1.豪華絢爛すぎて怖い
緩やかに瞼を上げる。どうやら意識を失っていたようだ。
いつの間に気絶したのか。先ほどまで得体の知れない女性と共に世界の道だとか言われている宇宙空間を歩いていたはずなんだが。
あ、わかったこれ夢か。なんだ夢かあ。
靄がかかったようにぼーっとする頭でそんなことを考えていると、不意に顔が視界にスライドインしてきた。誰かが花の顔を覗き込んだようで、ぎょっと目を見開く。驚きすぎて声もでなかった。
「お目覚めになられた!早く殿下に報告を!」
顔はすぐに視界から消えると、大声で誰かに指示を飛ばした。
物腰柔らかそうな声だな、なんて思っていると今度は先ほどの得体のしれない女性がにこやかな顔で視界にスライドインしてくる。彼女の白銀の髪が少しだけ顔に掛かってこそばゆい。
「起きてください。これから忙しくなりますよ」
女性はそういうと、花の頭の後ろに手を回してそのままぐいっと状態を起き上がらせた。
掌の下の地面は硬くてひんやりしている。どうやら石造りの建物の中にいるようだ。
ばたばたと慌ただしい足音が周囲を囲む中、思い出せなかった気絶する前の記憶が次第に復活してきた。
そうだ。世界の道を歩いているといきなり到着しました、と言われた途端落下したんだ。そもそも真っ黒空間で目に見えない道を歩いていたから落下したのかどうかもわからないが。
突然の浮遊感に絶叫し、そのまま意識を失ってしまい、そして今に至る。
なるほどね。よくわからん。
「具合は大丈夫ですか?その…荷物、お預かりしましょうか?」
「え?ああ…」
最初にスライドインしてきた顔の人に言われて、まだ自分が植木鉢を抱えていることに気が付いた。
床に吸い込まれてから今までよく無事に辿り着いたものだ。土が零れた様子もない。季節外れに花は咲くし、いったいどうなっているのか。
うーん、と唸りながらレウィシアを見る花に何を思ったのか。
スライドインしてきた顔の人(よく見ると見事な金髪碧眼の青年だ。しかも超美形。視力が弱いのか黒縁眼鏡をしている)は、受け取ろうと差し出した手を引っ込めた。
「失礼しました。私はマグナスといいます」
「あ、どうも。山木花っていいます。状況よくわかってないです」
はよ説明しろ。そう含みを持たせて言うと、マグナスと名乗った青年は困ったように笑った。
「えっと…はい。すぐに説明をしますが…すみません、もう一度お名前をお伺いしても?」
「???山木、花です。山木が姓で花が名前」
聞こえなかったのかな?もう一度はっきりと言うと、彼は人差し指でくいっと眼鏡を上げ、数秒その姿で固まった。
レンズが光を反射してちょっと何考えてるかわからなくて怖い。
「では山木様。説明の前に、お部屋にご案内します。ここは礼拝堂ですので」
「はあ…礼拝堂?…はあ…」
もう溜め息まじりの反応しかだせない。
マグナスは紳士宜しく優雅な動作で座ったままの花に手を差し伸べたので遠慮なく掴んで立ち上がる。
なんだろう、その時のマグナスの顔がちょっと嬉しそうに見えた。気のせいかもしれないが。
マグナスは此方へ、と進む方向を指し示しながら花に向かって軽く礼をする。
これも気のせいかもしれないが、この所作と言い様付けの呼び方と言い、なんだか目上の人への仕草を取っているように見えた。
まあこの後の説明でわからないこと全部聞けばいいか、と案内されるまま歩き始めれば、得体の知れない女性も後を着いてくる。軽く振り返ってその表情を見ると、なんとまあ良い笑顔か。
嬉しそうに細められた赤い目はジッと花を見ていた。
「あの…顔に何かついてます?」
「いえいえ、お気になさらず」
気にするなと言われても、穴が開くほど見つめられては居心地が悪くなる。
気を紛らわせるために今歩いている場所をきょろきょろと見回してみた。
壁も床も天井も白い。そして豪華な装飾が至る所に施されている。先ほど礼拝堂と言っていたが確かにテレビや動画で見る海外の教会ってこんな感じだった。
歩を進めると定期的に表れる壁沿いの豪華な柱には、これまた豪華な蝋燭が掛けられていた。
綺麗だな、という感想と古臭いな、という感想が同時に出てくる。先ほどから電子機器がいっさい見当たらないのだ。
金の刺繍で縁取りされた豪華なカーテン、色と柄を合わせた長い絨毯、少し塗装が剥げたアンティーク調の棚…どれも高級で花の給料では手が届きそうにない。
「よろしければ、後日ご案内しますよ」
「あ、はい。ぜひお願いします」
花の興味津々な顔を見て察したのか、マグナスが少しだけ顔を振り向かせて小さく笑いながら言った。
摩訶不思議な状況だというのに怒りが込み上げてこないのは、彼の独特な喋り方のせいだろうか。
穏やかに、しかし間延びしない話し方は不思議と心を落ち着かせた。
どれぐらい歩いただろうか。この建物は結構広いようだ。
大きな両開きの扉の前に着くと、マグナスと同じ服を着た男性が二人、両脇に並んでいた。
彼らは一礼すると、重そうな扉を一人片方ずつ、ゆっくりと引いて開ける。
ぎい、と蝶番の軋む音がして開かれた扉の先には、座り心地の良さそうな真っ赤なソファと背の低い丸テーブル、壁沿いには天井まで届きそうなほど高い本棚がずらりと並べられていた。
所々にある調度品は新品というよりも長年そこに置かれていたのか経年劣化しているように見えるが、それでも綺麗、と思えるのは毎日入念に手入れされているからだろうか。
「こちらへお座りください」
ほお、と感嘆の息を吐きながら部屋の中を見渡している内に、マグナスがソファの前に立ち、テーブルを挟んだ向かい側のソファを指し示した。
いやあ、汚しても弁償できなさそうだから座りたくないなあ、と立ち止まっていると、得体の知れない女性にとん、と背中を押される。その表情は笑ってはいるがさっさと座れという圧を感じた。