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ニライカナイの花嫁  作者: 望月冴子
第2章:竜の島への嫁入り

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10/29

夕焼けに染まる島

 島をゆっくり見て回り、ミルゥと一緒に寝室へ戻る。


 窓の外はオレンジ色に染まり始めていた。


「夕焼け、すごいねぇ」


 ツムギはそのまま宮殿のテラスへ出て、ベンチに腰を下ろす。

 ミルゥは一人でとことこと、浜の方へ歩いていった。


 風がやわらかく、潮の匂いが胸にしみる。

 海面は、溶けた金色の絵の具みたいに揺れていた。

 波がゆっくり呼吸するたび、その光が細かく砕けて散っていく。


(神々の世界、ニライカナイ……)


 ツムギは、その美しさに小さく息を吐いた。

 綺麗で。

 静かで。


 ──それなのに、胸が少しだけ痛くなる。


(イオリ、どうしてるかな……)


 少しカビくさい部屋の匂い。

 ビデオテープと図鑑。

 お母さんが夕飯を作る音。


 ここでは、全部が遠い。

 なのに、夕焼けだけは元の世界と同じ色をしていた。


「……ツムギ」

「ん?」


 振り返ると、いつの間にかギルターが立っていた。


「ノックしたけど返事なかったからさ。お姫さまが夕焼けに溶けちまったかと思ったぜ」

「なぁに、それ。キザすぎぃ」


 ツムギは笑う。

 ギルターはベンチの隣に腰を下ろし、そっとツムギの髪をなぞった。


 まぶしそうに向けられる視線に、ツムギはどぎまぎして、また夕日に目を戻す。


 それからしばらく、言葉はなかった。

 不思議と、嫌な沈黙ではない。


「さっきさ」

「ん?」


 ギルターが、ぽつりと尋ねる。


「家族のこととか、考えてた?」

「……当たりぃ」


 ツムギは肩をすくめた。

 ギルターの気遣わしげな視線に、わざと明るく言葉を続ける。


「帰りたいとか、そういうのじゃないんだけどね!あたしだけ、ぜんぜん別の場所に来ちゃったなぁ……って」


 ギルターは何も言わない。

 ただ、同じ角度で海を見つめていた。


 涼しい風が二人の間を吹き抜ける。


 ややあって、ギルターが口を開く。


「ツムギが帰りたいって言うなら……止めない。止められない。でも俺は今日、君がいてほんとに楽しかった」


 ギルターはまっすぐにツムギを見る。


「……俺にできることは、何でもする。だからもう少し、一緒にいてくれたら嬉しい」


 その言葉は、ひどく真摯で温かかった。

 ツムギは受け止めるように静かにうなずく。


「……うん。いるよ」

「ありがとう」


 ほっとしたように、ギルターが微笑む。


 夕陽に照らされたその笑顔を、ツムギはただ(綺麗だなぁ)と思った。


✳︎✳︎✳︎


 やがてミルゥが戻ってきて、ツムギの足元に寝そべる。


 夕陽が完全に水平線へ沈むまで、二人と一匹は言葉もなくただ静かにそこにいた。


 しばらくして、光る鳥が飛んでくる。


「あ、ヒカンドリ!──じゃなくて、カガリちゃんだっけ」

「おう。ゼータが探してるな」


 ギルターも空を見上げる。


「ゼータが?」


 ツムギが首をかしげると、ギルターがすかさず説明する。


「カガリはテレパシーで竜人と視界を共有できるんだ。あいつの見てるものを、俺たちも見れる」

「そうなんだぁ!すごいね」


 ツムギは感嘆の声を上げる。


「それで、カガリがうちの村に来たんだねぇ」

「そうそう。飯やってるのがゼータだから、普段はあいつに懐いてるんだけどな。今回は力を借りた」


 ギルターは立ち上がる。


「きっと飯ができたんだな。行こうぜ」

「うん!」

「──いま行くぜ」


 ギルターが手を振ると、カガリはくるりと向きを変えて飛び去っていく。


「ミルゥもだけど、人間の言葉がわかるんだねぇ」

「どっちも、だいぶ前から入り浸ってるからな。覚えたみたいだ」

「かしこいんだねぇ」


 ツムギが手を叩く。

 ミルゥは「でしょ?」と言いたげに、ピスーと音を立てて息を吐いた。


✳︎✳︎✳︎


 廊下には、ゆらゆらとトーチの炎が揺れていた。


 昼間はいなかった大きなヤドカリのような生き物が、何匹もさかさかと歩いている。


「“ハヤシガニ”だ。宮殿を掃除してくれる」

「あらぁ、ありがとう」


 ギルターの説明に、ツムギはミルゥの上から頭を下げる。

 ハヤシガニたちは器用にハサミで落ち葉をつまんで、背中の殻に入れている。


 それを横目にのんびり食堂へ向かうと、ゼータがテラス席に皿を並べていた。

 柵にはカガリが停まっていたので、ツムギは笑って手を振る。


「夕食は軽めにしましたので」


 そう言いながらも、並んでいる皿はまたも十数枚ある。

 しかも、昼間とはまったく違うメニューだ。


「ぜんぜん軽めじゃねぇよな」


 ギルターがこっそりツムギに耳打ちする。

 ツムギはうんうんとうなずいた。


 トーチの炎に照らされた料理はどれも美しく、自然と食欲をそそる。

 また一つ一つ、説明を聞きながら舌鼓を打った。


 足元ではミルゥが丸くなり、ゼータは手際よく皿を運び、ギルターはまた余計なことを言って、ゼータに小言をもらっている。


 その全部が──たった半日なのに、どこか日常の風景に感じられた。


「ごちそうさまでしたぁ」


 ツムギは手を合わせ、満ち足りた気持ちで伸びをする。


「ぜんぶ美味しかったけど、特にシーフードのパスタが好きです!イカさんは柔らかくて、エビさんはプリっとしてて!」


 片付けの手伝いは断られてしまったので、せめてものお礼に感想を伝える。


 ゼータは無言でうなずいたが、その口角はいつもより少し上がっている気がした。

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