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32.目撃


フォーリアの茶を飲んで数日後、国王の瘴気は完全に浄化された。その事を報告した後、少し教会の様子を見て回って帰る。用事はそれだけの筈だった。補修しつつあるがそれでもまだ修復箇所が目立つ教会の責任者と話して、すぐ帰るつもりだった。

しかし花聖女が怪我をした、という報告を聞いて殿下は少し興味が湧いた。なぜ怪我をしたのか、理由を聞いても中々答えない責任者であり友でもあるマグナスに猶更興味が湧いた。

花聖女は今、自室の寝台で休んでいるらしい。会っていくか聞かれて少しだけ逡巡する。

気に食わない相手に会った所でどうせ腹が立つだけだという否定的な気持ちと、理由はわからないが怪我をした奴の面を拝んでみたいという好奇心から来る気持ちが拮抗した。そこに花聖女の身を案じる気持ちは欠片も無い。

花聖女の自室は教会から入ってすぐの礼拝堂を抜け、奥の建物と礼拝堂を繋ぐように続いた回廊を一番奥まで行ったところにある。回廊から拝める中庭には大量のフォーリアの花が生い茂っていた。どうやら順調に栽培しているようだ。

途中壁や床などの状態を確認しつつ、補修が必要そうな個所を覚えておく。後でマグナスに修繕費の話し合いをしなければ。彼はきっと遠慮するだろうから、此方から多めの金額を提示しなければならない。


「傷は深くは無いのですが、安静の身です。あまり刺激するような事はしないでくださいね」

「わかってるわかってる、何回言えば気が済むんだ」


少し様子を見る事に決めれば彼は念には念を入れて何度も言い聞かせてきた。

花聖女を崇める大神官として彼女の身を案じるのはわかるが、少し過保護すぎやしないだろうか。

彼は殿下の適当になってしまった返答を聞くなり、いきなり部屋の扉のドアノブを回すと躊躇いもなく開いた。礼節を重んじる彼にしてはあまりにも無作法な振る舞いに少し驚く。


「おい、腐っても女性の部屋だ。ノックぐらいしたらどうだ?」

「………」


マグナスは扉を開けたまま、部屋の中を凝視したまま無言で硬直した。

ピタリと止まった彼を不審に思いながらも、諫める様に言う。いくら気に食わないと言え、ここは女性の部屋だ。

注意しても中々返事をしない、それどころか微動だにもしないマグナスに殿下は更に訝しんだ。いったいどうしたのかとマグナスの背にある大きな翼を避ける様にしながら中を覗き込む。

最初に視界に入ったのは美しい星空のような絨毯だ。マグナスが選んで敷いたのだろうか、流石にセンスが良い。次に見えたのは一見質素だが見る物が見れば高級だとわかる古びた大きなベッドだ。頭側にある板や足の部分に彫られた装飾はすり減っていて見る影も無いが、購入した当初はそれは美しい蔓薔薇の模様が刻まれていたのだろう。

そして、その古いが高価な寝台に横たわるのは。

口元を布で塞がれ、長くて太い紐で拘束するようにベッドごと縛り付けられたレウィシアがいた。

彼女は扉の先に佇む二人の姿を視認するなり、何かを訴える様に言葉にならない声をあげた。


「んーーー!んんーーー!」


ガチャリ、とレウィシアの声を遮るようにマグナスが扉を閉めた。

彼は一切殿下の方を振り返らない。気まずい沈黙が流れたあと、彼は目の前の扉を一心不乱に見つめながらぽつりと言った。


「……誤解です」

「何がだ」


咄嗟にツッコミを入れれば、マグナスは少しだけ顔を上向かせて深呼吸する。それから何かを決意したかのように殿下を振り返った。

彼が不審に見えるのは、都合よく窓から入った日の光が眼鏡を反射させたからだろうか。それとも口元だけ人当たりの良い笑顔を保っているからだろうか。


「食堂でお茶でもどうですか…?」

「待て待て待て」


今のを無かったことにするつもりか。

笑顔で提案した彼に少し身の毛がよだつ。今まで一度も不快に思ったことが無い彼に畏怖の念を覚えていると、彼は両手で顔を覆ってその場に力なく膝を着いた。

その肩に哀愁が漂って見えるのは気のせいではないだろう。


「違うんです、本当に…どうしてこんな…!」

「わかってる、わかってるぞ!何か事情があるんだろう!?」


精神崩壊したように嘆く彼の肩を掴んで大きく揺さぶる。

そうだ、マグナスがこんな事をするはずがない。まるでどごぞの女を拉致監禁したような、そんな現場を作り出すはずがないんだ。


「わ、悪気は無かったんです。つい、うっかり…」


やったのか。おまえがベッドに括り付けたのか。

驚きの事実に今度は殿下が硬直する。

いや、だが相手はあの花聖女だ。もしかしたら止むを得ない事情があるのかもしれない。


「駄目だとは思いつつも止まらなくて、」

「辞めてくれ!それ以上は聞きたくない!」


まるでそういう大人な趣味を持っているように聞こえてきて堪らず遮るように叫んだ。

しくしくと涙を流しながら自白をし始めた友人からはこれ以上話を聞けない。というか聞きたくない。

殿下は事態を収拾するために部屋の中に押し入る。括り付けられたレウィシアは身動ぎしながらんーんー言っていたが、構いなしに口元を覆っていた布を取り払うべく手を掛けた。


「くそ!よりにもよって固く結んでいるではないか!」

「緩いと振りほどいてしまうんです…」

「頼むから何も言わないでくれ!」


力なく扉の縦枠に手を添えて寄りかかったマグナスが弱々しく言う。その様子がまるで犯行現場を見られて逃げ場を失った犯人のようで、堪らず手に力が入ってしまった。しかし思いがけず功を為して、動揺して中々解けなかった結び目がびりっと音をたてて千切れ、やっと息苦しさから解放されたレウィシアが大きく息を吐きだした。


「ぶはあ!」

「おい、どういう事か説明しろ!どうせお前が原因だろう!」

「はあ…イケメンに監禁されてドキドキ…」

「悦に入るな変態!!!!」


あろうことか涎を垂らしながら頬を紅潮させるレウィシアに冷や汗を流しながらドン引きする。

まさか本当に大人な趣味のアレをしていたのだろうか。そういう嗜好だとしたら本当に知りたくなかった。一生知らずに居たかった友の意外な一面に一気に絶望する。

ああ、友よ。君の事は温良恭倹な人だと思っていた。いつも穏やかで礼儀正しい顔の裏では女を監禁したいという悍ましい欲望に塗れていたのか。


「言っておきますが違いますからね!変な想像しないでください!」

「やめろ…あいつはお前のせいで穢れてしまったんだ…」

「だから違いますって!もう、マグナスさんも泣いてないでちゃんと言わないと!」

「うう…うっかり見られてしまった…つい忘れてた…」

「だからその反応駄目ですって!もう、ちょっと誰か来て!この紐解いて!」


二人とも両手両膝を着いて嘆き始めてしまったので埒が明かない。

レウィシアは自由の利かない体に身動ぎしながら、誰かの耳に届くように大声を上げた。

それから時間を置いて現れたのは、レウィシアの為に食堂でお茶を淹れた後ゆっくりと中庭を眺めながら呑気な気分でやってきたフェロニアだった。


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