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9.朝ごはんの時間


「い、戦でもしてきたのですか…?」


ゴクリ、と大きな窓を背に長机の前で喉を鳴らしつつ額に冷や汗を滲ませているのは天使ことマグナスだ。

彼は綺麗に身支度を澄ませ食堂へとやってきたレウィシアの姿に一度だけ小さく感嘆の息をもらすが、すぐにその顔を見て表情を変えた。

メイド達との攻防の結果、レウィシアは純白のローブを身に纏い、爆発した黒い髪の毛は綺麗に結い上げられ真珠の髪飾りをあしらわれている。誰がどこから見ても令嬢のような姿だ。

疲れ切って憔悴した表情を除いては。


「どうかお気になさらず…」


力ない口調で言う内に、ピレティがレウィシアの座る椅子を引いてくれた。

あれもこれもと面倒を見てくれるのは有り難いが、どうしても子ども扱いされているような気持になる。

同時に申し訳なくも思うので、ありがとう、とお礼を返すと彼女は笑顔で一礼し、先に来ていた給仕係りの神官と同じように壁際に立った。

あ、その立ち位置メイドっぽい。思うだけで口には出さない理性はまだ残っているようだ。

席についてから、卓上の朝食を改めて見る。

瑞々しい野菜に何かの肉が入っていそうなスープ、そして焼き立ての香りがするパン。

ティーカップに注がれているのは昨日飲んだお茶だろうか。

どこへ行くにもぴったりと付いてくるフェロニアが、毒が無いようで安心しました、とぽつりと呟く。

食前になんて不穏な事を言うんだと睨めば、冗談ですよと軽く返してきた。

本当だろうか。


「美味しそう…」

「あまり豪勢なものではありませんが、どうぞ」

「いえいえ、十分です。では、いただきま…」


す。と言い終わる前に、両手を合わせた姿勢でぴたりと止まる。

卓上にはスプーンとフォークが並べられているが、考えてみてほしい。

異世界でイケメンと共に摂る食事なんて、生まれてこの方初めてだ。

そして残念なことに、食事マナーなんて皆無に等しい。

どうしたのかと不思議そうに見てくるマグナスと卓上の食事を、交互に視線を移しながら必死に策を練る。

こんな時になんだかんだ助けになるのはフェロニアだが、残念なことに彼女は食事を摂らないのか少し斜め後ろで立ちんぼしているだけだ。彼女もまたどうしたのかと、笑顔のまま頭上に疑問符を浮かべている。

どうしよう、この世界のマナーって元の世界と同じなのかな。野菜は多分頬張らない方がいいよね。ドレッシングってあるのかな。パンって手掴みしていいのかな。スープってどうやって飲むんだっけ。スプーンって何に使うんだっけフォークって刺すものだっけ掬うものだっけあああどうしようマグナスさんに鼻で笑われたりドン引きされたりしたらちょっと立ち直れない…

レウィシア、ここに来て初のゲシュタルト崩壊である。


「どうされました、花聖女……は!」


もしかして体調でも悪いのかと声をかけてきたマグナスは、半分涙目のレウィシアを見てある事に考え付く。そして、彼は眼鏡を掛けなおすと徐にスプーンを手に取った。


「(つまり…こういう事ですね。花聖女よ!)」

「(マグナスさん…!やだほんとイケメン天使寧ろ神!)」


マグナスは見事に丁寧且つ優雅な仕草で、スープを掬い口に運んだ。

キラキラと窓から降り注ぐ朝日がまるで後光のようで、彼は天使を越えて神にも見える。

彼は光を纏いながら次々と食器の使い方を見せびらかし、それに倣ってレウィシアも待ちに待ったご馳走を口に運ぶ。この世界のご飯が口に合うか不安だったが、味覚は元の世界に似ているようだ。


「(そろそろ喉が渇いてきたでしょう、花聖女よ…!)」

「(ああん素敵です美味しいれふ…!)」


些細な事に気づき気配りまでできるなんて、彼は神通り越して神オブ神なのではないだろうか。

お茶を啜る姿も優雅で、ぶわっと彼の周囲に光り輝く白薔薇が咲く幻覚まで見えてきて思わず眩しそうに目を細める。

言わずもがな、二人とも声には出さず以心伝心のやり取りなので傍から見たら無言で大袈裟に食事を摂っているように見えるだろう。

この時の二人がピレティの目にどう映っていたかは、怖くて今後尋ねることはなかった。


「ご馳走様でした。」

「結構なお手前で…」


きゅっと白いナプキンで口元を拭いて締めを告げる彼は、最後まで完璧だった。拍手喝采したいぐらいだ。

ふう、と美味しい朝食に満足しながら息を吐くと立っていた給仕係りがそそくさと食器を片付け始めた。

レウィシアと、マグナスと、それから少し離れた所の、扉から一番遠い上座に座る男の前を手際よく片付けていく。

あれ。どうしよう全然気づかなかった。

朝食と言うには遅すぎるが、食事に夢中になりすぎてしまったようだ。流石に失礼だと思い謝罪と改めて挨拶をしようとそちらを見れば、そこに居たのは。


「何をやっているんだ、お前たちは」

「ぶええええええっ!?ででで殿下!?」


呆れと引きが混じった声は、食器を片付ける音に負けずと張りがある。

二度と見たくない白銀の犬…ではなく狐耳が奇声に反応してピクリと動いた。


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