第5話:灰色の男、ジェント
星空の下の小さな灯籠祭りは、ミソラ町に確かな変化をもたらした。町全体が、ゆっくりと色を取り戻していくかのように見えた。
その、希望に満ちた空気は、一台の馬車によって、あっけなく引き裂かれた。
町の入り口に現れたのは、豪華絢爛な魔導馬車だった。やがて、従者によって恭しく扉が開かれ、一人の男が馬車から降り立った。
仕立ての良い、完璧なチャコールグレーのスーツ。埃一つない、磨き上げられた革靴。切りそろえられた銀髪に、フレームのない眼鏡。その男は、頭のてっぺんから爪先まで、まるで色という概念を忘れたかのように、無彩色で統一されていた。
「皆様、お集まりいただきありがとうございます。私は『グレイ・コーポレーション』帝都本社より参りました、ジェントと申します」
男は広場の中央に立つと、抑揚のない、しかしよく通る声で、集まった住民たちにそう告げた。その表情は、まるで精巧な人形のように、何の感情も浮かんでいない。
「本日は皆様に、我が社の新規事業計画について、ご説明に上がりました」
ジェントと名乗る男は、一枚の羊皮紙を広げた。そこには、ミソラ町の精密な地図が描かれている。だが、僕たちの知る地図ではなかった。食堂も、鍛冶屋も、住民の家々も、すべてが赤い×印で塗りつぶされていたのだ。
「結論から申し上げます。我が社は、このミソラ町の土地の所有権を、皆様から買い取らせていただきます」
住民たちの間に、どよめきが走る。
「この土地の地下には、高純度の魔導鉱石が眠っていることが確認されました。我が社はここに、最新鋭の採掘施設を建設いたします。これは、帝国の発展に大きく貢献する、極めて生産性の高い事業です」
彼は、まるで天気の話でもするかのように、淡々と続けた。
「もちろん、皆様には相応の立ち退き料をお支払いいたします。金額は、この土地の資産価値に基づき、公正に算出いたしました」
その言葉は、丁寧なようで、刃物のように冷たかった。僕たちの家も、食堂も、鍛冶屋も、この町の歴史も、思い出も、すべてが彼の前では「資産価値」という数字に過ぎないのだ。
「…冗談じゃねぇ!」
「ここが俺たちの家だ!」
住民たちの抗議の声が上がる。だが、ジェントは首を小さく横に振った。
「ご理解いただけないようですね。ですが、これは決定事項です。この計画は、既に帝国議会の承認を得ております。皆様にあるのは、この契約書に署名をするか、強制執行を受けるか。その二つの選択肢のみです」
彼は、分厚い契約書の束を、広場の中心にある井戸の縁に、トン、と置いた。
その小さな音は、死刑執行の宣告のように、住民たちの心に重く響いた。
数日前まで、この広場を照らしていた希望の灯火。それは今、ジェントという灰色の男がもたらした、巨大で冷たい影に、あっけなく飲み込まれようとしていた。




