28.怖い人
紺色の吊り目のフェルティ。かつて国王の浄化をしようと部屋を訪れた時に、待機中のピレティへ話しかけた人物と特徴が似ている。思わずピレティを振り返ると、彼女はまさしくこの男だと何度も小刻みに頷いていた。
紺色の腰上まである豊かな髪の毛を揺らめかせながら部屋の中へと入ってきたシレンは、布を被ったままのレウィシアの前へずかずかと大股で歩み寄る。彼の金色の瞳からは親しみなど微塵も感じられず、まるで親の仇を見るかのように鋭いので、思わずレウィシアはマグナスの背に怯える様に逃げ隠れた。
「アドロ。ソコのソレが、例の花聖女だな?」
「……そうだ。今帰るところだ、邪魔をしてくれるな」
必死にふわふわの白い翼を手で無理やり広げ、あの冷たい金色の瞳に己の姿が映らない様に隠れる。
殿下とはまた違う、敵意剥き出しの視線だ。何をされるかわからない恐怖を感じた。
翼の影から様子を覗き見る。殿下の事を愛称で呼んでいるという事はそれなりに親しい仲なのだろうか。殿下の交友関係など微塵も興味ないが。
「だ…誰です?」
「あちらはクルーデリス公爵家の御令息、シレン・フリッジ・クルーデリス様です。殿下の側近としてお仕えしている魔術師です」
「まっ!?」
小声でコソコソと尋ねると思いがけない返答につい大きめの声を出してしまい、思いがけず視線を集めてしまった。
しかし、魔術師だなんて。火がぶわっと出たり氷がキラキラっと出たり、そんな事ができる魔術師だろうか。
僕が考えた最強の魔法、みたいな子供が想像しそうな事を思い浮かべながら、今度は興味深々にシレンを覗き見る。
彼は殿下と同じように見下し気味に腕を組んでレウィシアを見ていた。
「花聖女がいる、という事は浄化を?」
「そうだ。丁度いい、おまえにも見てほしい」
殿下が持っていたフォーリアの葉を差し出す。彼はそれを抓むように受け取ると、顔の前まで持ち上げてまじまじと見た。くるくると葉をゆっくり回しながら隈なく観察する。まるで鑑定しているようで、次に何を言うのか緊張してしまった。なにせあの葉にはレウィシアの魔法が掛かっているのだから。
「なるほど…確かに、見たことのない魔法が掛けられている。これが浄化の魔法というなら試してみるべきだな。フォーリアの葉という事は、これを煎じて国王に飲ませるのか?」
「そういう事だ。もう要件は済んだ、これ以上ここにいる必要もない、」
「なら、すぐにでも消すべきだ」
くるくると回し見ていた葉を顔の前から下げると、彼は理解できない事を当然のように言ってのけた。
そこに感情は見受けられない。まるで事務作業のように殿下へと進言したので、うっかり聞き逃してしまいそうになる。
消す?誰を、花聖女を?そう困惑しているレウィシアに殿下は眉間にこれでもかと深い皺を刻むが、シレンはお構いなしにフォーリアの葉を指差しの代わりに突き出してきた。
「もう用済みだろう?このまま放っておいたら混乱を呼ぶだけだ。花聖女が現れた事はすでに王侯貴族の間で噂になっているし、大事になる前に潰しておくのが賢明だと思うが」
わかっているだろう、そう意味を含めて彼はフォーリアの葉をすぐ目の前のマグナスへと向けて横に動かした。
「大神官よ、おまえもこれ以上敵を増やしてはあっという間に教会を潰されるぞ。花聖女が来る前の状態を維持するべきだ」
非常に居心地が悪い。何も悪い事などしていないのに、まるで居るだけで何らかの罪に問われているようだ。思わず背後からマグナスの顔を見上げるが、彼は反論したくてもできない、そんな苦渋の表情に染まっていた。シレンの言う『敵』というのは恐らくヴァルカン神の事だろう。今までは花聖女が不在の為教会など眼中に無かったが、もし花聖女の力で教会側が強い権力を持ったら、ヴァルカン神に仕える者達がどう思うか。何をするか。
この国の事をどうこう言えるほど詳しく理解していないが、できるだけマグナスの負担にはなりたくない。
やばい、なんだか泣きそうだ。自分のせいでマグナスに嫌な思いをさせていると自覚すると途端に涙腺が決壊しそうになった。
「そこまでだ」
こんな所で泣くわけにはいかない、そう必死に涙を堪えていると殿下の強い声が部屋に響いた。事態を怯えながら見守っていたピレティの肩が大きく揺れる。
当の殿下は少し怒ったような顔でシレンを見て、そして呆れたようにこれでもかと長い溜め息を吐いた。
「シレン、おまえは一つ勘違いしている」
「勘違い…?」
訝しむシレンは突き出していたフォーリアの葉を戻しながら殿下を返り見た。
「アレは花聖女ではない、珍獣だ。しかも恐ろしく知能指数が低い」
何を言っているんだ此奴は。シレンとレウィシアは二人して眉間に皺を寄せた。
それでも尚殿下は当然のように、至極真っ当な事を言うように真顔で言葉を続ける。
「アホで馬鹿な珍獣如きがヴァルカン教をどうこうできるとは思えんし、こうやって時間を浪費する方が勿体ない。いいか、話は終わりだ」
そう言って殿下は話を切り上げて颯爽と部屋を出て行った。
突拍子もない発言に呆気に取られていたシレンが、慌てて殿下の名を呼びながら後を追う。
二人の忙しない足音が聞こえなくなると、まるで嵐が過ぎ去ったように静けさが部屋を支配した。残された三人は順に顔を見合わせて、それから不意にマグナスが吹き出した。
「助けられましたね、花聖女」
「えっ」
「やっぱり、今のってそう意味ですよね?」
「ええっ」
あのまま話が進んでしまえばヴァルカン神の敵と見做され、流れで何かしらの処分がされていたかもしれない。
非常に不本意だが、非常に助かった。




