27.報告しましょう
王城のとある一室。
庭園に面した回廊に連なる部屋の内の一つは、初めて訪れた時に塗香を塗った部屋とは違って上品で落ち着いた色味の部屋だった。変わらないのは相変わらずここぞとばかりに主張する高価な調度品ぐらいか。
深い緑の壁に施された金色の蔓草模様を意味もなく顔を近づけて見ていたレウィシアは、目深に被った布を邪魔くさそうに手の甲で持ち上げた。布のせいで視界が狭まると目が疲れる。
部屋の中に居るのはレウィシアとマグナスとピレティの三人。フェロニアは教会の庭で未だ花壇弄りをしている。彼女曰く、久しぶりの浄化が嬉しいそうだ。
「遅いですね。あのぼんくら、いつまで待たせるつもりなんでしょうか」
「ぼん…殿下もお忙しい身です。そう言わないであげてください」
蔓草模様の葉を数えるのも飽きたので溜息交じりに言えば、これまた赤に近い茶色のソファに腰かけたマグナスが苦笑交じりに殿下を庇う。
彼からすれば過去に殿下との良き出会いがあった為に、レウィシアに簡単に同意する訳にはいかないのだ。
「そんなこと言われても、もう一時間経つんじゃないですかね?呼び出したのはあのクソやろ、」
「待たせたな…おい、今俺の悪口を言っていただろう」
ガチャリと扉が開いたので慌てて口を噤む。しかし殿下にはお見通しだったようだ。
彼はそんなレウィシアの様子に扉を閉めるなり大股で近づき、その端正に整った顔を近づけた後雑に顔に掛かった布を持ち上げた。
露になるレウィシアの顔は悪いことがバレた子供の様に視線が泳いでおり、口はきつく結ばれて何も言ってませんアピールをしているではないか。そこに可愛らしさの欠片も見受けられなかった。
「臭いは消えたが相変わらずぶっっっっっっっさいくだな」
「あのですね、いい加減出合頭に罵るのどうかと思うんですけどね!言われ過ぎて飽き始めてますよ此方は!」
「人の居ない所で悪態つくのは良いのか」
「うがあああ!」
ぺっ、と擬音が付きそうなほど雑に布を手放しながら蔑む殿下は、暫くぶりだが相変わらず元気に性格悪そうだ。言い返すことも出来ずに頭を抱えて獣のような声を出すと、まあまあ、と唯一の良心が宥めながら二人の間に割って入った。
「殿下、とりあえず至急報告したい事があります」
「マグナスよ、お前こんなのに仕えて本当にそれでいいのか?」
「ちょっとやめてください!マグナスさんはうちの子なんです!引き入れようとしないでください!」
「お願いですから話をしましょう!」
二人の間に挟まれたマグナスの叫びで漸く各々がソファに腰かけた。
扉から向かって右手に殿下、左手にレウィシアとマグナスが座る。その背後に待機していたピレティが向かい合ったソファの間に置かれたテーブルの上に持っていた荷物を置くと、殿下は興味深そうに見つめた。
「なんだ、これは」
「フォーリアの葉と、浄化された土です」
マグナスの言葉にピクリ、と狐耳が反応する。殿下は顎に手を添えたまま意外そうな目でレウィシアへと視線を移した。
「……なんですか」
「おまえ本当に花聖女だったのか」
レウィシアはまだ半信半疑だった事実に顔をこれでもかと嫌そうに歪めるが、実際初めての浄化であるため文句を言う事ができない。その代わり顎をしゃくらせギリギリと歯軋りをしてみせれば、その反抗的な態度に殿下までもやり返すという顎しゃくれ応酬が繰り広げられた。
コホン、とマグナスがわざとらしく咳をするが二人は聞いていないようだ。彼は構わず説明を続ける事にした。
「このフォーリアの葉を煎じて国王に飲ませてください」
「それで浄化されるのか?」
しゃくれ応酬から戻ってきた殿下が期待に満ちた目でマグナスを見た。
しかし期待に反してマグナスは首を横に振る。その姿に訝しんだ殿下は彼の説明の続きを待った。
「まだわかりません。実は、浄化の方法が判明したのは昨日の事でして」
「花壇に植えた花が枯れたら浄化だったんです」
真面目な雰囲気になってきたのでレウィシアも顎を引っ込めてマグナスの言葉を補足するように続けた。
しかし殿下は彼女を一瞥すると一拍置いてもう一度マグナスを見る。
視線が戻されたマグナスは眼鏡のずれを直しながらもう一度口を開いた。
「花聖女が持ってきた花を花壇に植え替えたら、そこから土が浄化されたのです」
「え、今それ私が言った…」
「あの花か…つまりこいつの浄化は植物を通して行われると?」
「なんでよほぼほぼ同じこと言ったよ私」
「恐らく。守護獣が言うには花聖女が育てた植物に浄化の魔法が宿るのでは、と」
「ねえちょっと私の話も聞いて、」
「花聖女、少し静かに」
ねえねえ、と手をちょいちょいと動かしながら合いの手のように言葉を挟んでいたらマグナスに注意された。いつもならそこで不貞腐れるのだが、彼が優しく口元に人差し指を当てながらシー、とするものだから思わず心臓を撃ち抜かれる。
ヴッと小さく呻きながら心臓を手で押さえてソファの背もたれに凭れ掛かると、丁度背後に佇んでいたピレティと見上げる形で目が合った。彼女の生温い視線が突き刺さる。
「油断してると心臓発作が起きますよぉ」
「気を付けます…目の保養…」
彼女の棒読みの警告に目元を手の甲で覆う。頭に血が上りそうだ。
「このアホの扱いに随分慣れたな」
「お褒めの言葉として受け取っておきます…。話を戻しますが、此方のフォーリアの種子を植えたのは昨日の午後。しかし植えた後花聖女が水遣りをすると、みるみる芽が出てこのように成長したのです。よってまだ効果は試していませんが、期待は大いにできるかと」
「ふむ…わかった。此方で預かろう。土は少し調べさせてもらう」
「ええ。お願いします」
手で顔を扇いで昂る熱を抑えている内に話が終わったようだ。
二人が立ち上がり退室の挨拶を交わそうとしているではないか。時すでに遅しだが会話に置いてかれない様に急いで立ち上がると、殿下は受け皿に盛られた土とフォーリアの葉をその手に持ち、マグナスとピレティの顔を順に見た。
これまさか無視されている?そんな予感がした。
「すぐに茶を煎じて国王に飲ませる。結果は追って伝えよう」
「かしこまりました」
そう言って殿下はそのまま踵を返した。その間、一度もレウィシアに視線をくれていない。
この野郎と憤ってその広い背に飛び掛かろうとしたら、マグナスに少し強めに肩を掴まれた。行動を予測して対処できるようになるなんて、なんて優秀な大神官だろうか。マグナスに免じて殺気を放つだけにしよう。
それでも無視し続ける殿下が扉のドアノブを回すと同時に、コンコン、と扉が叩かれた。
小気味の良い音に次いで「殿下、少しよろしいでしょうか」と声が掛かる。
誰も訪れる事は無いと思っていたのか、殿下がその声に少し目を見開いた。
「………入れ」
少し思案した後、殿下は数歩下がって入室を促す。その表情は芳しく無いようで、眉間に皺を寄せたまま腕を組んで入室する男の動きを見守った。
「失礼します」
「来るなと言っていたはずだが?シレン」
シレンと呼ばれた男は紺色の長い髪と猫耳で、冷たさを感じる鋭い眼差しが部屋の中に居た者を順に見た後、布を被って立ち尽くすレウィシアで止まった。
ピレティが見覚えのある顔に、声にもならない声を小さく漏らした。




