6.歴代の花たち
「まあ情報なんてものは人を挟むほど変化しますし、時が経つほど薄れていきますからねえ。いろいろと事実と違うってところ、ありますよ?」
「ぜひ、ぜひ!その違うところについて教えていただきたいのです!」
「うーんそう言われましても、数が多すぎて何から話すべきか…レウィシア花聖女、何が聞きたいですか?」
ぎゅうぎゅう締め付け頬擦り地獄から抜け出すことができたレウィシアは、有無を言わさぬ笑顔でフェロニアの膝の上に拘束されている。
彼女はレウィシアよりも顔一つ分背が高いうえに翼のせいで体積多めに見えるので、腕の中というか翼の中にすっぽりと納まってしまった。
「急に話を振られても…」
「私の花聖女の為ならなんでもお伝えしますよ」
寧ろ聞きたいことが何があるのか、レウィシアが教えてほしいぐらいだ。それぐらいまだこの世界について理解していない。
何か質問する事と言われても咄嗟に出てこないのであー、とかうーとか言葉にならない声を発してしまうとギラリ、とマグナスの瞳が眼鏡の奥で鋭い光を放った気がした。
「では、これまでの花聖女について教えていただけませんか!」
「あ、それは私も聞きたい」
マグナスは単純に聞きたかっただけなのだろうが、助け船を出された気分だ。
頭の上でニコニコ笑っているフェロニアの顔をどうにか見ようと必死に顔を上げると、彼女は躊躇うことなく口を開いた。
「初代花聖女様は、おしとやかな人でしたねえ。その500年程後に、二代目の花聖女様がいらっしゃいました。でも彼女はなんというか…」
「…なんというか?」
不意に区切られた言葉に続きを促す。マグナスは相変わらずぎらついた瞳で鼻息荒くメモを取っていた。何度も言うが、彼は鼻息荒くてもイケメンだ。きっとイケメンじゃないときなんてないんだろう。
「こう…もちもちというか、ねばねばというか…」
「も、もちもち?」
「はい。バルンダ、と呼ばれている世界の住人でした。姿はこう、なんとなく人の形をしていて…」
言いながらレウィシアの拘束を解いて、代わりに両手で上から凹凸を形作る。見覚えのあるその形は例えるなら埴輪、だろうか。バルンダという世界も聞いたことないし、もしや人という概念が違うのかもしれない。
「あ。レウィシア花聖女の世界で貴方を探してる時に聞きました。ボンキュッボンでぐらまらすなボデェ、という体をした方です」
「ボンキュッボン…!」
「ブㇷッ!」
どこで聞いたんだその言葉。というツッコミをするよりも感嘆しながらフェロニアと同じように両手で形作りながら呟くマグナスに噴出してしまった。まったく、イケメンに変な事をさせないでほしい。
念のため言うが、彼は何をしてもイケメン以下省略。
「も、もちもちねばねばでボンキュッボンな花聖女もいたんですね…」
「はい。我々の世界にはいらっしゃらない人種の方で、なかなか興味深いお方でしたよ」
「でしょうね、私もちょっと会ってみたいです。他にはどんな人がいたんですか?」
「あとはそうですね…グレンダという花聖女様が三代目です」
「そのお方ならば、文献で読みましたよ」
癖である眼鏡を指で上げる仕草をしながら、待ってましたと言わんばかりにマグナスが間に挟んできた。
新情報ではないからか、鼻息は落ち着いている。
「建国歴1200年、日照りが続き痩せこけた村で守護獣に選ばれ、瘴気の元を浄化し見事大役を果たしたお方ですね。グレンダ花聖女は情に厚く、そして凛としたお方だと記載されております」
「その通りです。レウィシア花聖女のように聡明でもありました。その方が最後の花聖女ですね」
レウィシアは頷きながらいろんな人が居るんだなあとどこか他人ごとに聞いていたが、なんとなしに放たれた最後の台詞で眉間に皺を寄せた。
「最後…?でも、この国って歴史が深いんでしょう?建国歴1200年から今までってどれくらい時間が空いているんですか?」
「おおよそですが…………五千年くらい?」
「ごっっっっ!!!!?」
コテン、と小首を傾げて自信なさそうに言われた年数に目玉が飛びだす勢いで驚愕する。
建国してからだいたい6200年の歴史がある国だとは。レウィシアが元居た世界で数えると、紀元前の域である。昔すぎて実感が湧かないし、それぐらい昔から続く王国に感心してしまう。純粋にすごいと思うが、同時に信じられない事実もあった。
「(あの殿下の血筋が…?いやいや、まさかね。ありえないよね。とても王族として優秀そうには思えなかったものね。きっと…なんか途中でイレギュラーが発生したのよきっと)」
「残念ながらその殿下の血筋が続いていますよ」
「えっ!やだ、口に出てました?」
「顔に思いっきり出てました…」
フェロニアからの指摘に慌てて口を覆えば、それを見ていたマグナスが呆れたように言って言葉を続ける。
「先ほどの殿下は確かに無礼な振る舞いをなさりましたが…どうか誤解なさらないでいただきたい。彼は決して王族として劣っているわけではないのです」
「え、ええ…」
「私は嫌いですけどね、あの男。正直認めてません」
「フェロニアさん??????」
マグナスがせっかくあの無礼殿下を庇ったのに、ばっさりと切り捨てた後に言ってやったぞ、と鼻を鳴らしながらドヤ顔までしてるじゃないか。本当に言うときは言う、良い性格をした守護獣だ。
だが嫌いという点には完全に同意である。あんな無礼な言動を他の人にまでしているとしたら、それこそ王族としてどうなのだろうか。
「し、しかし彼の国民を思う気持ちは確かにありますし、王族としての執政も褒められる事ばかりです」
「褒められない事もあるでしょう?ずっと見ておりましたが、あの男は人によって態度を変える節があるようで。ただ一部の民を民として扱い、他を見下す様子は実に無様です」
「そ、それは…」
マグナスは両手を慌てふためかせながら言うもぐうの音も出ない返しを食らい、擁護できずに黙ってしまった。
あの殿下の肩を持つわけではないが、こんなに天使なイケメンが庇っているというのに容赦ないではないか。いったいどうしたのかと頑張って顔を見上げると、彼女は笑顔を浮かべたまま、しかしどこか残念そうに再びレウィシアを抱すくめた。
「………いきなり連れてこられて、お話もしてお疲れでしょう。一旦お休みになりませんか」
尋ねているようで、尋ねていない。優しいが元気のないフェロニアに、嫌だと言う事はできなかった。