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14.マグナスさん


「私は孤児の身でした。物心ついた頃からここに居るので、正直町の暮らしについては詳しくないのです」


おねだりの甲斐があって、昔を懐かしむように話し始めてくれた。

わあ、イケメン天使の幼い頃ってどんなだろう。きっと天使のように可愛かっただろうな。だって天使だし。

おねえちゃん、と舌足らずな声で上目遣いに見上げられているところを想像して思わずにやあ、と気持ち悪い笑みを浮かべてしまう。


「いつも当時の大神官が、寝る前にいろんな話をしていてくれて。花聖女の存在もそうやって知りました。幼かった私は、全てがまるで壮大な冒険譚のように感じられたのです」


マグナスは脳裏に蘇った前大神官との記憶を思い出す。

夜寝れないとき、彼の部屋に灯りが付いていれば迷わず中に入っていた。

彼はそんなマグナスを一切邪険に扱わず大きな毛布を一枚差し出し、暖かい暖炉の前で大きな本を片手に、いろんな話を聞かせてくれた。

森の麓にある湖の精霊の話、苦労しつつも手を取り合い幸福を手に入れたとある家族の話、大草原に立つ大きな家で悠々自適な暮らしを送る孤独な男の話。

例え作られた話であっても、幼い彼にとっては全てが事実だった。

眠気を誘う為に話を聞かせていたのに、逆にその純粋な眼差しをきらきらと輝かせてしまうものだから呆れたように笑われてしまう。


「私にとっては衝撃的な物ばかりで、いつか教会の外に出て、実際に見てみたいと常々思っていました。でも、年を重ねるに連れて空想と現実の区別もつくようになって。その中で、花聖女の伝承だけが現実の中のお話でした」

「なるほど。サンタクロースは居ないと知ってしまった時と、実は親がサンタクロースだったと知ってしまった時と似てますね」

「サン…?」

「すみません、続けてください」


レウィシアは幼い頃を思い出していた。

真夜中にサンタを出待ちする為寝たふりをして待機していると、こそこそと隠れるようにプレゼントを枕元に置きに来た両親。

あの現場を目撃した時の衝撃は今でも忘れられない。

似てるか似てないかの審議は別として、聞き覚えのない名前に思わず聞き返してしまったマグナスに続きを促す。


「……私が15になった頃、前大神官は次第に病に体を蝕まれていきました。彼は歳だからと言っていましたが、私には病の原因がこの教会にあるとわかっていました」

「えっ」

「この教会、これでもマシになったほうなんですよ。長い花聖女不在の為信仰は薄れ、誰もこの教会に興味を示さなくなりまして。献金もなく、老朽化した設備を直すこともできず、神官の数も両手の指で足りる程しかいませんでした」

「ええっ」

「国からの補助もどんどん少なくなって、庭ににある小さな畑で作った野菜を食べてどうにか食いつなぐ毎日が続いていると、とうとう前大神官は起き上がることもできなくなって」

「……」

「それからは一番花聖女を信じていた私が前大神官の代わりをするようになりました。資金もなく食べ物もないのにそれでも教会として成り立っていた前大神官の仕事はとても大変で、私もいつか同じように体を壊すんだろうな、と思っていた頃…」


不意に言葉を区切るので様子を窺う。どうやら続きを言うべきか迷っているようだ。


「殿下が初めて教会を訪れて、現状を打開してくれたのです」

「げえっ」


戸惑う理由がわかった。殿下はこんな所でも出てくる。

心底嫌そうに絞り出された呻き声に、マグナスは苦笑を溢した。


「彼は教会を見るなり即座に取り壊しを決定しました。ですが、私が花聖女を信仰していると言うとすぐに撤回をしたんです。あの時の事はよく覚えています。お連れの方が撤回に苦言を溢すと彼は私を庇ってくださった」

「そ、そうなんだ…」

「『何を信じるのかは個々の自由、国民の自由を奪うような圧政はしない』。たった一言で回りを黙らせ、更に国の補助まで増やしてくれました」

「へ、へえ…」


あの殿下がねえ。口に出すのは野暮なので言わないが、正直信じられない気持ちだ。


「生活はまともになりましたが、残念ながら前大神官はそのままお亡くなりになられました。ですが息を引き取る直前、彼は穏やかな顔で一言残したのです。『今、花聖女様の元へ向かいます』と…」

「……ん?」


マグナスは両手を合わせ、まるで空に居る神様を崇めるように祈りを捧げ始めた。

だんだんと熱く語り始めた彼に、なんだか嫌な予感がする。彼は両手を合わせたまま徐に廊下の窓際へと歩みより、その白い翼も相まって神々しい体に太陽の光を一身に浴びせ始めた。


「その時私は悟りました。全ては花聖女様の思し召しだという事に」

「……んん?」

「貧しい教会も、私の身の上も、前大神官から続く苦労も、殿下のご来訪も、全ては花聖女様への信仰を強めるための試練だったのです」

「……んんん???」

「花聖女様のおかげで今の私が居るのです。花聖女様への信仰が無ければ私は一人で生き永らえる事もできなかったでしょう」

「いやそれは言いすぎだと思うけど…あのー、マグナスさん?」

「花聖女様のおかげで少しは信者も増え、老朽化した教会も徐々に補修しつつあります。この調子で頑張ります花聖女様…」

「だめだこりゃ」


声をかけてもレウィシアの事は意に介していない。どうやらお祈りに集中しているようだ。

一人で暴走し始めた彼にどうしたものかと悩む。筒の中の香を確認すると、長さは殆どなくなりあと少しで煙も消えるだろう。

そろそろ出てもいいか、と扉を開けて外に出れば窓際の自分の世界に浸っているマグナスが視界に入る。

もう一度声を掛けようとしたが、その前に。ずっと静かにしている存在がもう一人いたではないか。


「なんか大人しいですね、フェロニアさん…」

「……うっ、ひぐっ…」

「フェフェフェフェフェフェロニアさん!??泣いてる!?」


扉のすぐ横の壁に凭れ掛かるように座り込んでいた彼女は、顔を掌で覆って嗚咽を漏らしていた。


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