25.おはな
良い天気だ。
寝起きのレウィシアはカーテンを勢いよく開けて窓から差し込む朝日を受けながら、真っすぐ上空へと腕を上げ大きく伸びをすると共に盛大な欠伸をお見舞いした。
窓の外は教会の庭園になっていて、青々とした葉が生い茂っている木は林檎の木だそうだ。秋になると美味しい実が生るらしいので、今から楽しみである。
国王を浄化するために王城を訪ねて、あれから一週間。
そう、一週間も経った。その間殿下からはなんの音沙汰も無しである。
もしや浄化の方法がわからない事に失望されたのか、或いは存在を忘れられているのか。
先日マグナスに尋ねると、どうやら彼とはちゃんと連絡を取っているようだった。
何故顔を見せに来ないのか何となく聞いたら、曰く顔を見たくないから、らしい。
無性に腹が立つ。聞かなければ良かった。
「朝食はいかがなさいますか?」
「今日も食堂で食べます」
「かしこまりました」
ここに来てから、ちゃんと毎日朝食を摂るようになった。別に自室で食べてもいいと許可を貰っていたが、折角なので食堂で数少ない神官と共に食べるようにしている。
なによりイケメンって目の保養なんだよね、と下心丸出しのまま鏡台の前に座ると、すぐにピレティが寝癖だらけの髪の毛を梳く。今日は編み込みハーフアップにするようで手触りの良さそうな布の白いリボンが台の上に置かれていた。
「そういえば、私の服とかって白色が多いですね?」
「教会の方で白を花聖女の象徴としているようです。花聖女様の黒髪に良く映えますので、御洒落のし甲斐がありますね」
ピレティが髪を手際よく編み込みながら嬉しそうに答える。元の世界に居た時はお洒落など二の次だったので、新鮮であり歯がゆい気持ちだ。
できました、と声が掛かったので鏡を見ながら出来上がりを確認する。綺麗に上半分だけ編み込まれた髪の毛に乱れは見受けられなかった。彼女はいつもいい仕事をする。
「そういえば、フェロニアさんが見当たりませんが…」
「守護獣でしたら、今朝も中庭に居ますよ。呼びますか?」
「ああ、今日もか…気が済むまで庭にいさせてください」
「かしこまりました」
王城を訪ねた日から、彼女は時間があれば教会の庭に居座るようになった。
何をしているのかというと、なんとレウィシアがこの世界に来た時に持ってきていた植木鉢の花を中庭に植えて育てている。しかもそれだけではない。なんと中庭の花壇に植え替えた直後、魔法のようにポンポンと芽を出して増殖したのである。彼女曰く、花壇いっぱいに株の根が広がり、そこから芽が出てるらしい。これこそ聖女の魔力であり、浄化の魔法に繋がるのだとか。たった一つの苗が瞬時にこんなにも広がるなんて確かに魔法のようだが、レウィシアからしたら異世界での不思議現象にしか見えないのでこの件は彼女に任せる事にした。
朝食の後にでも花壇を覗いてみようか。
ピレティと他愛のない話をしながら食堂に向かうと、そこには既に神官達が席に着いていた。
教会に仕える神官は僅か五人。その中で一際輝く容姿のマグナスがおはようございます、と心臓を貫く威力の笑顔で挨拶してきた。思わずふらりとよろめくが誰も支えようとしない。神官達はこういったレウィシアの奇行という名の反応に順応しつつあった。
「今日も美味しそうですね!いただきます!」
「花聖女の加護に感謝して、いただきます」
ピレティがいつも通り椅子を引いてレウィシアを座らせると、彼女はすぐに定位置である壁際に礼儀正しく佇んだ。
レウィシアが食事の挨拶をすればマグナス達が両手を合わせて祈りを捧げる。食前の祈りであり毎回行っている事らしいが、つまるところレウィシアに感謝して、という祈りだ。本人がやるのもなんだか違う気がするしそもそも恥ずかしいので、レウィシアだけは省略している。
「花聖女、今日はご予定がありますか?」
「いえ、フェロニアさんの様子を見に行くぐらいしかありませんね」
「では、私もお供してもよろしいでしょうか」
「もちろんですとも」
教会に居る間はピレティ、マグナス、フェロニアと共に居る事が多い。他の神官たちは一日の大半を聖務と呼ばれる日課に費やしている為、あまり共に居る時間が無い。
と言うよりも、マグナス以外の神官はあまり信仰心が高く無いようでレウィシアにそこまで興味を持っていないようだ。他の者にとってレウィシアは花聖女と呼ばれる他所から来たお偉いお方で、自分たちはそのお偉いさん身の回りのお世話をする奉仕者、という認識だった。
神様のように扱われるのは嫌だが、興味を持たれないのも嫌だ。複雑な乙女心である。
いつも通りにマグナスと会話をしながら食事を終え、中庭を囲う回廊へと向かう。
道中で彼は普段よりゆっくり歩くので、どうしたの私に見惚れてるの?と聞くとすぐに否定の言葉が返ってきた。
「いえ、国王の件ですが…状況が芳しくないようで。先日殿下から通達がありました」
「…殿下からはなんて?」
嫌な予感がする。あの殿下の事だ、すぐに浄化できなければ市中引き回しの刑とか言ってきそうだ。
「後日改めて国王の浄化をするように、と。できなければ市中引き回しの上打ち首獄門だそうです」
「なんてこった、想像を上回ってきやがった」
「流石に冗談だとは思いますが…」
「お父さんの命掛かってるのに冗談なんて言う人ですかね?」
マグナスは目を伏せると黙ってレウィシアに向かって両手を合わせた。成仏しろという事か、縁起でも無い。
しかし、早く浄化をしなければいけないのは間違いない。瘴気に侵されて尚生き延びていられるのは獣人が強靭な体を持つ種族だからとフェロニアが言っていたが、それでもそろそろ限界なのでは。
過去に瘴気に侵された人の情報をとっても、長く生き延びて一月だそうだ。早々になんとか浄化の方法を、と手当たり次第に教会にある資料を読み漁ったりフェロニアに話を聞いてみたりしたが、残念ながら過去にたった三人の花聖女の情報では何も解決しなかった。
あとはフェロニアが唯一固執している花壇だ。増殖したレウィシアの花、そして花から溢れる微かな聖女の魔力。
これに賭けるしかない。
「フェロニアさん、どうですか?何かわかりましたか?」
中庭に面した回廊の大きな窓から手を振りながら身を乗り出し、花壇の前でしゃがんで花を眺めていた守護獣に向かって叫んだ。
彼女は声に振り返ると、背中に生えた白銀の翼を少し広げながら笑顔で手を振り返してきた。
「花聖女ー!ご覧ください、花が全部枯れました!」
嬉しそうに何を言っているんだあの守護獣は。




