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29.ヴァルカン神


「そもそも、ヴァルカン神ってなんなんですか?」


教会に戻るや否や片手を行儀よく上げて質問すれば、急遽お勉強会が開かれた。

教会にある資料室。小さな部屋だが壁一面に大きな本棚が並べられ、中央には簡素な木製のテーブルと四つの椅子、窓から差し込む光が本を傷めない様に厚手のカーテンが掛けられている為、光源が無い部屋はまだ陽が出ているというのに少し薄暗い。

マグナスが天井から吊るされたカンテラに火を点すと、一気に部屋が明るくなった。


「…あれ?」

「お気づきになられましたか?」


明るい部屋に違和感を覚える。今、マグナスは何をしたのだろうか。そう思うのは、彼の手は何も持っていないからだ。部屋の明るさもたった一つのカンテラによるものとは思えない程明るいし、そもそも炎の揺らめきを感じない。


「我々にとっては貴重な物なので、滅多に使わないのですが」


そう言ってもう一度マグナスがカンテラへと手を伸ばす。するとたちまち灯りは消え、再び薄暗い部屋へと変貌した。

彼はカンテラの中に置かれていた何かを取ると、次にテーブルの端に置いてあったマッチを手に持つてカンテラ内部の固形燃料に火を着ける。今度はレウィシアも知っている炎の揺らめきによる灯りが小さな部屋を照らした。


「瘴石、と言います。この石に魔力を注ぐと強い光を放ちます。流通している数が少ないので一般的には蝋や油に火をつけて灯りを点しますが、王城や貴族の屋敷ではこの瘴石を使っていますね」

「セレブ御用達ってやつですか…」

「セレブ…?」

「お気になさらず」


マグナスの掌にある瘴石はごつごつとした黒い塊だった。所々光沢を放っていて、質感はガラスに似ている。


「…ん?ってか今魔力って言いました?」

「はい」

「……ん?マグナスさんって魔法使い…?」

「い、一応は」

「すご、」

「誤解なさらないで頂きたいのですが!」


凄い!と言いながらテーブル越しに飛び掛かろうとしたら、慌てたように瘴石を持っていない方の掌を翳されて阻止された。いきなり飛び掛かられても困るだろうから当然の反応なのだが、瞬時に阻止されたのが少しだけ傷つく。そんな食いかかるように拒否しなくてもいいじゃないか。


「魔力は皆が持っているものです。基本的に扱いが難しく、魔法として放つことができないのが非魔法使い、シレン様のように扱いに長けた者が魔法使いと呼ばれます。私はどちらかと言えば非魔法使いです。単純に魔力を放出することは簡単なので誰でもできますが、魔法として放つことは一部の物にしかできません」


矢継ぎ早に説明されて理解に苦しむ。飛び掛かろうとして浮かせた腰をもう一度椅子に落ち着かせると、彼は焦ったときにズレた眼鏡の位置を正しながら安心したように小さく安堵の息を溢した。

そんな、まるで猛獣に襲われそうになったみたいな反応をしないでいただきたい。


「ヴァルカン神は、戦いの民として民衆に信仰されています。そして、この瘴石はヴァルカン神の恵みだとも言われています」

「…と、言いますと?」

「瘴石は瘴気の溜まり場から採取されます。主に採取するのはヴァルカン神に仕える高位のお方だとか。彼らはヴァルカン神の力を借りて瘴気に立ち向かい、そして持ち帰り、市場に流通させる。城下町の大通りにもこの瘴石を使った街灯が置かれていますが、全てヴァルカン教が国に寄付した物なのです」


なるほどね、と相槌を打つ。瘴気の溜まり場に特攻するならそれなりの対策が必要だ。それを一つの宗教が勝手にやって勝手に寄付してくるなら国として損は無い。国は何もできない花聖女の教会より利益を生み出すヴァルカン教を優遇するだろう。


「瘴石は灯りに使うだけでなく、様々な効果を発揮するものもあります。熱を発するものを熱瘴石、冷気を出すものを冷瘴石など、いろいろあるんですよ」

「うわあそれってすごく便利ですよね。どうします?私たち勝ち目無いですよ」

「別に勝負してるわけでは…」

「とはいえ、そんな便利な物を国ではなく一つの宗教が流通してるのも変な話ですね」


椅子の背もたれに寄りかかりながら天井を見上げる。瘴石ではなく蝋燭によって揺らめく灯りが薄暗い天井をゆらゆらと照らすのを見ながら、ふと疑問に思ったことを口にする。


「それって、ヴァルカン教の人じゃないと駄目なんですか?」

「駄目、というのは?」

「その瘴石の採取ですよ。正直今の話だと、皆は瘴石の便利さに心を奪われているというかなんというか…瘴石が取れないヴァルカン教だったら、皆信仰するのかなーって」

「ふむ…」


上げていた顔を戻してテーブルに頬杖をつく。ヴァルカン教は戦いの神様であって瘴石の神様ではない。なのにヴァルカン神の恵みというのは違うのではないだろうか。どちらかと言ったら、採取した人の恵みでは。

ちょっとした疑問のつもりで聞いたが、マグナスにとっては意外な疑問だったらしく深く考え込んでしまった。


「……考えた事も無かったですね。というのも、ヴァルカン教はおよそ五千年の歴史がある宗教なので。瘴石の流通もその頃からずっと行われていると聞いております」

「ほんと歴史が深いなこの国…」

「国民も瘴石の取り扱いについて、そういうものだという認識でしょうね。国の方もそこに異論を唱えた事も無いし、そもそも王族含め殆どの国民がヴァルカン教の信者ですから。ですが…なるほど、異世界から来た花聖女からしたら疑問に思うのですね」

「いや私からしても異文化の事なのでうだうだ言えないんですけど…別にそれが可笑しいって事じゃなくて、いやほんとちょっとした疑問なのでそこまで考えられるとは思わなかったデス」


マグナスは口元に指を当ててどんどん思考の海へと沈んでいった。顔の前で手を振ってみるが反応が無い。いったいどうしたのだろうか。何度か手を振っていると彼は急に顔を勢いよく上げるので、驚いて手を振る姿勢のまま硬直した。


「少し怖い事を言いますね」

「え、やだ怖い聞きたくないです」


いったい何を言うつもりなんだ。

咄嗟に耳を塞ぐ素振りをするが、しかし彼はお構いなしに口を開いた。


「瘴石を取っているのは本当にヴァルカン教の高位の者達なのでしょうか」

「いや……知らんがな…」


そんな眉を潜めながら尋ねられても。

寧ろ聞きたいのは此方の方だ。


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