19.ブチコロ
「教会では何か催し事などなさらないのですかな?」
「今は催し事ができる状態ではないので」
「おお。これは失礼しました。ヴァルカン神を崇める大聖堂の方では今月末に祭典を行うものでして」
「存じております。国を挙げての祭典ですから」
「今年も盛大な催しになるでしょうなぁ。そのぉ…そちらの教会の、花聖女?とやらも、信者が増えればいつかは国民全体の、それはもう派手な祭典ができるでしょうねぇ…」
「そうですね。その時が来る事を願っております」
なんという嫌味のオンパレードか。マグナスは口元に笑みを浮かべながら右から左へと回避している。
レウィシアはいつの間にか手を爪が食い込むほど強く握りしめていた。力を抜くように手を小さく振り払い、ふと、フェロニアの手を握っていた感触が消えてるのに気づく。
そういえば彼女の姿を見られてしまったら大問題だとこっそり後ろを盗み見るが、そこに彼女の姿は無かった。いつの間に、どこに行ったんだろうか。わからないがドールス卿に姿を見られてないようでとりあえず良しとする。
「叔父上、それで私に何の用だったのですか」
「ああ、そうでした」
殿下はマグナスから自分へと標的を移させる。嫌味という名の挨拶はもう十分だろう。
「そのヴァルカン神の祭典についてです。今年は我が王家から多量の献金をしたいのですが。我が国を代表する神ですからね、鮮少では失礼になってしまいましょう。どこぞの教会のように信者が少ないわけでもないし、例年通りでは聖堂の補修ですぐに使い切ってしまうようで」
まだ言うか。せっかく殿下が話を逸らしたというのに、無駄骨になったようだ。
ちらちらと横目でマグナスを見ながら卑しい笑みを口元に浮かべているドールスは、柔らかい笑みを浮かべるだけで逆上も口答えもしない大神官に更に付け上がった。
「おっと、失礼した!大神官の前で言う事ではありませんでしたなぁ、失敬失敬!お許しください、なにせ居るかどうかわからぬ花聖女の存在など私からしたら塵芥に等しいものでして!自然と仕える者がいるという事を忘れてしまうのですよ!」
「仕方のない事です。どうかお気になさらずに」
マグナス、なんて聖人なんだ。ここまで言われても表情一つ変わらない。
ここで迂闊に騒いではいけないという事を彼は十分理解していた。
それに反してレウィシアは腹正しくて血管がぶち切れそうだ。堪忍袋の尾が限界だと訴え始めているが、無礼な者に対しての正義の鉄槌が下らないのは標的にされたマグナスが耐えているからだ。
「それにしても、貴方の有能振りはよく耳にしますよ。敬虔なる信者だとか。どうです?いっその事ヴァルカン神に仕えては?」
「叔父上、そこまでに。彼は私の友人です」
「だからですよ!殿下も崇めるヴァルカン神にお仕えされれば、さぞ待遇もよくなるでしょう!みすぼらしい祭服など着なくても良くなりますよ!」
「いえ、私は花聖女にお仕えする身なので…せっかくの申し出ですがお断りさせていただきます」
殿下の制止も聞かずに更に嘲るとは、この男は本当に悪い意味で良い性格をしている。王族の血筋だから怒られないとでも思っているのだろうか?
現に殿下も口で軽く諫めるだけでそれ以上は何もしない。もっと、何かしろよと背後から圧を掛けてみるが伝わっているのかいないのか判断できない。怒ってい良いんだよマグナスさんと念派を送ってみるが届いているのかいないのかわからない。恐らく届いていないだろう。
隠れなければいけない身でなければハッキリと言ってやるのに。もどかしさに内心悶えていると、ドールスはマグナスの事をこれでもかと侮蔑する目で見下ろしながら余計な一言を放った。
「いくらでヴァルカン神に仕えますかな?」
この男、金で買うつもりか。
流石のマグナスもこの一言は許せなかったようで、作り笑いが一瞬崩れる。
彼はつい下から睨むように見てしまい、一瞬だけドールスが不快そうに顔を歪ませた。
この手の男に反抗してはならない。余計に陰湿に付き纏われるだけだ。そうわかっていたのに反応してしまった。
殿下も眉間に深い皺を刻み、事態を収束するために口を挟もうとした。
だが先に行動したのはレウィシアだった。
「ブチコロォォォォス…」
「「!!!!???」」
わざとではない。ついうっかり声が出てしまった。
その場にいた全員がギョッと目を見開いて声の方を凝視して、少しの間だけ沈黙が流れる。
絶対に声を出してはいけないとわかっていた。そのためにマグナスは耐えたというのに。
しかしドールスのあまりの言い振りにとうとう堪忍袋の緒が切れてしまったのだ。
「ブチコロォォォス…」
「な、今、なんと言ったのですかな?そこの…そもそもソレはなんなのですかな!?」
念のためもう一度言ってみた。レウィシアも口には出さないようにしていた為若干パニックになっている。
ドールスから見れば得体の知れない布を被ったナニカで、屈んだ状態なのと垣根で足元が隠れているのが幸いしたようだ。人なのかどうかも怪しいナニカに突如ぶち殺す宣言されたので明らかに動揺している。
殿下はすぐにドールスがまだ正体に気づいていない事に気づき、布の影から衣服などが見えないように更に目深に引っ張った。
「こ、これは…珍獣です!」
「!?」
「そうです、珍獣ですこれは!」
「!!?」
殿下の誤魔化しに気づいて、察したマグナスが更に続けた。
珍獣扱いされて思わずええ、と言いそうになるも殿下に強く頭を押さえつけられ阻止される。
若干力が籠って痛いのは気のせいではない。レウィシアの失言に対する怒りが手を経由して伝わってきた。
「なんとも珍妙な声で鳴く珍獣が発見されまして!ぜひ国王にと大神官が献上なさってくれたのです!」
「ブ、ブチコロオオオオオス」
「ほら、聞いた事も無い鳴き声でしょう!あまりにも珍しいので日頃お世話になっている国王陛下に是非ご覧になっていただきたいのです!」
「ち、珍獣…そういう事でしたか…」
「ブチコロシ…」
矢継ぎ早に繰り出される誤魔化しに少々訝し気だが少しずつ騙されてきた。
ドールスは困惑しつつも顎に手を遣りながら珍獣もといレウィシアをまじまじと見る。
少し珍獣っぽくぶち殺し宣言してみたがバレていないようだ。
「しかし実に珍しい鳴き声ですな。いったいどこで見つけたのですかな?」
「こ、これは…」
「ドブです!ドブに潜んでました!」
「ドブ!!??」
「今ドブと鳴きましたぞ!」
「ドブとも鳴くんです!ドブが好きなので!」
殿下が言い淀んでいるとマグナスがはっきりとドブ宣言するではないか。
まさかの人物からの追い打ちにショックを受ける。そのドブは体臭から発想を得たわけではないだろうな。問い詰めたいが今はできないのが口惜しい。だがドブは好きではないと後ほど絶対に伝えなければ。
「…確かに、ほんのりドブの臭いが…」
「ウウ…ブチコロスゥ…」
「なんと、泣いておりますぞ!」
「ドブが恋しいようです」
「ドブが故郷なもので…」
「そ、そうなのですか…」
「ウ、ウゥ…」
殿下は嬉々として、マグナスは少しだけ申し訳なさそうに言う。
もう完全に体臭と連想してるじゃないか。誤魔化そうとする度に涙が流れる。
ドールスは完全に信じたようで、国王陛下も恐らくお喜びになるでしょうと言い残してそそくさと歩き去っていった。その背後からはあまり関わらないでおこう、という思惑が駄々洩れだ。
去ったのを確認する為無理やり下げられた布を少し上げてドールス卿を垣間見る。
彼の頭には黒い犬耳が生えていた。変な珍獣体験に気が削がれたのか少し垂れ気味だ。
ちくしょう、黒わんこちゃんめ。お前のおかげで大変な目にあった、この恨みは絶対に晴らしてやる。
レウィシアはその後姿を涙に滲む視界でしっかりと目に焼き付けた。




