表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/27

2.天使のような見た目


丸テーブルに置かれた植木鉢、満開のレウィシア、その向こうに美青年の顔。

金髪碧眼、おまけに白い羽付きときた。これはもう天使だろう。

天使じゃないとしたらいったいなんなんだろうか。

美青年もとい天使もといマグナスは、穏やかな微笑みのまま口を開いた。


「まず、突然連れ去られて大変困惑されたことでしょう。申し訳ありません。怪我がないようで幸いです」


声は甘く、高くもなく低くもない。耳に心地よい、蕩けるような声とはこのことか。


「改めて自己紹介させていただきます。私はマグナス・アビス。この教会で大神官として勤めています」


ほほう、大神官。なんだか凄そうだ。イケメンで出世株とは、将来有望である。若い女が放っておかないだろうな。


「聖女様は連れてきたのは、この国の守護獣です。今後は聖女様の護衛にあたります」


マグナスはちらり、と花の隣に座った得体の知れない女性を見る。

ほうほう、守護獣ですか。こちらもなんとまあ凄そう…


「……………聖女?」


ふむふむ、と小さく相槌を打っていたが、聞き逃せない言葉をオウム返しする。

はて。誰が聖女なのだろうか。


「はい。この国の聖女さまであらせられます」

「…………誰が?」

「山木様でございます」


理解が追い付かなくて暫く沈黙が流れる。

突然聖女と言われても思い当たる節が全くない。

生まれてこのかたごく普通に、ごく平凡に過ごしてきた一庶子だ。

実は祖母がどこどこのお偉いさんの血を引いて~だの実は父がどこぞの王族の子孫で~だのは一度たりとも聞いたことが無い。


「人違いですよ?」


小首を傾げて言えば、隣の守護獣とやらが勢いよく首を横に振った。

彼女の長い髪がぺちぺちと頬に当たって少し痛い。


「……あなたが聖女様で間違いないようです。守護獣はこの世界だけでなく、あらゆる世界から聖女を連れてきます。誰が聖女に選ばれるのかは、守護獣ですらわかりません」

「でも、聖女だとか言われても…」

「時が来ますと、守護獣は世界の道に呼ばれるのです。私は世界の道を彷徨い、あらゆる世界を道から覗き、聖女の力を持つ者を探します。聖女には聖女だけの魔力があります。間違いありません、貴方から聖女の魔力を感じるのです」


説明を聞いても納得できず、しかし何といえばいいのかもわからず、口を開いたり閉じたりする。

守護獣はマグナスの説明を補足しながら、自分の胸元に片手を添えて改めて花に向き直った。


「守護獣は国を護る存在ですが、聖女が現れたら聖女を護る存在になります。そして、私の代わりに聖女が国を護るのです。私の名はフェロニア。貴方に会えるのを心待ちにしておりました」

「フェ、フェロ…ニア」

「はい。なんでも申し付けくださいませ」


戸惑いつつ名を反芻すると、何が嬉しいのか彼女は満面の笑みを向けてきた。

それからテーブルの上に置かれたままの植木鉢に指さし、花も釣られて変わらず咲き誇るレウィシアを見た。


「あの鉢から、聖女の魔力を感じます。聖女様、あの花の名をお伺いしても?」

「え?えっと、レウィシアっていいます」

「そうですか。良い名前です。大神官、この名をいただきましょう」


いったい何の話をしているのか。頭上に疑問符を置かれる花を余所に、フェロニアとマグナスはお互いに頷きあっている。

そこで疎通されても困るんだが。

眉間に皺を寄せながら眉を八の字に曲げいかにも困ってますアピールをしていると、マグナスはずれてもいない眼鏡をクイっと直す仕草をした。癖なのだろうか、先ほどからその仕草を何度も見ている気がする。


「実は、聖女様には通称があるんです。国によって通称は違いますが、親しい者以外ではこの通称で呼びます」

「はあ」

「その通称というのがですね、その…」


要するに、王様の事を名前で呼び捨てではなく、ちゃんと王様~とか陛下~とか国民が呼ぶようなものだろう。

それなら単純に聖女と呼べばいいと思うのだが、そこにはしきたりとか習わしとかあるのだろうか。

なんとなく理解はできたので、何故か言い淀んでいるマグナスを視線で促す。少し伏せられていた青い瞳がまっすぐ花を見つめた。美青年の真っすぐな瞳に不覚にもときめいてしまう。イケメンって凄い。


「花聖女、と我が国では呼ぶんです」

「………花、聖女」

「はい。あ、花聖女様の花は山木様の花ではなくてですね」

「あー、はい。わかりましたわかりました」


齟齬が生じたと思ったのか、マグナスがわたわたと手を振りながら訂正し始めたのを掌を突き出して制止する。

今まで何度もあった。両手では足りない程の数の齟齬を味わってきた。

あの花かわいいね、あんたじゃない方の花よ。とある時は友人に言われ。

花、なんだか元気ないわね。あんたの事よ、風邪でもひいたの?とある時は親に言われ。

花、という単語は意外と日常的に使うものだ。『花』柄のワンピース、『花』飾り、しまいには『鼻』風邪にすら逐一反応してしまう。


「私の名前だと、花花聖女、なんてことになってしまうわけですね」


カッと目を見開いて言うと、マグナスが神妙な面持ちで深く頷いた。

たかが名前、されど名前。こういうのは最初が肝心なのである。

マグナスが名前ではなく姓で呼んでいたのはこういう事か。

傍から見れば花様、と呼べばその花はどっちの花?もしかして花聖女を略した?となるわけだ。


「はなはな聖女、ちょっとバカっぽいです。大事な事だから二回繰り返したみたいです」

「フェロニアさん。あなた言うときはズバッと言いますね。会ってから少ししか経ってないけどあなたの事ちょっとわかってきました」

「つ、つまりですね。そちらの花の名を今後は名乗っていただきたいのです」

「別に良いんですけどね、それって今の名を捨てろってことですか?」


別に今の名前に愛着があるわけではないが、いきなり変な所に連れてこられて今日からお前はこの名を名乗れ、だなんて結構な理不尽じゃないだろうか。

すこし拗ねて言うと、マグナスは申し訳なさそうに頭を下げた。


「捉えようによってはそうなります。ですが決して捨ててほしいわけではなく、例えるなら引き出しの中にしまっておくと言いますか」

「ただの聖女ではダメなんですか?」

「申し訳ございません、花聖女は初代からの通称でしてですね…民衆からしたら、花を付けずに呼ぶのは不敬に当たるのです」


焦っているのか、困惑しているのか。捲し上げるように言うマグナスの頬に汗が伝っている。

少し文句を言っただけでこんなに大袈裟に困ってしまうのか。神官と言っていたしもしかしたら聖女への信仰が強いのかもしれない。

しかし、名前がレウィシアって。和名から洋名に変わるのはなんとも強い違和感がある。

唇を尖らせながらまあいいけどさぁ、と力なく呟くと、マグナスは困り顔から一転して安堵の表情を浮かべた。


「ありがとうございます、レウィシア花聖女」

「うわあ、なんかぞわっとした。慣れるまで時間かかりますね」

「仕方ありません、此方も無理を聞いてもらっている身ですので」


ふふ、と小さく笑うマグナスは本当にかっこいい。いや、綺麗と言った方が正しいだろうか。

ほんと天使みたいだなあ、なんて思っていると、扉の向こうが騒がしくなる気配がした。

お待ちください、という男性の声とそれに反発する男の声だ。


「しまった、もう来たのか…」

「誰か来たんですか?」

「はい。報告は義務ですので…こんなに早く来るとは思いませんでしたが」


マグナスが眼鏡のフレームに指を添えながら、低めの声で呟いた。

扉に警戒の視線を向けているところを見ると、あまり良くない事が起こっているようだ。

いったい誰だろう。花、改めレウィシアもソファから少し腰を浮かして扉を見た。

騒がしさはどんどん大きくなっていく。もしかしたら危険なのかも、と思っているとフェロニアがレウィシアの姿が扉から隠れるように少し翼を広げて位置を正した。


「おい、報告は正しいんだろうな!?」


男の怒鳴り声がしっかりと聞こえた。凛とした、張りのある低い声だ。声の位置的に扉の前まで来ているようで、思わず息を呑む。


「殿下、花聖女は降臨されたばかりです。報告は致しましたが、まさかすぐ来訪されるとは…準備ができ次第王城に向かいますので、とりあえず御帰城願えますか!」


マグナスが立ち上がり、扉の向こうに向かって声を張り上げた。

ただ事じゃない雰囲気にだんだん不安が強くなる。こそこそとフェロニアの翼に隠れるように身を縮こませると、大丈夫ですよ、とフェロニアが優しく言ってくれた。

さすが守護獣、狼狽えたりしない所は見習いたい。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ