22.後悔
「かつて、花聖女はその身を犠牲にしてこの国を外界から隔絶された国にしました。私はずっと、その事を後悔しておりました。孤立した国は永遠に昔のまま、いえ、もっと酷い有様と言っても過言では無いのです」
フェロニアの言葉に、国王は肩眉を上げて少しだけ首を傾げた。
酷いと言われても国王には心当たりがない。国民の為になるよう善政を心掛けていたし、世論を聞いても国が傾いているようには思えない。
事実、国民にとって国王は誉れ高い存在だった。
「山を氷で覆うべきではなかった。今更こんな事を言ってもなんの意味がないのはわかっています。ですが、時が経てば経つほど、思わずにはいられないのです」
「人間からの侵略を受け入れるべきだと、守護獣はそう申すのか?」
決して怒っているわけではない、国王の純粋な疑問にフェロニアはゆるりと一度だけ首を横に振った。
「人間との蟠りをどう思われますか?」
質問に質問で返された国王は、ふむ、と吟味するように長めの息を吐きながら顎に手を当てる。少しだけ耳がピクリと動いた。
「正直なところ、伝承の中での話でしか知らぬが信用ならぬと思う。だが、それが全てでは無い事はわかっているつもりだ」
「ええ、そうでしょうとも。貴方は歴代の王の中でも最も情が深いお方です。でも、だからこそ。貴方は人間を厭う国民の気持ちに答えてしまった。孤立した国は孤立したまま、私は花聖女と共に山の頂に行ったあの時から、こうやって国王の前に居る今も、たった一度も人間との和解を求める声を聴いた事がない」
「隔絶しておきながら、人間達と交流をしろと?それは随分と勝手な物言いだと思わぬか」
「そうではありません。私はただ一言、山の氷を溶く方法はないのかと、言ってほしかったのです」
己たちの力でなんとかしろというわけではない。ただ人間との争いを収める為の行動をしてほしかった。
国王は暫く目を閉じて考えたあと、付近で佇み事態を見守っていた側近を振り返った。
「おぬし、人間の事をどう思う?」
「はあ。失礼ながら、どうと言えるほど存じません。その…もし目の前に居たらという話でしたら、忌避するかと思われます」
突然の話題に戸惑いつつも本心を言う側近に、国王は再びふむ、と唸って思案する。
それから再び悲しげな顔を浮かべるフェロニアに視線をやった後、一拍置いてから殿下を見た。
「アドロガンティスよ、おまえはどう思う」
「は。人間など恐れるに足りません。従順ならば良し、反抗するなら捻じ伏せれば宜しいかと」
この国の外界に住む人間に対しての問いかけの筈だが、心なしかレウィシアに対する返答のような気がした。
居心地の悪さに身動ぎするレウィシアの心境を知ってか知らずか、国王はまたフェロニアに視線を移した。
しかし口を開くこともなく、フェロニアの言葉にどうしたものかと考えが纏まらないようだ。
前例がない故に、簡単に人間との和解を進めることはできない。
「私は今までに三人の花聖女を迎えております。一人目は伝承に残る花聖女。彼女は心お優しいお方で、山を凍らせる他に争いを止める手段が思いつかない事を嘆いておりました。二人目の花聖女は、異界から来た身でありながらご立派にお役目を果たされました。三人目の花聖女は…獣人であるが故、人間の事などにべもない様子でした。人間の事を罵ることさえありました。私はそれがとてつもなく悲しく思うと同時にこの国に対して失望をしてしまったのです。それが、私の罪です」
国王はただ黙ってフェロニアの話を聞いている。ちゃんと彼女の言葉を受け入れているようだ。
「私はその後、礼拝堂からただ無心にこの国を見守っていました。延々と人間に対する嫌悪を聞きながら。やがて、国民から人間という言葉を聞かなくなる頃…同時に花聖女という言葉も聞こえなくなって漸く、私は自分の犯した過ちに気が付きました。いつの間にか国民は己の足で立ち上がり歩んでいた。花聖女など必要ない、私の存在等、誰も必要としていない事に気が付いてしまった…」
「そうして、守護獣と花聖女は伝承の中だけの存在になってしまったのか。では何故、今になって花聖女を連れてきた?」
「それは…」
フェロニアは少し言い淀んだ後、国王の隣で黙って話を聞いていた殿下に視線を寄こした。
不意に目が合ってしまった殿下は微かに狐耳をひくつかせ、俺が一体何かしたのか、と疑問を載せて見返す。
「あの時、殿下が礼拝堂にいらっしゃったからです」
「あの時…?」
「はい、殿下が初めて教会を訪れた、10年前です」
それがどうしたのか、と殿下は困惑しながら微かに首を傾げる。同時に当時の事も思い出しているようだが、殿下にとっては政務の一つだった為にあまりこれといったことが記憶に残っていないようだ。
「俺は普通に教会の存続の可否を確認しに行っただけだが」
「ええ。それが私がこの国に再び視線を向けるきっかけとなりました。失望してしまった私は、ちゃんと私と花聖女を必要としてくれている存在に気付こうともしなかった」
そう言ってフェロニアは跪いた状態のまま首だけを少し振り返って、扉の付近で立ったままのレウィシアとマグナスを見た。その視線はどこか暖かい眼差しだ。
「教会も取り壊されて、私の居場所がとうとう無くなると、ぼんやりと思っていました。ですが私の居場所はすぐ近くにあり続けた。私の存在を信じてくれている人が居ると教えてくれた。私が再び花聖女を迎えに行こうと決心したのは、殿下のおかげなのです」
「そんなつもりは無かったがな…」
マグナスは初めて殿下に会ったあの日を思い出し微笑みながら頷き、殿下は少し罰が悪そうな顔をして呟いた。彼からしたらいつも通りの政務だったかもしれない。しかしフェロニアにとっては良い転機となったのだ。




