表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/15

第3話:頑固オヤジと、火起こし太鼓

僕の力が厨房にサンバを鳴らしてから数日、「まんぷく亭」は町で唯一、陽気な音楽と子供たちの笑い声が絶えない場所になった。しかし、一歩食堂の外へ出れば、ミソラ町は相変わらず灰色の空気に包まれている。


「…この町も、昔はもっと活気があったんだけどねぇ」

ある日の昼下がり、エマさんがカウンター越しにぽつりと呟いた。

「昔、この町には自慢の祭りがあったんだ。『星降り祭り』っていってね。…5年前、大嵐で祭りが台無しになってね。それ以来、みんな気力をなくしちまって…。特に、祭りのまとめ役だったガンツ…あそこの鍛冶屋の親方だけど、あいつが一番心を閉ざしちまった」


(みんなが、また笑ってくれるようなお祭りを…)

僕は、ガンツさんの所へ行ってみることにした。



鍛冶屋は、鉄と汗と石炭の匂いがした。

店の奥で、黙々と鉄を打っている大男。それがガンツさんだった。熊のように大きな背中、岩のようにゴツゴツした腕。その横顔は「話しかけるな」というオーラを全身から放っていた。


「あ、あの…!」

ガンツさんは、僕を一瞥したが、完全に無視している。

途方に暮れて作業を眺めていると、僕はふと、彼の足元にある大きな「ふいご」に目が留まった。火力を上げるための送風装置だが、かなり古く、苦労して踏み込んでも送り込まれる空気は弱々しい。


僕は、思わず駆け寄っていた。そして、もう片方の踏み板に、自分の足を乗せた。

ガンツさんが、ギロリと僕を睨む。

「……何がしたい」

「手伝います!」


言葉より先に、僕はふいごを踏み込んだ。

(ダメだ…もっと、もっと強く! 祭りの火を灯すみたいに!)

そう願った瞬間だった。


―――ワッショイ!


頭の中に、威勢のいい掛け声が響く。

ドン!

僕がふいごを踏むと、腹の底に響くような、重低音が鳴った。まるで、祭りの始まりを告げる、巨大な太鼓の音のように。


「なっ…!?」

驚くガンツさんをよそに、僕はリズムを刻み始める。

ドン!ドン!ドドンがドン!

ふいごの音が、完全に祭り太鼓の音色に変わる。その力強いビートに合わせ、炉の炎がゴォォッ!と竜のように燃え上がった。


カン!キン!と鉄を打っていたガンツさんの金槌の音。

いつしか僕の刻む太鼓のリズムに、ぴたりとシンクロしていた。

ドン!(ふいご)

カン!(金槌)

ドン!(ふいご)

キン!(金槌)


それは、もはや仕事ではなかった。

炎を囲んで行われる、二人の男の即興セッションだ。熱い。空気が、鉄が、魂が。ガンツさんの瞳に、何年も忘れていたはずの職人としての炎が、再び宿るのが見えた。


やがて、一本のクワが完璧な形で打ち終わった時、僕たちのセッションも終わりを迎えた。

ガンツさんは何も言わない。ただ、汗だくのまま、燃え盛る炉の炎をじっと見つめていた。その瞳は、さっきまでの灰色ではなく、炎の色を映して、確かに赤く揺らめいていた。


僕は、何も言わずに鍛冶屋を出た。

塩は、まかれなかった。頑固オヤジの、分厚い心の壁に、ほんの少しだけ、ヒビを入れられたような気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ