夕焼けに染まる島
島をゆっくり見て回り、ミルゥと一緒に寝室へ戻る。
窓の外はオレンジ色に染まり始めていた。
「夕焼け、すごいねぇ」
ツムギはそのまま宮殿のテラスへ出て、ベンチに腰を下ろす。
ミルゥは一人でとことこと、浜の方へ歩いていった。
風がやわらかく、潮の匂いが胸にしみる。
海面は、溶けた金色の絵の具みたいに揺れていた。
波がゆっくり呼吸するたび、その光が細かく砕けて散っていく。
(神々の世界、ニライカナイ……)
ツムギは、その美しさに小さく息を吐いた。
綺麗で。
静かで。
──それなのに、胸が少しだけ痛くなる。
(イオリ、どうしてるかな……)
少しカビくさい部屋の匂い。
ビデオテープと図鑑。
お母さんが夕飯を作る音。
ここでは、全部が遠い。
なのに、夕焼けだけは元の世界と同じ色をしていた。
「……ツムギ」
「ん?」
振り返ると、いつの間にかギルターが立っていた。
「ノックしたけど返事なかったからさ。お姫さまが夕焼けに溶けちまったかと思ったぜ」
「なぁに、それ。キザすぎぃ」
ツムギは笑う。
ギルターはベンチの隣に腰を下ろし、そっとツムギの髪をなぞった。
まぶしそうに向けられる視線に、ツムギはどぎまぎして、また夕日に目を戻す。
それからしばらく、言葉はなかった。
不思議と、嫌な沈黙ではない。
「さっきさ」
「ん?」
ギルターが、ぽつりと尋ねる。
「家族のこととか、考えてた?」
「……当たりぃ」
ツムギは肩をすくめた。
ギルターの気遣わしげな視線に、わざと明るく言葉を続ける。
「帰りたいとか、そういうのじゃないんだけどね!あたしだけ、ぜんぜん別の場所に来ちゃったなぁ……って」
ギルターは何も言わない。
ただ、同じ角度で海を見つめていた。
涼しい風が二人の間を吹き抜ける。
ややあって、ギルターが口を開く。
「ツムギが帰りたいって言うなら……止めない。止められない。でも俺は今日、君がいてほんとに楽しかった」
ギルターはまっすぐにツムギを見る。
「……俺にできることは、何でもする。だからもう少し、一緒にいてくれたら嬉しい」
その言葉は、ひどく真摯で温かかった。
ツムギは受け止めるように静かにうなずく。
「……うん。いるよ」
「ありがとう」
ほっとしたように、ギルターが微笑む。
夕陽に照らされたその笑顔を、ツムギはただ(綺麗だなぁ)と思った。
✳︎✳︎✳︎
やがてミルゥが戻ってきて、ツムギの足元に寝そべる。
夕陽が完全に水平線へ沈むまで、二人と一匹は言葉もなくただ静かにそこにいた。
しばらくして、光る鳥が飛んでくる。
「あ、ヒカンドリ!──じゃなくて、カガリちゃんだっけ」
「おう。ゼータが探してるな」
ギルターも空を見上げる。
「ゼータが?」
ツムギが首をかしげると、ギルターがすかさず説明する。
「カガリはテレパシーで竜人と視界を共有できるんだ。あいつの見てるものを、俺たちも見れる」
「そうなんだぁ!すごいね」
ツムギは感嘆の声を上げる。
「それで、カガリがうちの村に来たんだねぇ」
「そうそう。飯やってるのがゼータだから、普段はあいつに懐いてるんだけどな。今回は力を借りた」
ギルターは立ち上がる。
「きっと飯ができたんだな。行こうぜ」
「うん!」
「──いま行くぜ」
ギルターが手を振ると、カガリはくるりと向きを変えて飛び去っていく。
「ミルゥもだけど、人間の言葉がわかるんだねぇ」
「どっちも、だいぶ前から入り浸ってるからな。覚えたみたいだ」
「かしこいんだねぇ」
ツムギが手を叩く。
ミルゥは「でしょ?」と言いたげに、ピスーと音を立てて息を吐いた。
✳︎✳︎✳︎
廊下には、ゆらゆらとトーチの炎が揺れていた。
昼間はいなかった大きなヤドカリのような生き物が、何匹もさかさかと歩いている。
「“ハヤシガニ”だ。宮殿を掃除してくれる」
「あらぁ、ありがとう」
ギルターの説明に、ツムギはミルゥの上から頭を下げる。
ハヤシガニたちは器用にハサミで落ち葉をつまんで、背中の殻に入れている。
それを横目にのんびり食堂へ向かうと、ゼータがテラス席に皿を並べていた。
柵にはカガリが停まっていたので、ツムギは笑って手を振る。
「夕食は軽めにしましたので」
そう言いながらも、並んでいる皿はまたも十数枚ある。
しかも、昼間とはまったく違うメニューだ。
「ぜんぜん軽めじゃねぇよな」
ギルターがこっそりツムギに耳打ちする。
ツムギはうんうんとうなずいた。
トーチの炎に照らされた料理はどれも美しく、自然と食欲をそそる。
また一つ一つ、説明を聞きながら舌鼓を打った。
足元ではミルゥが丸くなり、ゼータは手際よく皿を運び、ギルターはまた余計なことを言って、ゼータに小言をもらっている。
その全部が──たった半日なのに、どこか日常の風景に感じられた。
「ごちそうさまでしたぁ」
ツムギは手を合わせ、満ち足りた気持ちで伸びをする。
「ぜんぶ美味しかったけど、特にシーフードのパスタが好きです!イカさんは柔らかくて、エビさんはプリっとしてて!」
片付けの手伝いは断られてしまったので、せめてものお礼に感想を伝える。
ゼータは無言でうなずいたが、その口角はいつもより少し上がっている気がした。




