第3話:頑固オヤジと、火起こし太鼓
僕の力が厨房にサンバを鳴らしてから数日、「まんぷく亭」は町で唯一、陽気な音楽と子供たちの笑い声が絶えない場所になった。しかし、一歩食堂の外へ出れば、ミソラ町は相変わらず灰色の空気に包まれている。
「…この町も、昔はもっと活気があったんだけどねぇ」
ある日の昼下がり、エマさんがカウンター越しにぽつりと呟いた。
「昔、この町には自慢の祭りがあったんだ。『星降り祭り』っていってね。…5年前、大嵐で祭りが台無しになってね。それ以来、みんな気力をなくしちまって…。特に、祭りのまとめ役だったガンツ…あそこの鍛冶屋の親方だけど、あいつが一番心を閉ざしちまった」
(みんなが、また笑ってくれるようなお祭りを…)
僕は、ガンツさんの所へ行ってみることにした。
*
鍛冶屋は、鉄と汗と石炭の匂いがした。
店の奥で、黙々と鉄を打っている大男。それがガンツさんだった。熊のように大きな背中、岩のようにゴツゴツした腕。その横顔は「話しかけるな」というオーラを全身から放っていた。
「あ、あの…!」
ガンツさんは、僕を一瞥したが、完全に無視している。
途方に暮れて作業を眺めていると、僕はふと、彼の足元にある大きな「ふいご」に目が留まった。火力を上げるための送風装置だが、かなり古く、苦労して踏み込んでも送り込まれる空気は弱々しい。
僕は、思わず駆け寄っていた。そして、もう片方の踏み板に、自分の足を乗せた。
ガンツさんが、ギロリと僕を睨む。
「……何がしたい」
「手伝います!」
言葉より先に、僕はふいごを踏み込んだ。
(ダメだ…もっと、もっと強く! 祭りの火を灯すみたいに!)
そう願った瞬間だった。
―――ワッショイ!
頭の中に、威勢のいい掛け声が響く。
ドン!
僕がふいごを踏むと、腹の底に響くような、重低音が鳴った。まるで、祭りの始まりを告げる、巨大な太鼓の音のように。
「なっ…!?」
驚くガンツさんをよそに、僕はリズムを刻み始める。
ドン!ドン!ドドンがドン!
ふいごの音が、完全に祭り太鼓の音色に変わる。その力強いビートに合わせ、炉の炎がゴォォッ!と竜のように燃え上がった。
カン!キン!と鉄を打っていたガンツさんの金槌の音。
いつしか僕の刻む太鼓のリズムに、ぴたりとシンクロしていた。
ドン!(ふいご)
カン!(金槌)
ドン!(ふいご)
キン!(金槌)
それは、もはや仕事ではなかった。
炎を囲んで行われる、二人の男の即興セッションだ。熱い。空気が、鉄が、魂が。ガンツさんの瞳に、何年も忘れていたはずの職人としての炎が、再び宿るのが見えた。
やがて、一本のクワが完璧な形で打ち終わった時、僕たちのセッションも終わりを迎えた。
ガンツさんは何も言わない。ただ、汗だくのまま、燃え盛る炉の炎をじっと見つめていた。その瞳は、さっきまでの灰色ではなく、炎の色を映して、確かに赤く揺らめいていた。
僕は、何も言わずに鍛冶屋を出た。
塩は、まかれなかった。頑固オヤジの、分厚い心の壁に、ほんの少しだけ、ヒビを入れられたような気がした。