12.反省しません
ちょこん、と床に正座させられているレウィシアの隣には同じくちょこん、と床に正座するフェロニアがいる。
同じ姿勢で正座する二人の違いはと言えば、レウィシアの頭にできた大きなたんこぶだろうか。
目には目を歯には歯を。そして拳には拳を。
殴られた事とレウィシアを邪険に扱う話は別だと言った殿下は容赦なくお返しアッパーを繰り広げようとしてきた。
顔だけは、顔だけはやめてと涙ながらに必死に懇願するレウィシアに根負けして、仕方なく頭に拳骨を落としたのだ。
女性に対して暴力を奮うとは。先に奮ったのはレウィシアだという事は棚に上げて不満そうに頬を膨らませていると、フェロニアが面白そうに膨らんだ頬を突いてきた。
やめてくれ守護獣よ。というか守護しておくれ守護獣よ。
殴られる瞬間彼女は一切守ってくれなかった。
「せ、せめて椅子に座らせてあげては…?」
「駄目だ。このバカ女には灸を据えねばならん」
「バカではないです。花…じゃなくてレウィシア様です」
「自分で様を付けるなバカ女。そのレウィシアというのは、お前たちが名付けたのだろう?」
「はい。花聖女は少々ややこし…いえ、めんど…いやお呼びになる際に誤解を招くお名前でしたので」
いまややこしいって言った?追い打ちで面倒って言った?本心ではそう思ってた?
この世界での数少ない味方だと思っていたのに裏切られた気分になる。
思わず溢れる涙は悲しみからではない。ひりひりと痛み続けるたんこぶからくるものだ。
決して傷ついたわけではない。そう自分に言い聞かせていると、頭頂部にひやりと冷たい感触がした。
ピレティが軟膏を持ってきて塗ってくれているようだ。些細な優しさが今では骨身に染みる。
「昨日、卓上にあった植木鉢に咲く花の名だそうです。そういえば守護獣によると聖女の魔力を感じるとか。殿下も見ているはずですが」
「………」
「今持ってこさせましょう」
彼は無表情だが、記憶にございません、と顔に書いてある。
嘘だろ殿下、卓上に置かれた満開の花とか絶対に視界に入っているはずなのに。言えば更に怒られそうなので口に出さずに絶句する。
察したマグナスがすぐに食堂の扉の外で待機している神官に指示を出すため動いた。
「…そういえば、レウィ…あのお花って今どこにあるんだろう」
「花聖女の自室にありますよ。せっかくなので窓辺の箪笥の上に飾らせていただきました」
「あ、水やりしてない」
「今朝かわりにしておきました」
「ありがとう!」
休むと言っても、朝までコースとは思っていなかったのだ。
最初に通された部屋に置きっぱなしにしてしまったことを思い出し小声で呟くと、フェロニアがにこりと笑った。
母の形見と言っても過言ではないので、しっかり気にかけてくれていたことを心から嬉しく思う。
あははうふふ。また和気藹々としていると殿下が強めに足で床を鳴らした。
「そこ!お喋りするな!」
「いいじゃないですか!ちゃんと言われたとおりに正座しているんだからお喋りくらい見逃してくださいよ!」
「反省の為に正座を強いられている事を忘れているようだな…?」
「反省しなければいけない事なんてしておりません」
「貴様、この…!どの口が言うか!」
「口減らず!」
「お前がな!」
「(この二人目を離すとすぐ喧嘩するな…)殿下、此方が例の花です」
互いに罵り吠えあっていると、ちゃんと両手で大事そうに植木鉢を抱えたマグナスが戻ってきた。
レウィシアが大事そうに抱えていたのを良く見ていたので、彼も気を使ってくれたらしい。
良かった、やっぱり彼は味方なのだ。傷ついた心が癒され始めた。
マグナスは植木鉢を丁寧に食卓の上に置くと、吠えるのを辞めた殿下がふむ、と顎に手をやりながら眺め始めた。
「確かに…微かだが魔力を感じるな」
「わかるのですか?」
「ああ。おまえはわからんのか?」
「私にはただ綺麗な花だな…とだけ」
「うっすらとだが、緑色に輝いているように見えるな…少し青も混じってるか…?」
「なるほど。やはり大地に関する魔法のようですね」
すみません、その花から感じる魔力とやらは私の魔力らしいのですが。
当事者を差し置いて二人だけで花を囲う風景に納得いかず、レウィシアは正座を崩して立ち上がり二人の間に割り込んだ。
「おい、誰が正座を辞めていいと…くさっ!」
「ここぞとばかりに貶すの辞めてくれません…?」
口の端が引くつくのを感じる。息を吸う度になにか侮辱しないと死ぬ病気にでもかかっているのだろうか。強く奥歯を噛みしめながら怒りに耐えていると、マグナスが怒りを鎮めるように身振り手振りしてきた。
「殿下は平均と比べて嗅覚が優れているのです。更に異世界の臭いは嗅ぎ慣れないものでして…」
「なんでそんなにドブ臭いんだ…?」
「そう言われても…なんだろう、下水とかかな?」
もしかしたら元の世界の環境によるものかもしれない。都会ではないが近隣には工場もあった。
あるいは食物の問題か。その土地で22年を過ごしたレウィシアには慣れた臭いだが、此方から、しかも嗅覚に優れているなら悪臭に感じても仕方ない。
かといって目の前で体を思いきり逸らすほど拒絶反応を出されるのも困るが。
殿下は掌で鼻から下を完全に覆いながら、かろうじて会話を続けた。
「確かに、お前に魔力があるのはわかった。守護獣よ、これが聖女の魔力で間違いないんだな?」
「間違いありません」
「ではこれが浄化の魔力か……その魔力で臭いを浄化できんのか。これでは国王に合わせることもできん」
「うっさいな本当に!そこまで言うなら消臭剤くださいよ!…って、国王?」
「ああ…俺の父だ」
堪忍袋の緒が切れて掴みかかろうとしたが、思わず直前で手を止める。
国王って、国の王様か。一番偉い人か。
え、緊張するしまだ心の準備が…ともじもじし始めると、隣でマグナスがすうっと息を吸った。
なんだその息はどういう意味のすうっだろうか。横目で顔を盗み見るが窓から差し込む光が眼鏡に反射してその意図を推し量れない。
殿下は気にせず卓上にある満開の花に視線を移して更に続けた。
「国王は瘴気に伏している。早急に浄化が必要だ」




