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31.奇想天外


カーテンの隙間から伸びた一筋の光が、テーブルの上で瘴石を転がすレウィシアの手元を明るく照らす。

マグナスはそんな彼女に背を向けて壁際に配置された本棚の前に立ち、見た目だけでもずっしりとした重みを感じる程大きくて分厚い古書のページを捲った。

経年による劣化で褪せてしまったのか、所々赤褐色に変化した本革の表紙には金色で『聖歴』とだけ書かれている。彼曰く、今までの花聖女が齎したあらゆる記録が残されているのだとか。

そしてこの本が唯一の、花聖女について詳しく書かれた本らしい。

この教会にとって本当に大事な物なので、記録が喪失されないよう本が傷む度に新しい本へと転記するのが大神官の務めの一つだ。そう彼が誇り気に言っていたのを思い出す。


「やはり、花聖女とヴァルカン神の関係については一切書かれていませんね」

「時系列的に花聖女が居なくなってからできた宗教ですもんねえ」

「歴代の大神官のうちどなたかは触れていても可笑しくは無いはずですが」


ぱたり、と厚手の表紙を閉じて元の棚へと丁寧に戻し、その隣の本へと視線を次々に移していく。

お目当ての内容が書かれた本が無いか、先ほどから彼はずっと本棚と睨めっこしていた。

大小様々な本の背表紙を軽く指でなぞりながら滑らせ、その指が列の一番端まで到達すると漸く諦めたように棚から離れた。


「もう日暮れが近いですね。夕餉の時間までお休みになられますか?」

「うーん、そうしますかね。ちょっと花壇に居るフェロニアさんの様子でも見てきます」


そう伝えながら椅子から立ち上がり、広くもない部屋を出ようとする。一歩進む度に足元から床板の軋む音がする部屋は天井の灯りが一向に消される気配が無いので、扉を開けながらマグナスを振り返る。一緒に行かないのかと言外に問えば、彼は綺麗に柔らかく笑った。


「もう少し調べ物をしてみます。ちゃんと夕食の時間には食堂に戻ってきてくださいね」

「ん、好きです」

「はい?」

「すんません間違えました、行ってきます」


つい本音が出てしまった。あの魔性の微笑みは人の心を惑わせる。何度も言うが、彼は本当に身も心も天使なのだ。好きにならない理由が無い。

誤解が無いように言っておくがこれはライクの好きだ。決してラブの好きではない。

レウィシアがそそくさと逃げるように退室するのを見送ると、マグナスは椅子を引いて席に着き、溜息を吐きながらテーブルの上に無造作に置き去りにされた瘴石を手に取った。

指先で弄ぶ様に何度も持ち直しながら、天井の灯りを反射して輝く黒い石を淡々と眺める。ごつごつした表面の一部が角度によって鏡のようにマグナスの顔を反射した。

この瘴石は殿下から特別に頂いたものだ。高価なもの故受け取れないと最初は断ったが、是非使ってくれと問答無用に胸元へと押し付けてきた。

その時の彼は一体どんな表情をしていたのか。内心一つぐらいは欲しいと思っていた瘴石を押し付けられた事が嬉しくて、ついそちらに夢中になってしまい殿下には目もくれていなかった。

瘴石はヴァルカン教が牛耳っていると言っても過言では無い。異教徒の身である己にも気にかけてくれている殿下が、わざわざ自分の為に貰ってきてくれたとその時は思っていたが。


「この瘴石は、本当にヴァルカン教が取ってきたものなのだろうか…」


レウィシアの純粋な疑問が脳裏に過る。本当に考えた事も無かった。物心ついて、初めて瘴石の存在を知った時からそういうものだと言われてきたからだ。それはマグナスだけでなく、この国に住む国民全員に当て嵌まる事だった。

しかし考えてみれば単純な話だ、瘴気を浄化できるのは花聖女だけ。ではヴァルカン教はどうやって?ヴァルカン神の力とはいったい何なのだ?

今までこの疑問が出てこなかったのが不思議だ。或いはどこかで疑問に思う声が出ていたのかもしれない。では、その疑問の声が大きくならないのは。

マグナスはそこまで考えてから、指先で挟んだ小さな瘴石を強く握りしめなおした。

これ以上は、やめておこう。

思考の渦に飲み込まれかけた脳内を全く別の物に入れ替えなければ。

彼は軽く頭を振り払うと、気分転換に自分もレウィシアの元へ行ってみようかと席を立った。

その時だった。

突然カーテンで閉め切られた窓が激しく割られ、外から何か大きな人影が飛び込んできた。

耳を劈くような轟音と共に、床に重いものが叩きつけられる音、それから少しの呻き声の後に聞き覚えのある悲鳴が、窓が割られてサッシだけになり解放感満載へと変わった部屋に響く。


「い…いったああああい!死んじゃう!ひいいん!血、血が出てる!」


予想だにしなかった突然の事態に、思考が全く追い付かない。今、何が起きた?何が飛び込んできた?

じゃり、と割れたガラスが更に粉々に砕ける嫌な音にふと我に返ると、目の前の惨劇に瞠目する。飛び込んだ時に下敷きになったのか足が折れてしまったテーブルの傍で、レウィシアがその場で横倒れになりながら足を抑えていた。

彼女の左足はガラスの破片でも刺さったのか出血しており、ぽたぽたと頻りなく水音をたてながら床に滴っている。その様子にマグナスは全身から血の気が引くのを感じた。


「は、花聖女!?ご無事ですか!?」

「無事じゃないです痛いですう!」


ひんひんと彼女は泣いている。顔面の穴という穴から透明な液体が流れていた。

なぜ彼女が窓の外から飛んできたのか。王城の敷地内なので害を為す存在はそう簡単には入れない筈だが。

ガラスの散らばった部屋は動くと危険だ、これ以上傷を増やさないためにマグナスはレウィシアを横抱きに抱え上げて廊下へと出ると、急ぎつつも丁寧に床に降ろしてから怪我の状態を見る。背後から騒ぎを聞きつけた神官やピレティが慌てて駆けつけてくる音がした。


「すぐに手当てを!」


叫ぶ様に言いながらマグナスは見に纏った黒いロープの裾を破り、急いで傷口の上の方できつく縛った。見た所大きな傷ではないようで止血を終えてから安堵の息を吐くと、窓の向こうから逼迫した声が聞こえてきた。本来こんな事が起きない様に護衛としての役割を持つフェロニアの声だ。彼女は何度も呼びながら窓枠を飛び越え、レウィシアを挟んでマグナスの向かい側へとしゃがみ込んだ。


「ああ、どうしよう、だからお辞めになるよう申し上げたのに、」

「すぐに止血したので命に別状はありません」


急いで救急箱を持ってきたピレティから消毒薬を受け取り傷口に吹きかける。途端にずっとひんひん泣いていたレウィシアが一際大きな叫び声をあげた。その声にたまらずフェロニアがレウィシアの手を握ると、より一層強く握り返される。マグナスは手際よくガーゼを傷口に貼り、その上から包帯をくるくると巻き付けた。


「し、しみるうう」

「我慢してください。見た所何かに吹き飛ばされたようですが、いったい何があったというのですか?」


言いながら泣き叫ぶレウィシアではなくフェロニアに問いかける。彼女は眉を八の字にしたままレウィシアの涙でぬれた頬をあやす様に撫でた。


「どうせだから大量栽培しようと畑にフォーリアの種を植えに行ったんです。そしたら丁度、羽を休めているバルカ鳥がおりまして」


バルカ鳥とは国の象徴とされている足の太い大きな鳥の事だ。その大きさは人の丈程あり、非常に強い脚力を持っている。普段は温厚なので襲ってくる事は無いが、追いかけ回したりするとその足で蹴って反撃してくる。その威力は凄まじく、厚い鋼板を容易くへこませるという。


「まさか、追いかけまわして蹴られたのですか!?」


だとしたら大変だ。獣人の体ではない彼女が蹴られたら、軽く骨の二三本は折れるだろう。

まさか他にも怪我をしているのか、そう思ってつい彼女のぼろぼろになった服を捲ろうとしたが、意外にもフェロニアは残念そうに首を横に振った。


「背中に飛び乗っちゃったんです…危ないから近づかない様に言ったのに…そのまま飛び立っちゃって…」

「そ、空飛んだ…すぐ落ちた…コワイ…」


フェロニアが非常に残念そうに項垂れながら言った。心なしか語尾がどんどん小さくなる。

つまりこういうことだ。見たことのない巨大な鳥に大興奮したレウィシアが説明も聞かずに制止の声を振り切ってバルカ鳥にの背中に飛び掛かり、驚いたバルカ鳥が慌てて羽ばたいたところ咄嗟にしがみついてしまい、丁度すぐ傍の資料室の前まで飛んだところで振り落とされて窓をぶち破った。

まさか空を飛んで窓をぶち破るとは思っていなかったフェロニアは受け止めるのが間に合わず、そして今に至る。

ああ、なんて。

泣きながらぼそぼそと呪文のようにトラウマを呟くレウィシアに、マグナスは無性に遣る瀬無い気持ちに溢れた。


「なんっっっってバカなんだ貴方は!」


どんな相手でも敬意を持って接すると決めていたマグナスの中で何かが崩壊した。


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