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23.世知辛いね


守護獣の話はわかった、と国王は聞き終わった後に相変わらず弱々しい声を発した。

しかし、その直後に激しく咳き込んでしまう。もしかしたらずっと体が辛かったのにフェロニアの為に我慢していたのかもしれない。

周囲が心配にどよめく。殿下は焦った表情のまま咄嗟に国王の背に手を回し、落ち着くまでひたすら撫でた。


「大丈夫、大丈夫じゃ。すまんの、寄る年波には勝てぬものだ」

「歳のせいだけではないでしょう。父上、どうかご自愛ください」


殿下がそっと国王の脇の下に手を入れて立たせようとする。ベッドに戻るよう促したのたが、国王は再び咳き込みながらそれを拒否した。しかし、と殿下が言い募る前に、国王の視線は守護獣の更に後方、扉の前に佇んだままのレウィシアへと向けられた。

あ、多分私の話になる。レウィシアの思い通り、彼は殿下の手を優しく払い退けてからレウィシアを手招きした。

近づいて良いものか。悩んでいると殿下が小さく頷いて合図する。

恐る恐る踏み出し、跪いた姿勢から立ち上がって数歩下がりながらレウィシアが寄ってくるのを待つフェロニアの隣に立つも、どうしていいか分からず取り敢えずお辞儀をしてみた。

予め礼儀作法を学んでいれば良かった。小さな後悔が緊張の真っただ中のレウィシアの心中に芽生える。


「姿を隠しているのは、何か事情があるのか?」

「あ、ええっと…」


どう答えたものか。右へ左へと瞳を動かしながらもごもごと口籠っていると、殿下からの圧を感じる。

この状況でまた失礼な事を言われたりされたりして暴れては大事なのでできれば殿下の事は思考の外に置いて置きたかったが、ちくちくと刺さる視線に耐えきれず布の下からちらりと様子を窺ってみる。

言・う・な。

たった三文字が殿下の顔面に大きく書かれてるような気がした。


「えっと、ごめんなさい。事情は言えません」

「ふむ…まあいいだろう。其方が花聖女だな?」

「はい。山木…ではなく、レウィシアって言います」


ぺこり、と頭を下げながら自己紹介すると爪先から頭の天辺まで値踏みするような視線を向けられる。

レウィシアの緊張は限界にまで達していた。国王の目の前に出るなんて生まれて一度も想像したことすらなかったし、挨拶してその後どうするかなんてわかりもしない。

国王が次の言葉を発するまでの時間が異様に長く感じた。


「もう知っていると思うが、余の体は瘴気に蝕まれておる」

「はい、そう聞いてます」

「其方なら浄化ができるだろう。国の為にも余はまだ死ぬわけにはいかぬ。頼めるか?」

「はい、えっと…やってみます」


極度の緊張にがちがちに固まった体を無理やり動かして、一歩前に出る。一度だけフェロニアを振り返ると彼女は安心させるように頷いた。

一度大きく息を吸って、両手を国王に向かって翳す。瞼を閉じて集中すれば、倣うように国王も浄化に備えて瞼を閉じた。

花聖女として瘴気を浄化する。その為にレウィシアは、山木花はこの世界に来た。この浄化は記念すべき第一歩なのだ。

皆が固唾を飲んで見守る中、緊張を解す様に深く呼吸をする音だけが微かに響く。

表現し難い、目に見えない力が足の先から徐々に駆け上がっていき、まるで全身の血管を枝分かれに伝わっていくような感覚がした。これだ。レウィシアが聖女の魔力を感じて閉じていた目を見開く。ただならぬ力に被っていた布が少しだけはためいた。

周囲に緊張が走る。


「………」


しかし、何も起こらなかった!

レウィシアは目を見開いたまま、唇をきゅっと噛む。

部屋の中の全員が浄化は?と言いたげに訝しそうに次の行動を待った。

国王も神聖なる魔力を期待していたのに何も起こらず、閉じていた瞼を上げて無心にレウィシアを見る。

スゥー、と音が鳴るように息を吸いながら、レウィシアは掲げていた手を下ろした。

おかしい。浄化ができない。もしかしたら聖女の魔力が思っていたのと違っていたのかもしれない。

少しの間考えた後、もう一度バッと音がするほど勢いよく国王に向かって両手を掲げた。

急いでもう一度浄化に備え瞼を閉じる国王、そして佇まいを直しながらもう一度固唾を飲んで見守る殿下。

もう一度、集中をするんだ。体内を駆け巡る魔力を必死に探す。脈打つ鼓動、躍動する筋肉。全身に潜む魔力を掌へと搔き集める。

今だ。悟ったレウィシアが全身に力を入れて、今浄化の魔力を解き放つ!


「ふんっ!…」


力んだ声と共にあるかどうかわからない腕の筋肉がキュッと引き締まった気がした。

静寂が訪れる。マグナスが額に冷や汗をかき始めた時、レウィシアが涙ながらに彼を振り返った。


「…た、たすけて…」


裏返りそうな声に殿下が何かを悟った。額を掌で覆うように項垂れ、呆れと共に溜息を吐く。


「浄化ってどうやるの…」


半泣き状態のレウィシアに、あらあらとすぐ後ろの守護獣が意外そうに口を覆う。

そもそも瘴気の事も浄化の事も、それどころか聖女の魔力についてすら聞いていない。どうすれば浄化できるなんて知る由が無いというのに今の今まで誰も思い至らなかった。というよりも、一人を除いてこの場に居る誰も浄化についての知識が無い。

レウィシアの問い掛けに唯一の頼みの綱であるフェロニアへと瞬時に注目が集まった。


「その…浄化は花聖女によって多様な遣り方でして。『こうやる』という概念が無いのです」


つまり、守護獣が把握しているのは飽くまでも『浄化ができる魔力の持ち主』という事であり、浄化自体の方法はレウィシアにしかわからないという事だ。

国王の前まで来てそりゃないよ。この状況どうするの、という嘆きが布越しに伺えた。



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