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8.もう朝ですか


ピピピ、チチチ…

何とさわやかな小鳥の鳴き声だろう。窓の外に生えている背丈の高い木の小枝の上で、庭の小鳥がじゃれている。

昨日は土曜だったから、今日は日曜。至福の休日は今日で終わり、明日から地獄の仕事が始まる。

起きないと、このまま寝続けてしまったらせっかくの休日が台無しになってしまう。

起きて、顔を洗って、植木鉢に水を遣って。それから、せっかくだから買い物に出かけようか。

駄目だ、今月かなり無駄遣いしたため逼迫しているんだった。奮発して新しい洋服とか買わなければよかった。少しでも節約しないと、生活費が払えなくなってしまう…


「お目覚めになられました?」

「うわ、」


体が起き上がるのを拒否している為なかなか上がらない瞼を必死に持ち上げれば、目の前、というより鼻先にフェロニアの顔面があった。

近い。この守護獣は人との距離感がわからないのか。

無駄に人外じみた綺麗な顔立ちをしている為不覚にも胸が高鳴ってしまった。

レウィシアが慌てて顔を逸らせば、寝ぼけ眼もすっ飛び完全に覚醒する。

そうだ、昨日の朝突然この世界に連れてこられたんだ。それから怒涛の説明と怒涛の殿下の急襲を受け、それから…


「え?今ってもしかして朝ですか?」

「はい。よく眠っておられました。お腹空いたでしょう?教会の者が朝食の準備をしてくれているようですが…その前に」


フェロニアは言いながら部屋の扉の前に移動し、ドアノブに手を掛けて捻った。

途端に開かれた扉の向こうから、数人の女性が雪崩れ込んでくるではないか。

彼女達は肩が膨らんだ紺色の長袖にスカート、その上に大きな純白のフリル付きエプロンを見に纏っていて、動くたびにふわりと柔らかく風に靡かせている。

その姿はまるで、全世界の男性憧れの。


「め、メイドさんだあ…!」

「はい、メイドです。まずは体を清め身支度しましょうね。今のままでは殿方の前に出られません」

「へへへ寝癖凄くてすみません」


ぼりぼりと四方に爆発した頭を掻く。レウィシアの肩より長い髪は寝起きになるといつも現代アートへと変化するのだ。

照れと恥ずかしさで変な笑いが出てしまったのはどうか見逃してほしい。


「お初にお目にかかります、花聖女様。私はメイド長のピレティと申します」

「ふおおおお…!」


一歩前に出て綺麗なお辞儀をしたピレティは、フェルティと呼ばれる種族のようだ。金色の大きな猫耳が頭に付いている。おまけに長いしっぽまで。

これはもしや全世界の男性が萌え死ぬといわれている猫耳メイドでは?なるほど、納得の破壊力だ。可愛すぎる。


「はっ!…どうも。私は山木花…じゃなくて、レウィシアです」


目に保養すぎて鼻息荒くしている場合ではない。おまけに鼻の下を伸ばしてる場合でもない。

丁寧な挨拶には丁寧な返しをしないと、と意識しながら名乗れば猫耳しっぽメイドおまけに顔にまで猫特有の愛くるしい面影を残すピレティが、失礼しますと一言放ってレウィシアの腕を掴んだ。

途端に思いきりベッドの外へと引っ張られ、その見た目からは想像できない強い力に『んぐぬぅっ』と苦しそうな声まで出てしまう。なんだなんだ、この世界の住人は総じて力の加減ができないのか。首がその場に置いてかれて少し痛んだ。


「も、もうしわけありません!大丈夫ですか!?」

「いや、あはは、大丈夫です」


悲鳴にも似た謝罪に逆に驚いてしまう。慌てて無事を証明するように顔の前でひらひらと手を振るが、それでも彼女は痛んだ首をひたすら気にした。

まわりのメイド達まで心配そうに集まってきて周囲を囲まれ、心配されているというのにあまりの気迫に

尻込みしてしまうが、大丈夫、と繰り返し言うしかできない。

すると突然、パン!と広い部屋に手を叩く音が響いた。

音のした方を見ると、事態を見守っていたフェロニアがにこやか笑顔で此方を見ている。


「皆さん。花聖女は獣人ではありません。力を抑えないと簡単に傷ついてしまう事を努々忘れぬように」

「は、はい!」


すごいねフェロニアさん。混沌と化した場を一瞬で抑えてしまった。

その説明は非常に助かる。何かあるたびに強い力で扱われていたら体が持たない。

流石メイド長と言うべきか、ピレティはすぐに気を取り直し、まずは体を清めましょうと部屋の片隅にあった扉へと誘った。

あ、こんな所に扉なんてあったんだ。と思うのも仕方ない。探索などほとんどできていないのだ。

ぞろぞろと数人のメイドと共に扉の奥へ行くと脱衣所というには十分なほど広い小部屋があり、更にその奥にガラス張りの簡素な扉があった。恐らくそちらに風呂があるのだろう。


「では、お脱がせします」

「………は?」


そういや昨日お風呂に入ってないや、とか呑気に思っているとピレティの柔らかそうな指が襟もとに延ばされた。

脱がせるだなんて、性別と場所と状況が違ければ有頂天気分の台詞だな、なんて下心丸出しな事を思ってから正気に戻る。


「やめてやめて恥ずかしい!自分で脱げますから!」

「いけません、これもメイドの仕事です!」


襟を掴んで上へ上へと引っ張るのを、彼女の手を掴んで負けじと下へ下へと引っ張り阻止する。

長い袖と白い手袋に隠れている彼女の手首をやはりというか、細かった。

その細腕のどこにこんな怪力があるのか。先ほどの件もあって力の加減をしているだろうにこの強さなのだから、本気出したら服を思いっきり引き裂かれるんじゃないだろうか。

このまま抵抗したら本当に引き裂かれそうだ。早くなんとかしないと。


「ホントに、私脱いだら凄いんです!」

「おや、花聖女もボンキュッボンですか?」

「黙れフェロニアアア!」


ひょこっと部屋の扉から頭を出して横入りする守護獣に思わず汚い言葉を使ってしまう。

他所だからと気を付けていたが、気にかけている余裕が無さすぎた。

当の本人は気にしていないのか、あらやだ怖いおほほとか抜かしながら口元に手を添えやがった。

なんだそれは、遠回しにお下品とでも言いたいのか。


「皆さん、今です!」

「しまった、」


フェロニアに気を取られすぎた。

ピレティの合図を皮切りに周囲で身構えていたメイド達が一斉に飛び掛かってきた。

どうか、どうか力加減だけは忘れずにお願いします。

切実な願いと共にこの世のものとは思えないレウィシアの断末魔が辺りに響いた。


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