17.勇気を出して
「いい加減になさい!神聖な教会の目前でなんて事を口にするんですか!今のは殿下が悪いですよ!」
「むう…」
なんとあのマグナスさんが本気で大激怒している。
彼はレウィシアの鉄槌を受け反撃しようとしたところ、どこから取り出したのか分厚い聖書のような本を持って殿下の頭部に容赦なく振り下ろした。ゴッ、と硬い物同士がぶつかる鈍い音がして、殿下は堪らず頭を抱えてしゃがみ込む。どうやら一番硬い角の部分が当たったようだ。よく見たら強打した角が少し凹んでいる。
彼はあまりの形相に慄くレウィシアを振り返ると、羞恥と怒りの混じった表情を抑えて諭すような口調で続けた。
「花聖女も、すぐに暴力で訴えるのはおやめください。どんな理由があれ、まず拳ではなく言葉での対話を試みないと」
「スミマセン…」
「おまえのコレは暴力ではないのか」
「………」
「おい!こっちを向け!」
殿下の言葉に顔を逸らしたまま何も答えない。
なるべくマグナスさんを怒らせないようにしよう。しかし殿下への暴力を辞められるかと言ったら自信がない。また失礼なことを言ったら手が出る自信ならあるが。
「まったく…とりあえず王城へ行くぞ。国王の容体は思ったよりも悪い」
「瘴気ってそんなにやばいんですね…」
頭を摩りながら立ち上がり兵士が持っていた荷物を受け取る殿下の言葉に、何んとなしに呟けば殿下がくるりと踵を返して見てくるではないか。
何か変な事を言ったのかと不安になっていると、彼は受け取った荷物…大きめの布をレウィシアに向かって雑に投げつけた。
わ、と少しの驚きが声に出る。なんだと思えば見た目通りのただの真っ白な布だ。頭から被ったが足首まで隠すほどの長さがあり、若干厚めだ。
「この馬鹿になんも説明しとらんのか」
「時間が無かったので…」
指をさしながら言うこの馬鹿というのは言わずもがなレウィシアの事だ。
瘴気の事も教えてほしいがこの布の意味も教えてほしい。
邪魔だったので頭から布を下ろそうとすると、マグナスの手によって制止されてしまう。
そのままで、と言いながら雑に被っていた所を綺麗に被り直させてきたので余計に疑問に思った。
「あの…」
「碌に説明できないままになってしまい申し訳ありません。決して、他の者に姿を見せないように」
ぐい、とより目深に布を引っ張られる。視界が悪くなるから取りたいのだが、有無を言わさない彼の言動に大人しく従うことにした。
マグナスは布の中にすっぽり隠れて姿を視認できなくなったレウィシアに満足そうに軽く頷くと、彼は確認するように鼻をすん、と鳴らした。
「失礼、」
「っ!!!????」
たった一言断りを入れて、突然マグナスの顔が首元に近づく。近づくと言っても触れそうなほどではないが、邪魔な布を捲り上げて顔を寄せてきたので心臓が大爆発寸前まで脈打った。
奇声を上げなかったことを褒めてほしい。心の中では阿鼻叫喚だが。イケメン天使の首元急接近とか、予期していなかった分より心臓に悪いのだ。
叫びそうな口を引き結ぶがどうしても声が出てしまいそうになり口がぱんぱんに膨れ上がる。呼吸すらできなくて苦しい。
何度か鼻を鳴らして体臭確認をした後、漸くマグナスは顔を離した。
レウィシアは待ってましたと言わんばかりに大きく深呼吸をする。
「大丈夫ですね。でも香の匂いもそこまで長くは続きません。そろそろ出立しましょう…どうしました?花聖女」
「天然かよお……」
やだこの天使本当にいろんな意味で怖い。神聖な教会の前でなんてことするんですか、と文句を言ってやりたいがその余裕もない。
高鳴る胸を抑えるように手を当てながら深呼吸を続けていると、成り行きを真顔で眺めていた殿下とバチリと目が合った。
なんだか恥ずかしくてジト目で睨めば、彼はすぐに鼻を鳴らして見下してくる。
「あいつはお前を人として見做していないようだぞ」
「うっさいわ!」
マグナスはただ体臭が隠れているか確認しただけ。他意等無い事ぐらいわかっている。
それでも乙女はイケメンにあんな事されたら照れてしまうものなのだ。デリカシーの足りていない殿下には一生わからないだろう。
「もう、行くならとっとと行きませんか。王城ってここから遠いんですか?」
「ああ、王城なら…」
言いながらマグナスは指を指した。入口の近くに自生している細身だが背の高い木々の上から顔を出しまくっている建物を。
その距離は直線で歩いて五分ほどだろうか。思った以上に近い場所に王城があった。
「近い!」
「教会は王城の敷地内に建てられていますので」
「おまえ…お隣さんかよ…!」
通りですぐに来たり帰ったりするわけだ。自分でもよくわからないがお隣さんというのがなんだか気に入らなくて歯ぎしりをする。
「お隣さんどころか敷地を貸している大家だがな」
「ぐうっ…」
「貴様は俺の恩恵を受けていることを無様に身に沁みらせろ!」
「ううっなんか嫌だ!」
先ほどの鉄槌のお返しだと言わんばかりに見下してくるが、事実の為言い返す言葉が無い。
悔しい。今すぐにでも暴力に訴えてやりたいがマグナスに注意されたばかりの為拳を握って堪える。
殿下は散々罵言交じりに高笑いしたあと、さて、と切り替えてフェロニアを見た。
「そこの守護獣はどうする。その面を下げて王の前に姿を現すつもりか」
確かにこのままでは不味い。泣きはらした瞼の腫れは引きそうにもないし、この状態の守護獣を見た国王がなんて思うか。どんな反応をするかわからない以上、瘴気で弱っている国王に余計な刺激を与えない方が良いのかもしれない。
「フェロニアさん、教会で待ってますか?挨拶とかなら別に日を改めても大丈夫ですかね?」
今は国王の浄化とやらに向かうのが目的だ。フェロニアに聞いた後殿下を振り返って聞けば、彼は素直に構わん、と言ってくれた。また文句を言われると思っていたので少し拍子抜けだ。
だがレウィシアの気遣い交じりの提案を拒否したのは意外にもフェロニア自身だった。
「いいえ、私も行きます。言ってちゃんとお話をしないと」
「でも、」
「言ったら楽になるといったでしょう、花聖女。話を聞いていただけますか、殿下」
一歩前に踏み出して、殿下の前で胸に手を当てる。
彼女にとっては勇気ある決断だった。
「無論だ。守護獣に話す気があるのなら聞くぞ」
彼は当然のように言い放つとすぐに踵を返し王城へと向かい始める。
フェロニアは少しだけ前に進めたことにホッと安堵の息を吐いた。




