第九話 古本屋さんで小遣い稼ぎ。しかしそのあと起こる恐怖の――
《十一月七日 日曜日 古本屋さんで小遣い稼ぎ。しかしそのあと起きる恐怖の――》
午前十時半頃、松山市内のアニメショップ店内にて。
「あー、これ欲しいよう」
千陽はアニメのブルーレイディスクが並べられた商品棚の前で嘆いていた。
「こうなったら、家にあるもう読まんなったマンガとか売りに行くか」
そうつぶやき、おウチへ戻る。
そしてお昼過ぎ、千陽は棗のおウチを訪ねた。
「ナツメグ、ちょっと折り入って頼み事があるんよ」
「なあに? 困ったことがあったら遠慮せずに何でも相談してや」
棗はにこにこししながら言った。
「それじゃ……ダメもとで一応頼んでみるね。ワタシ、今からいらんなった本とCDとゲーム売りに行きたいんじゃけどね、十八歳未満じゃと保護者の承諾書とサインが必要じゃろう? ワタシのママ、そうゆうのは一切許可してくれなくってさ。お金が絡むとか個人情報の漏洩が心配やけんとか言って。レンタルビデオ店の会員になることも禁止されてるんよ。そんなわけで、ナツメグに保護者、ようするにワタシのママの代わりをしてもらおうかなーって……」
千陽はもじもじしながら申し訳なさそうに腹を割る。
「なあんや、そんなことか。もちろんOKや。いつも勉強で助けてもらってるからね」
棗は快く引き受けた。
「ほっ、本当!? サンキュー、ナツメグ。持つべきものはオタ友じゃな」
千陽は嬉しさのあまり、棗の両手をぎゅっと握り締めピョンピョン飛び跳ねた。
「じゃあ千陽、待機しとくな」
「すまんねえ。たぶん、ばれせんと思うけん。ほんじゃ、行ってこーわい」
千陽は売ろうとしているものが詰められたリュックを背負い、自分の自転車を置いてある伊予鉄松山市駅前へと戻った。
リュックを前カゴに乗せて、楽しそうに口笛を吹きながらペダルをこいで古本屋さんへと向かう。
(あっ、雑誌がいっぱい捨てられてる。しかもアニメやゲーム――ワタシは全部保存しとく派じゃけど、こういう系の雑誌は古本屋で買い取ってくれるとこ多いんじょ。もったいないけんちゃんとリサイクルしてあげよう。エコロジストじゃなワタシ……さすがに、全部は持てんな)
途中、廃品回収で出された、紐でくくられていた雑誌も拾い、荷台に積んで再び進む。
「あっ、回収車じゃ。危な、危なっ。もう一分遅れてたら持っていかれるとこじゃった」
入店すると、すぐさま買取りカウンターへ向かう。両手に持っていた拾った雑誌をドサッと置き、リュックを下ろして中身を全て取り出した。
(あー、すんごい重たかった)
「買取りですね。身分証明書と承諾書はお持ちでしょうか?」
「はい」
千陽は生徒証と買取承諾書を店員さんに手渡した。
記載された保護者氏名と捺印は本物。しかし住所と電話番号については棗のおウチのものを使わせてもらった。本来ならば千陽の保護者の方が署名して印鑑を押さなければならないのだが、全て千陽が自筆した。なるべく丁寧な字で慎重に。
「では、保護者の方に確認をとらせていただきます。今のお時間、保護者様はご自宅にいらっしゃいますでしょうか?」
「はい」
「それではしばらくお待ちくださいませ」
店員さんはそう告げ、レジ横に備え付けられてある受話器に手をかけた。そして承諾書を見ながらボタンを押す。
(ナツメグんちに、かかってるはずじゃな)
千陽の胸の鼓動はやや高まる。
「もしもし」
受話器の向こうから声が聞こえてきた。繋がったみたいだ。
(あれは、ナツメグの声じゃよな? なんか、違うような……)
鼓動はさらに高まった。
「こちらブックオクロック松山店、レジ担当の薦田と申します。越智さんのお宅でしょうか?」
店員さんは尋ねる。
「はい。そうですけど」
「お母様でいらっしゃいますか。本日、お宅の娘さんが本などを売りに来ていらっしゃることはご存知でしょうか?」
「はい。知ってますよ」
「了解しました。では、失礼いたします」
店員さんは受話器を置いた。
「お母様方にご承諾が取れましたので、買取りさせていただきます」
(よかった。うまくいった)
見事成功したようで、千陽はホッと一息。続いて生徒証のコピーをとられた。
「番号札八番でお待ち下さいませ」
千陽は呼ばれるまでのしばらくの間、店内の商品を物色するためコミックコーナーへ向かった。本棚から中古マンガ本を選んで手に取り、立ち読みを始める。
二十五分ほどして、
「……買い取りお待ちの番号札八番をお持ちのお客様、査定が終了いたしましたので買取りカウンターまでお越し下さいませ」
店員さんからのアナウンスが流された。
「おっ、やっとか。けっこういっぱいあったけんな」
千陽は本を元の場所へと戻し、小走りでそこへと向かう。
「お待たせしました。雑誌につきまして、こちらの十九冊については年数が経過しすぎておりますので買取り不可となります。こちらのコミックにつきましても、色あせやページの破れが一部見られましたので買取り表表示価格の半額となります。CD、DVDの方、こちらの五枚分につきましては申し訳ございません。ケースのキズや盤表面の汚れが目立ちますのでお値段がつかないことになります。ゲームソフトが五本、マンガ本が十四冊、CDが四枚、DVDが三本で買い取り金額合計三千八百七十円になりますが、以上でよろしいでしょうか?」
店員さんからこの査定金額で良いかどうかを確認される。
(あっちゃあ、やっぱあれは全部無理じゃったか。家にあった本とかももう少し丁寧に扱えばよかったな。五千は軽くいくと思ったけど、まいっか。他の店でも同じじゃろし)
「はい」
千陽は少々不満に思いながらも了承した。
「ではこちら、三千八百七十円になります。お確かめ下さいませ。買い取り不可となった雑誌はお持ち帰られますか? それともこちらで処分いたしましょうか?」
「処分してもらって結構です」
「了解いたしました。ではまたご利用下さいませ」
受け取ったお金を財布に入れ、意気揚々とお店をあとにする。
「ナツメグ、ありがとね。おかげでナツメグんちまでの交通費差し引いてもアルバム一枚分くらいは稼げたよ」
「いやいや、どうたしまして。うちも声優さんになりきったみたいで楽しかったよ。よかったな、千陽」
「うん。ほんじゃ明日学校でね」
棗にスマホで連絡し、お礼を言って自転車にまたがろうとした。
その時――。
「千陽ちゃーん、ちょーっといいかしら?」
「へ?」
背後から誰かに肩をポン、ポン、と叩かれ呼び止められた。
振り向くと、
「あっ……マッ……ママ……」
千陽の顔は瞬く間に蒼ざめた。
「なっ、なんで……ママが、古本屋さんなんかに……」
か細い声で尋ねる。
「ママが子供の頃に流行ってたマンガ、急にまた読みたくなったんよ。けどもう絶版になっちゃって普通の本屋さんには売ってないでしょう。ここならあるかなーって思って探しに来たのよ。それより千陽ちゃん、なんかさっき、楳○か○おさんもびっくりしちゃうようなとっても不可思議なことがママの目の前で起きてたんだけど、ここじゃなんだから、おウチに帰ったら詳しく聞かせてくれるかしら? 千陽ちゃんはとってもいい子やけん、きっと正直に話してくれるわよねー?」
千陽のママは二カッと笑い、穏やかな口調で問い詰めた。
「うっ……うん」
千陽は震えながら返事をした。
「さ、千陽ちゃーん。雲行きが怪しくなってきたから早くおウチへ帰りましょうね」
千陽のお母さんも自転車で来ていた。千陽はその後ろをついて帰ってゆくのであった。
この日は夕方から夜遅くにかけて、激しい雷雨となった。
☈☂☆☀
翌朝。
「ナッ、ナツメグウウウウウウウウウウウ」
久未と棗が登校して教室へ入ってくるなり、千陽がふらふらとした足取りで、しくしく泣きながら二人のもとへと歩み寄って来た。
「ねえ千陽。一体何があったん? 何か恐ろしいものでも見たような顔して」
「ちはるちゃん、大丈夫?」
久未も心配そうに声をかけた。
「ワタシ、ママにめちゃめちゃ叱られたんよ。『ママはいつも口酸っぱく言ってるわよねえ? こうゆうことは絶対やっちゃいけないことだって……』ってモナリザ以上の微笑み顔で言われて、ほんでそのあと往復ビンタ食らわされて、夕飯抜きにされて、真っ暗なクローゼットに一晩中閉じ込められて、もうお小遣いあげないわよって言われて……」
千陽は長々と、昨日帰ってからの出来事を目に涙を浮かべながら打ち明けた。
「……たっぷりとお仕置きされたみたいやね」
「ちはるちゃんかわいそう」
久未と棗は、千陽の茶色みがかったショートボブヘアーをそっとなでてあげる。
「よちよち千陽ちゃん。泣かないの」
梨穂もハンカチを千陽の目に押し当ててあげた。
「悪いんはワタシの方やけん、気にせんといてな」
ママからきつーく叱られたことがトラウマとなり、もう二度と古本屋にものを売りに行かないと心に誓った千陽であった。
一時限目のチャイムが鳴り、ほどなくして、
「それじゃ……授業、始めるよん」
鹿島がかなり沈んだ表情で教室に入ってきた。おぼつかなげな声で授業開始の合図を告げる。
「カッシーも、ぐんにゃりして元気なさそうじゃね」
千陽も同じく元気なさそうに声かけた。
「その通りっさ。おいら、大切に保管してたアニメ雑誌やゲーム雑誌をママにたくさん捨てられたんだよん。付録ごと。床が抜けるからって」
「そりゃワタシのママ以上にひどいことしますね」
「そう思うだろ? そんでおいら、慌てて回収しに探し回ったんだけどさ、どこに捨てられてるか分からなかったんだよん。おいらのママ、おいらに回収されないように遠くの方へ捨てに行く習性があるんだもんな」
「無念じゃな。かわいそうじゃ」
千陽は目に涙をぽろりと浮かべる。
「越智さん、おいらの気持ちを理解してくれるのはきみだけさ。同志よおおおおお」
鹿島は敬礼ポーズをとり、声を張り上げる。
「カッシー、ワタシとカッシーは、本のコレクター仲間じゃないですか」
千陽はそんな鹿島に、慰めのお言葉をかけてあげた。
その日の晩、千陽は優しいパパからの説得により、ママから本だけなら売りに行ってもいいよと許可してもらえ、お小遣いも無事もらい続けることが出来るようになったのであった。
「なんかちょっとだけ気になることがあるんじゃけど……まあ、いっか」