる。

 胸に手を当てて大きく息を吐き出した。


「ほわぁ……」


 心臓がうるさいくらい鳴っていた。


(なんか今日……ずっとドキドキしてるなぁ)


 ぼふっと枕に頭を沈め、天井のガラス窓を見上げる。

 星が、夜空を埋め尽くしていた。


 ツムギが暮らしていた村も、星はよく見えた。

 けれど、これは比べものにならない。


 星と星をなぞるように視線でつなぐ。


(星座……は、同じだねぇ……)


 それでも、ここは確かに異世界なのだ。


 ニライカナイ。

 竜が守る、神々の世界。


(……これから、どうなるんだろう)


 思考がゆっくりと巡る。


(満月の儀式って、何をするのかなぁ。あたし、ちゃんとできるのかなぁ……)


 分からないことだらけだ。


 それでも、ギルターの優しい笑顔と、「おやすみ」の余韻が胸に残っている。


 不思議と心は落ち着いていた。


「くぅーん」


 ミルゥが鼻先で、つんとつつく。


「そうだね。寝よう」


 ツムギは笑って、ミルゥを撫でる。

 ミルゥは当然のように、ベッドの上で丸くなった。


 その温もりを感じながら、ツムギもいつの間にか深い眠りに落ちていった。


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