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34.聞こうか迷う


殿下と少しだけ他愛のない会話をしながら、教会の大きな扉を潜って外へと出る。

現在の時刻は昼過ぎ。初夏も過ぎた強い日差しが容赦なく二人を照り付けた。

少し歩き王城門へ続く大通りに出た所で、お見送りもここまでと思った矢先に殿下が不意に振り返る。

殿下の銀糸の髪が光を反射して思わず目を細めるが、殿下からもおまえの白い翼が眩しいと文句を言われたことがあるのでお相子だ。


「それはそうと、お前は今後どうしたい?」

「どうしたい、とは?」


突然の問い掛けに首を傾げると、殿下は黙って教会の奥へ向かって指を差した。途端に不機嫌顔になるので、恐らくレウィシアの事を言っているのだろう。表情で察せてしまうのもどうかと思うが。


「あれを花聖女として祀り上げるのがお前の望みか」

「祀り上げる…まではいきませんが。我々神官の使命は花聖女をお助けする事です。そして花聖女には大地の浄化を行っていただきたいと思っております…ですが、きっと殿下は許さないでしょうね」

「ほう?」


マグナスは興味深そうに聞き返されて思わず腹の前で手を握る。この続きを言ってもいいのか迷っていた。口にするべきか暫く悩んで握った手の指先同士を弄るも、続きを視線で促されてついに彼は意を決して声を出した。


「あの、少しお聞きしたいのですが」

「アドロ、ここに居たのか」


残念ながら声が被った。時機を図ったように王城の方向から現れたのは殿下お抱えの魔術師だ。

シレンは髪の色に合わせた濃紺の正装を見に纏い、その長い丈を翻す。

気位の高そうな佇まいは流石の貴族と言うべきか。彼は片腕を腰に当てて重心をずらす様に殿下の横に立つ。それからマグナスの姿を視界に収めると、フッ、と鼻で嗤った。


「大神官も居たのか。教会の修繕費の相談でもしてたのか?」

「まあ、そんなところだ。すまんマグナス、さっき何か言いかけていただろう」

「あ、いえ。大したことではありませんので」


拍子抜けしてしまい、もう一度口に出す勇気は出てこなかった。

マグナスが気になっていた事、それは瘴石の事だ。殿下からもらった瘴石は誰が採取した物なのか。それを聞くだけで何かわかる気がした。例え嘘の答えが返ってきたとしても。


「会話中にすまなかったな」

「いえ、お気になさらずに。本当に大したことではないので」


シレンに軽く口頭で謝られ、気まずさを誤魔化す様にはにかむ。

殿下は少し彼の様子を気にしていたが、もし重要な話であってもまたそのうち話してくるだろうと追及を避けた。シレンが来た途端話を終わらせるなら、あまり人に聞かれたくないのかもしれない。


「ところで」


殿下が踵を返そうとすると同時にシレンが教会の方を見た。


「あれはなんだ?」


あれ、とは。シレンの問い掛けにマグナスと殿下はゆっくりと彼の視線の先を追う。

彼は教会の、今いる場所からは少し離れた場所を見ていた。

閉め忘れたのだろうか、大きな両開きの扉が右側だけ開かれている。その空いた扉から見えるのは、直接通じている礼拝堂だ。しかし、どこか違和感がある。

扉から真っすぐ直線状の先には祭壇があるはず。実際祭壇自体はちゃんと見えている。

しかしその手前に、何か靄がかかった塊が宙に浮いているのだ。色の付いていない透明の靄は空間を歪ませている。

マグナスは眼鏡のピントを合わせる様に目を凝らしながら蔓を動かした。


「なんだあれは…シレン、魔法か?」

「恐らく。しかし見たことのない魔法だ」

「空間の歪んでるように見えるな…マグナス、少し下がれ」


殿下とシレンが身構えて警戒するも、マグナスは意に介していないようだ。二人の声を聴きながら彼はジッと靄を見つめている。三人の中でマグナスだけ、どこかであの靄を見たような気がした。それもつい最近。


「……あ!」


突如マグナスが短く声を上げる。二人の視線が靄から外され一気に彼の背中へと集中した。

この中でマグナスだけその魔法を目にしたことがあった。しかも至近距離で。

あれは確か、守護獣が花聖女を迎えた時、つまり異空間から突如現れた時に見た。

あの時と同じなら、確か靄が現れた次の瞬間には。


「あいた!」

「花聖女、ですから突然飛び出したら危ないと、」


靄の中心から二人の人影が落下した。

情けない悲鳴を上げながら床に尻餅をついて落下したのが一人目、二人目は立ったままの姿勢で綺麗に地面に足を着く。

なんてことだ。どうしてあの人は大人しくできないのか。いっその事そういう趣味認定で良いからベッドに括り付けたままにすればよかった。

驚きに目を見張る視線を背後から感じながら、マグナスは胸中で深く後悔した。


「いたたたたた、傷口が開く…」

「怒られても知りませんよ?」

「連帯責任でお願いします」

「ええ、嫌ですよ」


突如空間から現れたレウィシアは、守護獣の手を借りながら立ち上がった。

包帯を巻かれた左足を庇うように上げて地面に着かない様にしているが、そこまでするなら何故安静にしていないのか。

さて、どうする。見た所レウィシアは扉から離れた所に居る三人に気づいていないようだ。

それよりも不味いのは、花聖女が人間だという事を知らない人物が一人いる。

マグナスはギギギ、と音がしそうなほどぎこちなく背後の二人を振り返った。

そこには鬼の形相をしている殿下と、あんぐりと口を開いたシレンが居た。


「…誰だ、あの見目麗しい令嬢は」

「「え、」」


ぽつり、呆けたようにシレンが呟く。

その一言に驚いて残像が見えるほど勢いよく彼を見たのは殿下だ。

殿下の絶句した顔は信じられない、とこれでもかと意思表示していた。


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