4.見た目について
「先ほどは大変失礼しました。殿下はその…少々性格に難があるといいますかなんと言いますか」
ずず、と出されたお茶を啜る。殿下とやらに泣かされた涙は引っ込み、今ではお茶の味に興味津々だ。
鮮やかな花模様の陶器はつるんと光沢を放っていて、これも高級品か…と落とさないように丁寧に持ち直す。
中に注がれたお茶は透き通った赤褐色だが、味は渋みの効いた緑茶だ。
苦ければ此方のアマベルのシロップをどうぞ、と紫色の液体が入った小さなカップも一緒に出されたが、アマベルとはなんだろうか。
流石異世界、得体の知れない食材も存在する。カップを持ち上げて匂いを嗅ぐと、独特な酸味と甘みの混じった香りがした。
これを入れるのがこの世界の常識なのだろうか。渋い緑茶がどう変化するのか想像できなくて、入れるのが阻まれる。
悩んだ末にカップをそのままテーブルの上に置きなおすと、コンコン、と控えめなノックが響いた。
どうぞ、とマグナスが返事をすると扉は控えめに開かれ、外から二人の神官らしき男性が入ってくる。
その二人を見て、そういえば、とレウィシアは先ほどから不思議に思っていたことをマグナスに尋ねた。
「その、マグナスさんやあの二人もそうですけど…ここでは、皆動物の一部が体についているようですね?」
神官の頭には先ほどの無礼極まりない殿下同様、頭から耳が生えていた。しかし此方の二人は、イヌ科というよりも猫のような耳だ。
レウィシアの質問が聞こえたのか、扉からテーブルの所まで来て丁寧に持っていたお菓子の皿を置いた二人の神官はピクピクと耳を小刻みに震わす。
「はい。この世界では様々な種族が存在します。私の種族は生まれながら鳥の特徴を持ち、こちらの神官は猫の特徴があります。因みに殿下は狐耳が生えて、」
「あ、その人はどうでもいいです」
遮るように言えば困った顔をされた。そんな顔をされても仕方ない、レウィシアの中で殿下は『私の華やか人生で関わりたくない人ランキング』に見事ランクインしたのだ。しかも上位に食い込むどころか殿堂入りだ。
「ヴルフェス、アビス、フェリス、ヘルヴィという種族がありまして、それぞれ犬、鳥、猫、それ以外の特徴を生まれ持って持ちます。因みに私はアビスで、鷲の翼を持って生まれました」
「あ、天使じゃなくて猛禽類なんだ…」
「天使?」
「いやいや此方の話です」
その見た目で猛禽類、しかも鷲とか強そうにも程がある。しかし白い鷲の翼か~初めて見たな~とまじまじと見ていると、猫耳をぴょこぴょこ動かしていた神官が控えめに口を挟んできた。
「私はガルウガッチョの耳です」
「私はゴルンゾラの耳です。爪もありますよ」
そう言って耳と爪を見せてくる。
聖女に興味を持たれて嬉しいのかにこにこ満面の笑顔だが、少し考える時間が欲しい。
ガルウガッチョとゴルンゾラってなんだ?
「ナニソレ…」
「ご存じない?鷲が通じるので此方も知っているかと…」
「どちらも猫の種類です。小さな身体ですが鋭い牙と爪を持ち、気性が激しい猫ですが人慣れすると愛くるしい声で鳴くんですよ。それでも力が強いので飼うには危険が伴いますが」
よく家庭で飼われているんです~とのほほんとマグナスが言うが、あまり家庭用に飼う猫ではない気がする。寝てる間に足とか齧られそうだ。
「とにかく、この世界には四つの種族がいるんですね。私のような動物の特徴を持たない種族はいないんですか?」
シャー、と凶悪な顔で威嚇してくる狂暴そうなガルウガッチョとゴルンゾラの姿を想像して、それを振り払うように頭を振って言えば、マグナスは少し間を置いた後二人の神官に下がるように指示をした。
二人は何を言うでもなく頷いて、部屋を後にする。なんだなんだ、聞いちゃいけない話題だったのか。
「花聖女様、貴方と同じ種族は『人間』と呼ばれています。そして『人間』は我々四つの種族からなる『獣人』を『魔物』と同一視しています」
「え、それって…」
いるんだ、魔物。まあ聖女という存在がある以上いても不思議ではないが。
しかしこんなに天使のようなマグナスやあの神官二人とついでに殿下を魔物呼ばわりするなんて、この世界の人間は何やらきな臭いようだ。
「これ以上は国の歴史に関わる話なので長くなりますが。どうしますか?お疲れでしたらお休みいただいても構いませんよ」
「聞きます。まだ知りたいことあるし、このままだと気になって眠れません」
「私が子守歌を歌いながら添い寝しますよ」
「フェロニアさん、ちょっと黙ってて」
隣でお茶請けのお菓子をぼりぼり食べていたフェロニアの差し出口をきっぱりと切り捨てれば、はい、と一言返事をしてまた口の中にお菓子を頬張った。素直でよろしい。
マグナスは真剣な表情のレウィシアに微笑みながら、では、と顎の下で手を組んで向き直る。どんな仕草もかっこいい猛禽類である。