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11.負けません


はわわ、と顔面蒼白になりながら口元に手を当てるマグナス、突然の暴行に脳内真っ白になり身動き取れないピレティ、口を開けたまま唖然とするフェロニア、謎に勝ち誇るレウィシア、どうすればいいか分からず、かといって何事もなかったかのよう仕事を再開するわけにもいかない給仕係。

そして突然の顎への暴力を奮われた殿下は、宇宙の彼方へと飛び立ってしまった意識を必死に取り戻した。

次第に何をされたのか理解し始め、屈辱に唇を震わせる。


「き、貴様…!」

「ふははははは!灯台下暗しとはこの事よ!ざまあみろ!」

「何を言っているんだこいつは!」

「痛かろう痛かろう!これで人の痛みを知れ!」

「誰ですかこの人…」


ビシっと指を差して決め台詞を言う。決まった。過去一決まった。傍から見れば正義のヒーローだろう。

しかしなぜかマグナスは青い顔をしたまま引き気味だ。

ふん、と満足気に鼻を鳴らしてから、背後で唖然としたままのフェロニアを仰ぎ見る。

先ほどまでの辛そうな顔はそこには無い。

もう、大丈夫。そう意味を込めて笑えば、彼女は緊張した空気を和らげ、いつもの柔らかな笑顔を取り戻した。


「ありがとうございます、花聖女」

「いーんですよ。フェロニアさんには助けてもらってますから」


あははうふふ。そんな和気藹々とした空気を醸し出しているが、殿下の方は反対に殺気立った空気を醸し出していた。

気づいたマグナスがすぐに間に入ろうとするが簡単に押し退けられてしまう。相当お怒りのようだ。


「この俺に暴力を奮うとは…それがどれだけ罪深い事か分かっているのか?」


地を這うような声だ。瞳孔は完全に開き、綺麗な紫紺の瞳が今では恐ろしく見える。

しかしここで屈するわけにはいかない。今まで幾度となく悩み事無さそうと言われてきた持ち前の前向き思考で立ち向かのだ。

そう。ここではっきりせねばならない。なぜそんなにも己を貶すのか、それはレウィシア本人に対しての感情なのか、それとも『花聖女』に対するものか。


「わかってますよ、貴方がこの国のお偉いさんだってことくらい。だからと言ってその地位に屈するほど弱くないんです、私。どうして酷い事ばかり言うんですか?そんなに私が嫌いですか?」

「貴様など歯牙にもかけん」


負けじと仁王立ちしながら問いただせば、目を逸らしながら答えを返す。

しかしレウィシアにとっては答えになっていない。

散々突っかかっておいて何を言っているんだ、このお狐様は。


「嘘ですね」

「嘘ではない」

「はい嘘」

「くどいぞ!」


食い気味に言えばやっと視線が合った。ここで逸らしたら負けだ。

言いたいことがある時は、ちゃんと相手の目を見て言いなさい。幼い頃母がよく言っていた。

ずい、と一歩前に出る。より近づいた二人の距離に殿下が僅かにたじろいだ。


「殿下にもなにかと事情があるんでしょう。でもちゃんと言ってくれなきゃ、私は何を言われても納得いかないし理解もできません」


更に一歩。ここで殿下は思わず一歩下がった。


「ちゃんと殿下が私の目を見て言ってくれれば私も話を聞きます。理解する努力もします。なのに最初から頭ごなしに否定されて、それではいそうですねってなると本気で思っているんですか?」


言いながら一歩一歩確実に進めていくと、殿下も同時に下がっていく。どんどん壁際に迫って行き、最終的に壁に背が着くまで追いやられた殿下は、背に当たる冷たい感触に息を呑んだ。

あと一息。レウィシアは一度も視線を外さぬまま、堂々と言葉を続ける。


「気に入らないのは私が人間だから?それとも花聖女だから?どちらでもあるから?」

「体臭が、」

「おい馬鹿やめろ」


なんとなく言いそうな気がしていた。今その話題を出す空気じゃなかっただろうに。

こちらの世界の食べ物を食べたらそのうち消える、とマグナスは言っていたが、まだ時間が掛かるようだ。

しかし言われた以上気にするのが女性というものである。レウィシアはさり気無く自分の体臭の確認をしながら漸く殿下から離れた。


「……気に入らないのは花聖女だ」


観念したのか溜息交じりに溢された言葉に、やっぱりなと心の中で呟く。

先ほどのフェロニアへの追求と言い、あまり良い感情を持っていないのはなんとなく察していた。

では醜いとか体臭がどうとかはただの嫌味?事実じゃない?

そう、少しだけ淡い期待を持ってしまう。


「あと貴様の醜さとドブ臭い体臭だ」

「結局それかよ!…鼻抓むのやめろ!」


これでもかと眉間に皺を寄せながら鼻を抓むのでもう一度顎に拳を叩きこみたくなった。

殺意を察したマグナスが咄嗟に間に入ったので握りこめられた拳が奮われることは無かったが。

しかしマグナス、どんな状況でも適切な行動ができるとは全くもってイケメンである。

若干花聖女に向ける眼差しが爆発寸前の爆弾を見る目になっているが。

初めて会った時の尊敬交じりの視線はいつの間に消えてしまったのだろうか。


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