第七話 どきどきテスト返却 赤点かも
《十月二十五日 月曜日》
テスト明け、今日から中間試験が続々と返却される。
【一時限目 数学Ⅱ】
「おっまたせーっ、この間のテスト、返却するよーん。平均点はね、なんと、29.1点だったよん。ついに30点切っちゃったね。これからもどんどん下がって、数Ⅲに入る頃には10点台になっちゃうかもね。それでは呼ばれたらとりに来てねーん」
鹿島はとても機嫌が良さそうだった。出席番号順に返してゆく。
「ほい、兵頭さん。おいらの期待を悪い意味で裏切らないね」
久未は受け取った際、答案用紙の右上に書かれた点数をそっと確認した。
「こっ、こんなひどい点数、初めて見た……お母さんになんて言い訳しよう」
「解答欄がずれてしまったとか言えばいいと思うよん。おいらも中高生時代、国語と英語苦手でいつも悪い点とってたんだけど、姑息な嘘ついて逃れてたし」
そして棗の番。
「……今までにとった最低点、大幅に更新してもうた。物理より悪いし」
「しっかり勉強しないと、これからもどんどん更新しちゃうよーん」
棗は苦い表情を浮かべて席へ戻る。
(なっちゃん、本当に悪い点とったんだね)
久未は自分の席に座ったまま見守っていた。
「それにしても、まさか満点取る子が出てしまうとはねん」
鹿島は急に暗い表情になり、ため息混じりに告げる。
「カッシー、大学課程の偏微分方程式を求める問題混ぜたところで、ワタシには通用しやせんよ。音ゲーに続いてテストでもワタシの勝ちじゃな」
千陽はウィンクをし、ピースサインをとった。
「うぬぬぬっ!」
鹿島は相当悔しがっていた。彼はあのゲームセンターも出入り禁止にされ、踏んだり蹴ったりなのだ。
「千陽ちゃん、おめでとう!」
梨穂はパチパチ拍手した。彼女もその問題は不正解だった。
「きっ、期末こそは、絶対誰にも百点取らせてあげないよん。次は三重積分の問題出してやるもんねっ!」
鹿島は、欲しいものが手に入らなかった子供のようにふてくされる。
「楽しみに待ってるけんね、カッシー」
休み時間、四人でおしゃべりし合う。
「うちには関係なかったけど、鹿島も大人気ないことするよな。しかも約束のこと問い詰めたら、そんなの知らないもんね、とかぬかしよるし。あの秘密クラスのみんなにばらしたろかな」
「私も最後まで行き着かなかったから、あの問題あることすら気付かなかったよ」
「わたし、ケアレスミスしてた。途中の式は合ってるし、一点くらいくれてもよかったのに」
梨穂はちょっぴり不満そうにしていた。
「ドンマイ、リホ。あの10点分は成績には考慮しないみたいじゃし、無視したらええんよ。カッシーってさ、子供たちにもっと算数の面白さを知ってもらいたいらしくて、休日や夏休み期間中はキッズ向け算数セミナーを無料開講してるみたいなんよ」
「へぇ、ネット上だけじゃなく、学外でも活躍してるんだね。私も参加したいな」
「ほんまええ先生や。子供っぽい性格やから子供に好かれるんやな」
久未と棗の、彼に対する尊敬度はさらに上がる。
この日は他に英語、化学基礎、国語総合(現代文)の試験が返却された。
※※※
《十月二十六日 火曜日》
【一時限目 物理基礎】
「今からおまえさんらが待ちに待った、物理の試験返しますぞなもし。それにしても、おまえさんらにとって物理という科目はそんなに難しいぞなもし? 10点台も何人かおったぞ。今回は平均も35.6しかなかったけんな。初の30点台突入じゃ。きっと高校からの外入組が大幅に下げとるんじゃろうな」
末成先生はにこにこ微笑みながらおっしゃり、久未と棗の方へ一瞬目線を向けた。
(やばっ)
(絶対、私となっちゃんのことだよね?)
二人はすぐに感づいたようだ。
「ほんなら名前呼ばれたら取りに来てほしいぞなもし。浅野ーっ」
他の科目と同じように出席番号順に返却される。三番の梨穂の答案が返却されるさい、
「馬越、今回の試験もトップキープ、一人だけ百点満点! さすがこのクラスのマドンナぞなもし」
末成先生は坊っちゃん団子片手に大声で叫び、右手に高々と掲げてクラスメイトらに向けて梨穂の答案を見せびらかした。
『おーっ!』
と、クラスメイトたちから拍手が巻き起こる。
「ニセ物理、恥ずかしいですからやめて下さい。プライバシーの侵害です。いつも言ってるでしょう!」
梨穂はピョンッとジャンプしてパッとすばやく奪い取り、答案をくしゃくしゃに丸めてそそくさと席に戻った。
「相変わらず馬越は照れ屋さんのままじゃな。毎度のことじゃけど、もう少し字は大きく書きやあ。内気な性格示しとるぞなもし」
梨穂は席に座ったまま、末成先生をギロリ鋭い眼つきで睨んだ。
「まあまあ、そんなに怒らんでも。怒った顔もかわいいぞなもし。やけ食いして『天高く馬越肥ゆる秋』にならんようにな」
「余計なお世話です」
末成先生は梨穂のご機嫌をとろうとしたが、その発言がかえって損ねさせる結果となってしまったようだ。
「越智は97点! 馬越に次いで二位!」
またも答案を高々と掲げ、見せびらかす。
「あーっ、悔しい。一問ミスったか。また惜しくもリホに負けちゃった」
千陽は末成先生のその行為に対し、特に嫌がる素振りは見せなかった。
梨穂と千陽は、物理はいつもクラスでトップ争いするほどの実力を持っている。
そのあとも続々と名前が呼ばてゆく。
「おーい、兵頭」
「はっ、はい」
久未はやや緊張した足取りで末成先生のもとへと向かう。
「しっかりしーよ。再試験!」
「やっぱりね。予想通り、予想通り」
久未は苦笑いしながら恐る恐る答案用紙右上に書かれた点数を眺めてみた。
「わーん、物理の最低点記録更新だーっ。でもこうなることは分かってたよ」
そして嘆く。
「兵頭よ、期末でこれ以上悪い点数取ったらテスト用紙を紙飛行機にして、延岡まで飛ばしてしまいますぞなもし」
「それでもいいよ。こんなのいらない」
末成先生からの軽いジョークに対して久未は開き直った。
「おーい妻鳥、棗漱石、はやく取りに来てほしいぞなもし」
いよいよ棗の番がやってきた。
「はいはいはい。そのギャグ飽きた」
やれやれという感じで、ゆっくりとした足取りで取りに行く。
「もっとしっかりしーよ。再試験!」
「うわっ、またやっちゃった。しかも最低点更新や」
棗は点数が見えないよう答案を二つ折りにして席へ戻った。
「ねえねえ、なっちゃん。何点だった?」
久未はすぐさま棗の席へ駆け寄ってくる。
「久未だけにこっそり見せたるな」
棗は点数が書かれてある隅の方を小さく折り曲げた。
「なっちゃん17点か。私の方が勝ってる! やったあ。初勝利だーっ」
久未はにっこり微笑む。
「ちょっ、ちょっと久未、声大き過ぎやって」
「あ、ごめん、ごめん」
30点未満だった子が再試験とのこと。