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5.国の歴史について



昔々、四方を険しい山脈に囲まれた大地は一人のヴルフェスと一人の聖女によって国となった。

王となったヴルフェスは聖女の力と知恵を借りて国を興し、やがて大きく栄え大国マグナテリアとして世界中に知れ渡るようになった。

マグナテリアに暮らす民は様々な種族から成り、皆が手を取り合い自然の驚異や困難にも負けず協力し合いながら生きていた。

中でも魔物による被害は、獣人たちが己の牙や爪をもって退け、同じ土地に住む者たちを護っていた。

王の善政と聖女の浄化の癒し、そして国民の努力は活力を与え、川は澄み、大地には緑が溢れた。

王は大儀と人徳を称え明王と呼ばれ、聖女は浄化によって齎した豊かな大地を称え花聖女と呼ばれた。


国の行く末は安泰だと思われていた。しかし、一つの種族は国の成長を快く思っていなかった。

爪も牙も持たない人間族は、知恵も力もある獣人族を恐れていた。

人間族はマグナテリアから離れていき、そこで人間族だけの国を作った。

彼らは栄えるマグナテリアを嫉み、やがて武器を持って険しい山脈を越えた。

戦火に草木は燃え、川は血で汚れた。戦いは終わることなく、長い年月を経る。

花聖女は終わらぬ惨劇に涙を流し、守護獣を連れて山脈の頂上へと向かった。

暫くして守護獣が戻り、戦いの終わりを告げた。

花聖女がその身を犠牲にして、山脈を永遠の氷で覆いつくした。

もう二度と、外から戦火が訪れることはないだろう―――と。


「つまり獣人の優秀さに嫉妬した人間が喧嘩売ってきたってこと?」

「あけすけに言えばまあ、そういう事です」


両手を合わせ祈るように伝承を語っていたマグナスだが、レウィシアの一言によって眼鏡がずり落ちる感覚がした。

昔話に浸っているところ申し訳ないが、長いのだ。もう少し簡略にしてもいいと思う、というのは言わずに心の中で呟くだけにしておく。


「うーん、花聖女っていう呼ばれ方をするのはわかりました。でも、それで魔物と同一視っていうのはちょっと…」


納得いかない気持ちを汲んだのか、眼鏡を掛けなおしながらマグナスは更に続けた。


「この伝承は我が国に伝わるものです。他国ではもっと人間に有利な方向で伝わっているでしょうね」

「うわあ、情報操作ってやつ?私そういう曲がったこと嫌いです」

「私もです。ですが、自国を栄えさせるために必要な時もあります。…花聖女が山脈を越えられないようにしたのも、もしかしたら獣人の仕業と思われているかもしれませんね。まあ、そういう事でいつからか人間は我々を敵…ひいては魔物などと呼ぶようになったのです」

「それから人間との交流は一切無いんですか?」


尋ねれば、マグナスは記憶を漁るかのように少しだけ視線を上にずらした。思い出しているのは過去に読んだ文献か、或いは背後にずらりと並んだ本棚の中に佇む分厚くて大きい本達のどれか一冊か。

暫く唸った後、やはり思い当たる節が無いのか緩やかに首を振った。


「一応ありますが、数は少ないですね。最後に交流したのは千年ほど前です」

「そうか、千年か…千年!?え、長くない!??」

「そうですか?記録に残っている文献によると、世界中の大陸で初めて国として成り立ったのがこのマグナテリアだと記録されておりまして…それから定期的に外部と交流はしてるようですが、それでも数百年から千年に一度くらいの頻度です」


あ、この国ってかなり歴史深いんだ。しかも頻度少ない。それだけ年数が開けば、交流は無いようなものと言っても過言ではないだろう。

想定外の情報に唖然としていると、ふと、嫌な思考が過る。

凍てついた山脈の中にある、魔物と呼ばれる獣人たちの国。昔人間たちが戦いに挑むも、突然山を越えられなくなって断念した国。もう誰も足を踏み入れることのできない、なんて。


「なんか、魔王とか呼ばれてそう…」

「流石私の花聖女!賢明ですね、私はとっっっても嬉しいです!」

「ぐえっ」


ぽつり、と呟いた言葉を聞き逃さなかったフェロニアは、口に運ぼうとしていたお菓子を放り投げて勢いよく抱き着いてきた。

頭を抱え込むように抱きしめられ、つい蛙が潰れたような声が出てしまうが許してほしい。この守護獣は力が強いのに加減が効かないのだ。


「しぬしぬしぬギブギブギブ」

「外では魔王が治める国として有名なんです!討伐隊が組まれる事なんて頻繁なんですよ!まあ結局山を越えられなくて解散してるんですけどね!自称英雄たちが魔国を目前に討伐を断念するのは見物ですよ!」


降参するレウィシアを他所目にぐりぐりと頭に頬を摺り寄せてくる。腕を引き剥がそうとしても微動だにしないのでペチペチと鱗に覆われた腕を叩いてみるが、それも意味がなさそうだ。

守護獣の奇行にどうすればいいかわからずおろおろしながら見守っていたマグナスだが、フェロニアによる追加情報に表情を一転して眼鏡の奥にある碧眼を輝かせた。


「なんと、外ではそんな事になっているとは…!すみません、守護獣よ。その情報はどうやって得たのですか?」


しまいにはどこから取り出したのか、彼は背の低い丸テーブルの前に膝をついて羊皮紙とペン、小瓶に入ったインクを広げた。興味津々なところ悪いのだが、その前に助けてほしい。


「我々守護獣は、世界の道で繋がっています。行きたいところに行けるし、他国の情報を他国の守護獣から聞いたりもします」

「………!!??古い文献によれば守護獣は他にも存在するとありますがまさか本当だったとは…!ここまで詳細な記載はありませんでした!」

「そうですねえ、私もこんなに興味を持たれたのは貴方が初めてです。今までの神官は聖女というものに関心がありませんでしたからねえ。ちなみに私意外にも5人ほど守護獣がおりますよ」

「くっ…!こんなにお国柄を恨んだのは初めてです…!」


ギリっと歯を食いしばりつつも今聞いた情報を記録する手は休まない。鼻息荒く書き残し、それから勢いよくまた顔を上げた。

これから守護獣と大神官の質問タイムが始まりそうだが、忘れないでほしい。

今はレウィシアに国の歴史についてお話しする時間だという事を。


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