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ニライカナイの花嫁  作者: 望月冴子
第2章:竜の島への嫁入り

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宮殿の夜は更けて

 宮殿の夜は、意外なほど静かだった。


 ツムギはギルターに案内され、ミルゥと一緒にお風呂へ向かう。

 思わず鼻歌がこぼれた。


「久々のお風呂、うれしーい」


 ツムギの足では、一人で家の湯船に入れない。


 だから実家ではずっと、部屋でタライに湯を張り、髪を洗って体を拭くだけだった。

 それでも、部屋までお湯を運んでくれるお母さんには負担だったはずだ。


 村は冬でも寒くないから、汗を流せれば十分──そう言い聞かせていたけれど、本当はずっとお湯に浸かりたかった。


「ほわぁっ!」


 風呂場に着いた瞬間、ツムギは歓声を上げる。

 昼間は入口しか見えなかったが、そこは露天風呂だった。


 トーチの炎に、湯気がゆらゆらと照らされている。


「温泉、人間は好きだろ?」


 ギルターがにやりと笑う。


「贅沢だねぇ!」


 ツムギがにこにこしていると、ギルターがタオルと着替えを脱衣所に置いた。


「石けんとかは中にあるからな。……一人で入れるか?」

「入れるよぉ!」


 ツムギは真っ赤になって言い切る。

 ギルターは楽しそうに笑った。


「なにかあったら叫べよ。飛んでくるから」

「う、うん」

「なにもなくても、呼んでくれてもいいぜ」


 ウインクを残して、ギルターは出ていく。


「キザすぎぃ……」

「くぅーん」


 ミルゥが相槌を打つように鳴いた。


「一人って言っても、ミルゥがいるもんねぇ」


 ツムギはいそいそと服を脱ぎ、手拭いで髪をまとめる。


「裸で座ってごめんねぇ」

「ふぅーん」


 ミルゥに腰掛けて湯場へ入ると、もくもくと蒸気が立ちのぼった。


「ミルゥも身体洗う?お湯、熱くないかな?」


 ツムギはミルゥから降り、湯船の縁に腰かける。


「よいしょ……っと」


 桶で湯をすくい、温度を確かめる。

 大丈夫そうだ。


 ミルゥの足にそっとかけてやると、嫌がらない。


「フワフワにもかけていい?」

「くぅーん」


 綿毛にお湯をかけると、見事に弾かれた。


「ありゃ。ま、いっかぁ」


 そう呟いた瞬間、ミルゥが──


 ドボン。


 湯船に飛び込み、そのままぷかぷか浮かんだ。


 その光景にツムギは笑い声を上げる。


「あはは!ヤギも温泉入るんだぁ。気持ちいい?」


 ミルゥは、「ピスー」と鼻を鳴らす。


 ツムギも体をお湯で流し、座ったまま湯船の石段をゆっくり下りる。

 腰まで沈んだところで、思わず息がこぼれた。


「ほわぁ〜……極楽ぅ……」

「くぅーん」


 ミルゥがまた相槌を打つ。


「寝ちゃいそうだねぇ……」


 深く息を吐く。


 ミルゥは湯に浮かんだまま、器用に犬かきで泳いでいた。

 小さな尻尾が、ぴこぴこと揺れている。


「……ふふ」


 ツムギはしばらくミルゥの尻尾とお湯を堪能した。


 気づけばのぼせそうになって、慌ててお湯から上がる。

 石けんで髪と体を洗い、桶で湯をすくって泡を流した。


「さっぱりしたぁ」

「くぅーん」


 再びミルゥに乗せてもらい、脱衣所へ戻る。


「ミルゥがいると助かるねぇ。一家に一匹ほしいねぇ」

「くぅーん?」


 そのミルゥは、ぷるぷるっと体を震わせて水滴を払っている。


 ツムギはギルターが用意してくれたタオルで体を拭き、着替えに袖を通した。


「ドライヤー……は、さすがにないよねぇ」


 寒くないし、このままでも大丈夫だろう。

 肩にタオルをかけ、洗面台で、さっきまで着ていた下着を洗う。


 洗濯はしてあげる、と言われていたけれど、さすがに下着は恥ずかしい。

 目立たない場所に干して、歯を磨き、トイレも済ませる。


「ふぅ……」


 一息ついて水をもらおうと食堂に寄ると、ゼータの姿はなかった。

 代わりに、ギルターが一人で座っている。

 何かの木の実をつまんでいたらしい。


 ギルターはツムギに気づいて笑顔になる。

 すぐに立ち上がってツムギをミルゥから椅子へ下ろしてくれた。

 ミルゥはテーブルの下で横になる。


「風呂、大丈夫だったか?」

「すっごい気持ちよかったぁ」

「なら、よかった。……おっと、髪が濡れたままだな」


 ギルターはツムギの首にかかったタオルを取ると、ごく自然な動作でツムギの髪に手を伸ばした。


「えっ?」

「ちゃんと乾かさないとな」


 ……優しい。

 濡れた髪を包み、水気を吸わせる指先は、驚くほど丁寧だった。


「髪、綺麗な色してるよな」


 歌うような、嬉しそうな声。


 ツムギの胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。

 ……こんなふうに扱われることに、慣れていない。


 ツムギはとっさに口を開く。


「あのさ……さっきも言ったけど。そういうの、自分で出来るからぁ」


 言ってから、しまったと思った。

 少し、強い口調になってしまっていた。


 ギルターの手が止まる。

 指先の力が、わずかに抜けた。


「……わりぃ。嫌だったか」


 頭をかき、気まずそうに視線を落とす。


 その様子を見て、ツムギの胸に後悔の熱が一気に広がった。


「あっ……違うの。嫌とかじゃなくて……」


 言葉がうまく出てこない。


 そこへ、カゴを抱えたゼータが顔を出した。


「──女性の髪に、無遠慮に触るのは失礼ですよ」

「えっ!?そうなのか!」


 ギルターが勢いよく顔を上げる。


「ごめん!え、俺、めっちゃ触ってたよな!?」


 その本気の慌てっぷりに、ツムギは思わず吹き出した。


「……ほんとに、嫌じゃないよ。慣れてないだけで……」


 小さく言うと、下がっていたギルターの眉がぴくっと動く。


「……ほんとか?」

「うん」


 ツムギはちゃんとうなずいた。


「……じゃあ、もうちょっとだけ、触ってもいい?」

「……うん」


 ギルターは一歩近づき、さっきよりもずっと慎重に、ツムギの髪を持ち上げてタオルに包む。


「……そういうことは、別の場所でやってくれませんかね」


 芋を剥きながら、ゼータが心底うんざりした顔で言った。


 二人は同時に赤くなった。

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