第六話 中間テスト始まる みんなで楽しく勉強会
《十月十二日 火曜日》
三連休明け、帰りのホームルームにて。
「それではみなさん、中間テストの範囲表を配るわね。もう一週間しかないわよ。三連休から頭を切り替えて、しっかりお勉強しましょうね」
担任から配布されたA4サイズの紙。
「範囲広すぎ。やだなあテスト」
「鬱やわぁ。四日間は長すぎや」
それを眺め、久未と棗はため息をついた。
中間テストは五教科十科目。国数理社英、それぞれに二科目ずつ課される。
※※※
《十月十八日 月曜日 中間テスト前日》
九時二十五分、一時限目数学Ⅱの授業終了のチャイムが鳴り終わった直後のこと。
「今回も試験問題、はっきり言うとウルトラ難しいからねん。高校数学の厳しさがそろそろ分かってくると思うよん。今回は、平均30点下回っちゃうかもしれないんじゃないかな。今回もおいらの採点基準に△マークなんてものはないからね。少しでも間違った内容書いてたら、厳しく採点してその問題は配点0にしちゃうよん。部分点なんて一切あげないもんね」
鹿島は満面の笑みを浮かべながら警鐘を鳴らした。
クラスメイトたちの多くが「えーっ」とため息をつく中、
「お好きにどうぞ。楽しみじゃなあ」
千陽はこう切り返した。
「むむむっ! 越智さんのさっきの発言、おいらを本気にさせてしまったようだな。ふふふ、見ていろよん!」
鹿島はウ○ト○マンの変身ポーズのごとく右こぶしを高く上げ、教室から立ち去った。
今日は特別時間割となっており、授業は四時限目までだった。
帰り道。
「いよいよ明日からかあ」
「ほんま、憂鬱やわー」
久未と棗は気分が沈んでいる。テスト前はいつもこんな感じらしい。
「ほんじゃ、これからワタシんちに来て勉強しない? 夕方までワタシ一人なんよ」
「そやな。千陽に教えてもらった方が効率的に勉強できそうやし」
「私、ちはるちゃんち行くの、初めてだ」
千陽からのお誘いに、二人は乗り気。梨穂も家庭教師代わりとしてついていくことにした。
「すごーい、ちはるちゃんのお部屋って、お店みたーい」
「うちの部屋よりも上を行っとるな。うちも負けてられん!」
千陽のお部屋にある本棚には、マンガやライトノベル、アニメ雑誌が多数並べられていた。そして壁一面と、天井にまで美少女系のアニメポスターが貼られていたのだ。
他にもまだまだ。
「……ねえ、千陽ちゃん。この女の子のお人形さん使って、人形劇でもするの?」
梨穂は少し呆れ返っている。それらは机の上に飾られていた。
「かわいいお人形さんいっぱい持ってるね。お人形さんごっこが趣味なの?」
久未は嬉しそうに尋ねる。
「鑑賞用なんよ。クーミンがぬいぐるみ集めてるのと同じような感覚じゃ。いい素材のは高過ぎるけん、ピンキーストリートとか、カプセルフィギュアがほとんどじゃけどな」
千陽はちょっぴり照れくさそうに答えた。
「あ、これもかわいいーっ」
ベッドの上には、水着姿の美少女キャラの絵がプリントされた抱き枕が置かれてあった。
「夜寂しいけん、これに抱きついて寝るんよ」
「私もぬいぐるみさん横に置いていっしょに寝るよ。同じだね。あ、CDがいっぱいある」
久未は、ベッドの下にプラスチック製の半透明な衣装ケースが置かれてあるのを発見した。
「全部アニソンか声優さんの歌なんよ」
千陽はケースを開けて、三人に見せびらかす。
「千陽ちゃん、そこって普通は服を入れる場所でしょう」
梨穂は呆れ顔で見下ろす。
「DVDとゲームも何個かは持ってるんやな」
棗は中を物色してみた。
「ほうよ。けどやっぱ高いけん、たまにしか買えんけどね」
久未と棗は教科書や問題集、ノートを取り出し、ミニテーブルの上に並べた。
「明日の英語やろっか」
「数学の方がええんとちゃう? そっちの方が赤点やばいし」
「そうだね」
「分からない問題があったら教えたげるけん、遠慮せずに質問してね」
千陽は伝えた。
二人は数学ⅠとⅡの問題集に取り掛かる。
五分ほどのち、
「なんか、落ち着かないよ」
久未は困った表情を浮かべながら、お部屋をきょろきょろ見渡した。
「久未ちゃん、気持ちは良く分かるよ。あ、棗ちゃん。マンガに手が伸びてる。めっ!」
梨穂は棗の頭を平手でペチッと叩いた。
「すまんな梨穂、つい手が」
棗は舌をぺろりと出して謝る。
「千陽ちゃん、こんな環境じゃ勉強にならないと思うの」
「確かにな。千陽、ここは誘惑が多すぎや」
「ほうかな? ワタシは慣れてるんじゃけど」
そう言いつつ、千陽もアニメ雑誌に手が伸びていた。
三人は結局、一時間ほどの滞在で千陽のおウチをあとにしたのであった。
「なあ久未、明日は早めに学校行ってテスト勉強せえへん?」
「そうだね。ちゃんと起きれるか心配だけど」
帰りの汽車の中で、棗と久未は打ち合わせた。
※※※
《十月十九日 火曜日 中間テスト初日》
早朝、五時四十分頃。
「おはようございます」
棗は久未のおウチのインターホンを押し、扉を開けた。
「おはよう、なっちゃん」
すると、玄関先に出て来たのは久未であった。
「やあ久未、もう制服に着替えとるやん。ちゃんと早起き出来たんや」
「うん。今、朝ごはん食べてるところ。入試の時みたいに、緊張してなかなか眠むれなかったよ」
久未は眠たそうにしている。目の下にくまを作っていた。
「さすがの久未も、勉強したんやな?」
「いやいやー。いつの間にか絵本に手が伸びてたよ」
久未は苦笑いしながら述べた。
「うちも似たようなもんや。アニメ三時頃まで見とったし。勉強の息抜きと思ったら、ついつい。中学の時と同じ過ちしてもとるな。眠ぃ」
棗は一回あくびをして、告げた。
「なっちゃん、きっと、なんとかなるよね?」
「たぶんな」
無理やり楽観的な考えをしてみる二人であった。
今日はいつもより一本早い六時過ぎ発、つまり始発の汽車に乗ることが出来た。汽車の中でも勉強するつもりだった二人。ぐっすり眠ってしまった。
二人が一組の教室へたどり着いたのは七時半頃のこと。
「あっ、おはよう千陽、梨穂」
「ちはるちゃんもりほちゃんも、やっぱりもう来てたんだ」
「うん。今日は三十分くらい前には来てたんよ。開門時間が七時頃やけんね。テストの日に朝早く来るんは、中学の頃からの習慣やけん」
「わたしは千陽ちゃんの付き添いで仕方なく来てるの。眠いのに。早起きするために九時頃に布団入っても、なかなか眠れないもん」
「リホ、ワタシは普段と同じく深夜アニメ二時頃まで見てたんよ。リホ以上に睡眠時間削ってるんよ」
「うちと全く同じやん。けど千陽は余裕の構えやな。さて、うちは最後の悪あがきでもしよう」
棗は『速読英単語入門編』という高校生にはお馴染みの参考書を取り出し、試験範囲のページに書かれている英文と英単語に目を通す。
ところが五分も経つと、
「あー、飽きてきたわ」
棗は嫌気がさしたのか、パタリと閉じた。
「なっちゃん、英語って今から勉強してもあんまり意味ないよね? 暗記系の歴史総合の方やろうよ」
久未は歴史総合の教科書の太字で書かれた用語を一生懸命覚えようとしていた。
「確かに、その方がええかもな」
棗もその教科書を取り出す。
そうこうしているうちに八時半のチャイムが鳴り、担任がやって来た。
「グッモーンニン。いつもようにリラックスして臨んで下さいね。机の中、スマホの電源、確認はいいかな? それでは冊子を配るね。中に問題用紙と解答用紙が入っているかチェックしてね」
そして八時四十分。
「それでは始めて下さいね」
チャイムの音と共に、担任は合図をかけた。
【一科目目 英語】
試験時間は授業時間よりも五分長く、五十分間設けられている。
久未と棗は一問目から手をつけた。
(えっ!? この問題、教科書の英文と違うやつだよね。聞いてないよこんなの。えっと、問い一の(1)、下線部の英文を日本語に訳しなさい……見たこともない単語もあるし。全然分からないよう)
(こっ、こんなはずじゃ……どないしょう)
想定外の難易度の高さに戸惑う。
九時半、試験時間終了を知らせるチャイムが鳴り響く。
「みなさんシャープペンシルを置いて下さい。一番後ろの人が回収してね」
「先生、あと五分だけ下さーっい」
久未は焦りの表情を浮かべながら挙手をして、担任に懇願した。
「いけません。不正をすると全科目0点になりますからね」
担任はにこっと微笑み、久未に優しく注意した。
「わーん。まだ半分くらいしか埋まってないのにーっ」
「……あのう、兵頭さん」
久未の答案を回収しに来た子は、申し訳なさそうに回収していた。
休み時間。
「なっちゃんも、英語出来なかったよね?」
「当然。二学期になってますます複雑な構文になって、文も長くなったよな。リスニングも速すぎて全然聞き取れんかった。ラノベやったら長文になっても余裕で読めるのに」
「ほんと、高校の英語って難しすぎる。発音が同じやつとかアクセントの位置選ぶ問題もほとんど分からなかったし。中学の頃はいつも80点以上取れてたのにな。高校に入ってからは50点以上とれたことがないよ」
久未と棗はぶつぶつ不平を述べていた。けれどもIt’s no use crying over spilt milk.だ。
【二科目目 歴史総合】
[問い一の(一) 1488年に喜望峰を発見した人物の名を答えよ]
(あっ、これ分かった。あの人だ。一生懸命覚えたもん)
久未は解答用紙に、この問題はもらったとばかりに “バトルロメウ・ディアス “と記述した。
しかしこれは惜しくも誤答。正しくはバルトロメウ・ディアス(バーソロミュー・ディアス)。久未は勘違いして暗記していたのだ。
(探検家ではこの人よりも、コロンブスさんの方がずっと有名だけど、コロンブスの卵って一体何の卵なのかな? 鶏、鶉、ダチョウ……)
そんな妄想により、十分近くタイムロスしたのであった。
十時半、チャイムが鳴って初日の試験は終了。
「久未、歴史総合の方はどうやった?」
「すごく難しかった。50点あればいい方かな。論述問題は全く出来なかったよ」
久未はがっくり肩を落としていた。
「うちも、そんくらいかな、たぶん。理系やから全部マーク式でええのにな」
「ワタシも歴史はちょっと苦手なんよ。ほなけん気にすることないんよ」
千陽は二人に励ましのお言葉をかけておいた。
「ハァ……明日は私の一番苦手な数Ⅰ・Ⅱに、物理まであるよ。理系科目二連続だ」
帰り道で、久未はため息をつく。
「つーか末成先生、全然物理の授業をしてくれてないよな。物理とは全く関係ない話ばっかしとるし。野球の話とか」
「それは愛称、ニセ物理だからね。やはりわたしたちの方で自主的にお勉強するしかないの。ニセ物理による物理の授業は全くあてにならないもん」
「この学校って、正直言って教師の水準はかなり低いけん、やっぱ自主学習が大事なんよ。予備校に頼る子も大勢いるみたいなんよ」
「ちょっとそれ、教師の面目丸つぶれやんか」
棗は笑いながらも心中呆れていた。
「物理って力学の最初の単元から難しかったよね」
「ほんま、意味不明や。サインとかコサインとかデルタとか、記号がいっぱい出てきて」
「クーミン、ナツメグ、そう思い悩まんと。これから気晴らしにゲーセン行こう」
「たまには脳をリフレッシュすることも大事よ」
千陽と梨穂は、すっかり自信を無くしてしまっている二人を勇気づけようとした。
「学校帰りに、しかもテスト期間中に、ええんかな?」
「もっちろん! 校則にはないけんね。ワタシ中学の頃から行きまくってるんよ」
後ろめたそうにしている棗に、千陽はきっぱりと言い張った。
「私も中学の頃から時たま利用してたよ」
梨穂は打ち明ける。
「そりゃ意外や。梨穂ってゲーセン行くような感じの子やないし」
「そうかな? 棗ちゃん一昔前のやつをイメージしてない?」
「クーミン、ナツメグ。柚女生御用達のオシャレなゲーセンがあるんよ。そこへ連れていってあげるね」
○
「さっそくプリクラ撮ろうぜ」
千陽が案内したのはショッピングセンター内に併設された、ファミリー向けのゲームセンターだった。四人は専用機に入り、お金を入れてフレームを選ぶ。前に千陽と梨穂、後ろに久未と棗が並ぶ。
機械音声に従って、撮影を済ませる。
「よう撮れてるな」
棗は取り出し口から出て来たプリクラをじっと眺める。他の三人も後ろから覗き込む。
「なっちゃん、私の顔に落書きし過ぎだよ」
「すまんな久未。つい書道の腕が唸ってん」
「リホは表情が硬すぎやね。もう少し笑顔じゃったらかわいいのに」
千陽はくすりと笑いながらアドバイスする。
「だってわたし、お写真苦手だもん」
梨穂は頬を赤らめる。
「私も生徒証の写真、そんな感じだよ。だからりほちゃんも気にすることないって。私、あれやりたいなあ」
久未は、プリクラ専用機のすぐ隣に設置されていた筐体を指差した。
「クーミンはぬいぐるみが好きやったな?」
「うん!」
久未は嬉しそうに答える。UFOキャッチャーであった。
「あっ、あのオランウータンさんのぬいぐるみさんかわいい。私、めちゃくちゃ欲しい!」
久未は透明ケースに手の平を張り付けて叫ぶ。
「久未ちゃん、あれは隅の方にあるし、他のぬいぐるみの間に少し埋もれてるよ。物理学的視点で考えても難易度は相当高いよ」
「大丈夫!」
梨穂のアドバイスに対し、久未は自信満々に答えた。コイン投入口に百円硬貨を入れ、押しボタンに両手を添える。
「久未、頑張りや!」
棗はすぐ横で応援する。
「よーし。絶対とるよ!」
久未は慎重にボタンを操作してクレーンを操り、目的のぬいぐるみの真上まで持ってゆくことが出来た。
続いてクレーンを下げて、アームを広げる操作。
「あーん、失敗しちゃった。もう一度」
ぬいぐるみはアームの左側に触れたものの、つかみ上げることは出来なかった。再度クレーンを下げようとしたところ、制限時間がいっぱいとなってしまった。
「もう一回やるう!」
久未はもう一度お金を入れて、再チャレンジした。しかし今回も失敗。
「今度こそ絶対とるよ!」
この作業をさらに三度繰り返した。けれども一度もクレーンでつかみ上げることすら出来ず、
「わぁーん、なっちゃあああっん。あれとってえええええええ」
とうとう泣き出してしまった。お目当てのものを指差しながら棗に抱きつく。
「まかせとき、機械に食われた久未のお小遣い五百円の敵、うちが討ったる!」
「あっ、ありがとう。なっちゃん、いつも頼りにしてごめんね」
「ええって、ええって」
棗は久未の頭をそっとなでてあげる。
「ナツメグ、優しいねえ」
「久未ちゃんもよく健闘してたよ」
その様子を、千陽と梨穂はほのぼのと眺めていた。
「まっ、まさかこんなに上手くいくとは――」
取り出し口に、ポトリと落ちたセイウチのぬいぐるみ。
棗は、一発でいとも簡単に久未お目当てのものをゲットしてしまったのだ。
「おーっ、ナツメグすごいねえ。ワタシでもあれは無理っぽいのに。二人の友情パワーはそれだけ強いんじゃね」
「棗ちゃん、お見事です!」
「さすが、なっちゃんだ」
三人は大きく拍手した。
「うち、別に得意でもないのにたまたま取れただけやって。先に久未がちょっとだけ取り易いところに動かしてくれたおかげでもあるねんで。はい、久未」
棗は照れくさそうに語る。一番驚いていたのは彼女自身だった。
「ありがとう、なっちゃん。セイちゃん、こんにちは」
久未はさっそく名前をつけた。受け取った時の彼女の瞳は、ステンドグラスのようにキラキラ光り輝いていた。そのぬいぐるみを抱きしめて、頬ずりをし始める。
その時、
「おーい、きみたち。そこで何やってるのかなー?」
と、四人は背後から何者かに声をかけられた。
「え? こっ、この、トーンの高いお声は……」
久未は恐る恐る振り向く。
「きゃっ、きゃあああああああっ! やっ、やっぱり、鹿島先生だぁ!」
びっくりして、ぬいぐるみを床に落っことす。ほぼ初速度0の自由落下だった。
「あっ、セイちゃんが――」
慌てて拾い上げる。
「うわっ、出よった」
棗も慌てふためいた。
しかし千陽と梨穂は冷静だった。
「鹿島先生、やはりテリトリーであるこのお店では出没率が高いですね」
「勇者千陽は『カッシー』に出くわしてしまった。攻撃した。しかし空振りした」
「千陽ちゃん、鹿島先生は暑さに弱いから炎魔法を使うと効果的よ」
「おいおいおい、きみたちにとっておいらはRPGのモンスター的存在なのかよん? ま、それはそれでなんか嬉しいけどなん。それにしてもきみたち、制服姿でゲーセンとはじつに素晴らしい心構えではないかあ」
鹿島は千陽のそばに歩み寄ってきた。
「ひょっとしたら来るかなあ、とは思ってたんよワタシ」
「テスト期間中は教員も昼まででお勤め終わりだからねん。暇だから遊びに来たのさ。それよりきみたちいいのっかなん? 明日おいらのテラ難しーい試験があるのに、おいらの聖地で遊んでてさ」
「鹿島先生、これは遊びではなくて実践的な数学と物理のお勉強なの。UFOキャッチャーからは確率論と力学が学べるでしょう」
梨穂は強く主張した。
「確かに間違っちゃあいないがなん。まあ越智さんと馬越さんには全然問題ないだろうけど、兵頭さんと妻鳥さんはどうなんだろうかなん? 普段の小テストの結果を見ていると、おいら非常に心配だよん」
鹿島は苦笑いをした。
「だっ、大丈夫やって」
「私、明日の試験はいつも以上に本気出しますよ」
「そいつは楽しみだなあ。そうだ! いいこと思いついちまった。きみたち、おいらとあそこにある音ゲーで勝負してみるかい? もしも、きみたちが勝つようなことがあったならば、明日のテストできみたちが取得した点数に、さらに30点分サービスで加点してあげるよーん。ま、おいらが負けることは絶対ありえないけどな」
「いいよ。ワタシがやったる!」
千陽は即、鹿島の挑発に乗った。
「ふふふ、おいらはお子様相手だからって一切手加減なんてしない主義なんだよーん。カードゲーム大会では幼稚園児や小学生を何度も泣かせたことがあるよーん。おいらは自慢じゃあないが学生時代、学校にいる時間よりもゲーセンにいたり、家に引きこもってテレビゲームしたりしている時間の方が遥かに長かったんだよーん。ゲーム歴は四十数年。まだゲーム○オッチすら出てなかった、ス○ースイン○ーダー時代からのベテランゲーマーであるおいらの実力をお見せしてあげるよん。おいらはきみたちが生きてきた時間の倍以上はゲームに親しんでいるんだぞ! 今までに発売されたコンシューマーゲームも数え切れないほどありとあらゆるジャンルを遊んできたんだぞ。ファ〇コン版魔〇村だってノーダメージで全クリ出来るんだぞ。そんなおいらに勝てるなんて、まさか本気で思ってないよねん?」
鹿島はどうでもいい自慢話を長々と続ける。
「まあ見てなってカッシー。ワタシも音ゲーには自信あるけん」
「ふふーん。そいつは楽しみだなあ。ハッハッハ」
千陽と鹿島はじっと睨み合う。二人の間には、目には見えない激しい火花がバチバチ飛び交っていた。
「カッシーからお先にどうぞ」
「親切だなあ越智さんは。だが、そんなことしてくれたっておいらは本気でやるからねん」
鹿島は二百円を投入口に入れ、難易度は『むずかしい』を選択した。選んだ曲は、今流行のアニソンだった。
「ほいさっ、ほいさっ」
開始直後から鹿島は、必死にバチをバチバチ連打する。
「どうだ! はぁはぁはぁ……」
曲が流れ終わったあと、鹿島は全身汗びっしょりになっていた。
鹿島の叩き出した点数は、1061900点。
「おっ、おいらの、自己ベスト更新しちゃったよ。大人げなかったかなー」
息を切らしながらにやにや微笑む。
「次はワタシじゃな。公平な勝負するけん、同じ曲同じ難易度にしてあげるね」
「ふふふ、おいらの記録、ぬっけるかなん」
千陽もバチを両手に持ち、流れてくる演奏に合わせて叩き始めた。
「んぬ!? なっ、なかなか上手いではないかあ越智さん、だが、そんな程度でこのおいらに勝てるなんて思うなよん。経験の差ってのが違うんだよーん」
鹿島は目をパチリと見開いたあと、再び笑う。
それから約二分後、
「よっしゃ! ワタシの勝ちーっ。気分爽快!」
千陽はガッツポーズをして快哉を叫んだ。『1082600』の文字がピカピカ光り輝いていたのだ。
「千陽ちゃんおめでとう!」
「ちはるちゃん強すぎーっ」
「やるな千陽、自称ベテランゲーマーの鹿島先生をボロ負けにさせてまうなんて。先生、約束どおり加点してな」
千陽の後ろ側に立って応援していた三人は、パチパチ大きく拍手した。
「まっ、負けた。この、おいらが――」
鹿島は口をあんぐり開けた。
「もっ、もう一度だけ勝負してくれないかなん? 今のはね、おいらのきみたちに対する優しさが無意識の内に芽生えて不覚にも手加減してしまっただけなんだよん」
焦りの表情を見せながら、やや早口調で千陽に頼み込んでみた。
「嫌よう。ワタシたち、早く帰って試験勉強せんといかんのに」
千陽はにっこり微笑みながら告げ、スッと席を立つ。
「なっ、何だよもう! どうせやらないくせにーっ。いいもん! ママに言いつけてやるもんねっ! うおおおおおおお」
すると鹿島は突然両手をド○えもんの手の形にして、筐体をバンバンバンバン激しく叩き始めた。その音が店内中に鳴り響く。
「お客様、機械が故障致しますのでおやめ下さーい!」
案の定、すぐに店員さんがすっ飛んできた。
「だってだってだってー。というかこれさあ、始めっから一部の機能がぶっ壊れてたんじゃないのかい? おーい店員君。どう考えても不自然なんだよ。このおいらが女子高生ごときに負けたんだから」
鹿島はいろいろケチつけて、尚も筐体をバシバシ叩き続ける。
「お客様……」
店員さんの表情はますます険しくなってゆく。
「鹿島先生、そういうのはワ○ワ○パニックでやった方がいいですよ」
「それではカッシーよ、さらばだ。グッバイ!」
千陽と梨穂はにこにこ笑いながら、いい年をして店員さんにガミガミ叱られている鹿島を楽しそうに眺めていた。
こんな哀れな彼のことなど放っておいて、四人はゲームセンターをあとにした。
「もう夕方かーっ。ついつい遊びすぎてしまった。ゲーセンの魔力じゃ。クーミン、ナツメグ、すまんね、一時間くらいで帰るつもりやったんじゃけど」
「いやいやちはるちゃん。私すごい楽しかったよ。それにしても、生徒といっしょになって遊んでくれる鹿島先生ってやっぱ素敵だよね。私、数学は大嫌いだけど鹿島先生の授業は好きだから、なんとかやっていけてるもん」
「ほんまなかなかいええやつやで、あいつ」
久未と棗の、鹿島先生に対する株はさらに上昇したようだ。
「さあ、帰ったら明日の試験勉強をやらなくっちゃ」
「やる気出んけど、せなあかんな、やっぱ」
この二人は気持ちを切り替えようとしている。
「あの、わたし、久未ちゃんと棗ちゃんのためにテストに出ると思われる分野の予想問題集を作ってみたの」
梨穂はそう伝え、クリアファイルからホッチキスで留められたプリントの束を取り出した。二人に手渡す。
「おう、サンキュー梨穂、めっちゃ助かるわーっ。梨穂のカーニバルやな」
「りほちゃんお手製のプリント、これを丸暗記すれば百点間違いなしだね」
「あの、あくまでもわたしが勝手に予想して作成したものなので、あまり過度な期待はしないでね」
梨穂は完全に頼りきっている二人に釘を刺しておいた。
※※※
《十月二十日 水曜日 中間テスト二日目》
七時半頃、一組の教室。
「おはよう、ちはるちゃん、りほちゃん、昨日は私、ばっちり勉強してきたよーっ」
「うちも、一生懸命答え覚えた」
昨日と同じく少し早めに登校してきた久未と棗、今日は自信に満ちあふれていた。
「あのね、久未ちゃんも棗ちゃんも、答えその物よりも解き方を覚えた方がいいよ」
梨穂は少し困惑した表情を見せる。
こうして始まった三科目目、物理基礎。
[問い1の(1) 質量30kgの物体に人が鉛直上向きの力を加え続け、ゆっくりと0.5m引き上げたとき、人の加えた力がした仕事は何Jか]
(いきなり分からん。次の問題いこ)
棗はパス。
(仕事量の公式はW=F・sだから、これに当てはめて……あれ? 一体どれがFとsになるのかな? きっと、この二つを掛け合わせればいいんだよね? 30×0.5で15Jだね)
久未、あることをし忘れて痛恨のミス。
【四科目目 数学Ⅰ・Ⅱ】
[問い一の(1) 次の値を求めよ。 sin90°]
(なーんや、めっちゃ簡単やん。1やな)
(これ、1だよね。確か)
久未と棗、見事正解。好調な出だし。ところが、
[問い一の(2) △ABCにおいて∠B=60°,Bの対辺の長さbは整数,他の2辺の長さa,cはいずれも素数である。このとき,△ABCは正三角形であることを示せ]
(ちょっ、ちょっと待って、さっきの問題とレベル全然ちゃうやん。鹿島のやつめ)
(……どうすれば、いいんだろう)
次の問いにはなすすべ無し。
二日目終了後、学校からの帰り道。
「物理も数Ⅰ・Ⅱも、今回もほんま難しかったよな。もうどうでもええわって感じ。今思えば一学期の試験が簡単に感じるわ。所々にめっちゃ簡単な問題混ざってたおかげで0点は免れそうやけど」
「私も解答欄全然埋まらなかったよ。りほちゃんの予想問題と似たようなのもいくつかあったけど、数値が全然違うから解けなかった」
「……」
「嫌味に聞こえるかもしれんけど、ワタシは今日が一番楽じゃった」
千陽はとても嬉しそうに言いふらした。
「ほんまに嫌味に聞こえるよ、千陽。そろそろお腹すいてきたわ。お昼、みんなでマ○ド寄る?」
「……マッ○はね、ハンバーガーはとっても美味しいんだけど、真っ赤な髪と真っ白なお化粧したピエロさんが怖いからちょっと嫌だな。店の前に立ってるあのお人形さん、どうしても視界に入っちゃうもん。夢に出てくることもあってトラウマなんだ。あのお店に入ると、ハッピーだけどアンハッピーな気分にも同時になっちゃうよ」
久未はやや困り顔で話した。
「わたしもあれ、幼稚園の頃はすごく怖かったよ」
梨穂も同意見だ。
「気持ちは分からんでもないけどな、でもうちはあいつ大好きや」
「ワタシも。しゃべり方が面白いけんね。舞妓さんみたいなお化粧してるんじゃし、京都弁しゃべったらもっと人気出そうじゃ。クーミン、ナツメグ、お昼ごはん食べるとこじゃったら、ここからちょっと遠いけどお勧めのファミレスがあるんよ」
「あのお店ね。早織ちゃん、希実ちゃん、ぜひ来てみて」
「それじゃ、そうしようかな」
「うちも賛成」
「ここなんよ」
千陽は看板を指し示す。路面電車の駅から数分歩いたところにあるそのファミレスは、千陽と梨穂の行きつけらしい。
中に入り、四人掛けテーブル席に着く。
「ナツメグ、ここには超激辛メニュー“特盛りレッドカレー”があるんよ。全部食べれたらタダになるんよ」
「ほう。あの有名なタイ料理か」
柚はメニュー表を隣にいる希実に手渡した。棗はそれに記載された写真を眺める。
「見た目はあんまり辛そうやないな。うち、挑戦してみるよ!」
そして躊躇うことなく決意。
「さすがなっちゃんだ」
久未は手をパチパチ叩いた。
「今まで柚女の先生方が何人も挑戦してきて、みんな失敗に終わっとるんよ。辛党のウラナリっちでも完食は無理じゃった。でもナツメグならきっと出来るよ。ワタシ、期待してる!」
千陽は期待の眼差しで棗の瞳を見つめる。棗は少し照れた。
三人もメニューを選ぶ。梨穂は、お子様ランチをここではさすがに頼めなかった。
「お待たせしましたーっ。特盛りレッドカレーでございます。ごゆっくりどうぞ」
棗の注文したメニューは、最後に運ばれてきた。ウェイトレスは涼しい表情で、そのメニューをテーブルに置いていく。
「うっわ!」
棗は、目を疑った。
「まっ、まさか、ここまでとは――写真で見るより量多く感じるな」
「ナツメグ、時間制限ないから余裕じゃろ?」
「いやあ、ちょっと厳しいなあ全部は」
棗は苦笑いを浮かべる。溶岩を彷彿とさせるオレンジ色のルー、緑色のコブミカンの葉っぱ、一本丸ごと入った真っ赤な唐辛子、真っ白なライス。おどろおどろしくも美しい四色のコントラストが彼女の目にしっかりと焼きついていた。
「棗ちゃん。もし失敗しても千円なので安心してね。わたしがおごるから」
「分かった。そっ、それじゃ……いっ、いただきます」
こうなったら後戻りは香車の駒のごとくもう出来ない、と感じた棗は、恐る恐るスプーンでライス多め、ルー少なめにつかみ取り、口の中へと運んだ。
「……あれ? 思ったより辛くないな。それにめっちゃうまいやん! いけるかも――」
棗は二口三口と、どんどんつかみ取って口に入れてゆく。
ところが八口目を食べた直後のこと、
「……もっ、もうあかん! 耐えられん!」
棗は勢いよく立ち上がった。そして一目散にセルフサービスドリンクコーナーへと向かった。メロンクリームソーダを紙コップ満タンまで入れて、ゴクゴクゴクゴク飲み干す。辛さはあとになってじわり、じわりと効いてきたのだ。
「まっ、まだからあああっい」
もう一杯おかわりした。
「なっ、なんとか落ち着いた」
棗は、涙目になりながら席へ戻ってきた。
「なっちゃん、そんなに辛かったの?」
久未は心配そうに尋ねる。
「無理、無理、無理、無理! 全部は絶対無理やーっ」
棗はさらにもう一杯、久未が入れていたバナナジュースも飲み干した。
「汗いっぱいかいてる」
久未はハンカチをポケットから取り出し、棗のおでこをフキフキしてあげた。
「サンキュー久未。だいぶ楽になったよ」
「にしても噂以上じゃったな。ナツメグを唸らせるとは。こうなったら高○名人召還してくるしかないかも」
「棗ちゃんごめんなさい。こんな“兵器”をお勧めしてしまって」
梨穂はぺこりと頭を下げて謝った。
「気にせんといてーな。ていうかうち、辛さの新次元が見られて嬉しかったよ」
「私、怖いもの見たさで一口だけ食べてみようかな」
久未は前屈みになってカレー皿をじっと見つめる。
「あかん! 久未は絶対やめた方がええって。リアルに火を噴いちゃうよ」
「確かに、なっちゃんの言う通りかも。お皿からすごいオーラが出てるのを感じる」
棗はルーが半分以上残されたカレー皿をカウンターへ返却してきた。代わりにトムヤムクンを注文することで、棗の昼食は片付く。食べ切れなかった分の代金も約束どおり梨穂が支払ってくれ、四人は喫茶店をあとにした。
「めっちゃ辛かったけど、なんか妙に頭が冴えてきたよ。勉強やる気出て来た」
「きっとカプサイシンの効力じゃね。この調子で明日の試験も頑張ってね」
千陽は棗にエールを送る。
「うん、全力を尽くすよ!」
棗のやる気はさらにアップ。上機嫌でおウチへと帰っていった。
「たっ、ただいま、母さん」
「どうしたの? 棗ちゃん。やけにしんどそうにして」
棗は背中を丸めて、ゆっくりとした歩みで廊下を歩く。
「なっ、なんか胃が、急に燃えるように痛くなってきてん」
「棗ちゃんったら、また辛いもの食べ過ぎたのね。食べ過ぎはよくないよ」
棗の母はにこにこしながら助言した。
「分かってるって」
自分のお部屋に入ると、すぐベッドにごろりんと転がった棗。結局、余計勉強に集中出来なくなってしまったのであった。
「もうあんな激辛料理は懲り懲りやーっ」
※※※
《十月二十一日 木曜日》
【六科目目 数学A・B】
[問い3の(1) 次の等差数列の和を求めよ。 100,98,96,……,30]
(これは、等差数列の和の公式を使うやつやったな。どないやったかな? 忘れた。ガウス君助けてーっ)
棗、この問題は手に負えず。
(あれ? 公式の通りの形じゃないよ。数字が減ってる。えっと……もう全部手計算でやっちゃえ。100タス98は198、198タス96は294……)
久未は、その地道かつ非効率的なやり方で、なんとかこの問題の答えである2340を求めることが出来たのであった。
休み時間。
「クーミン、ナツメグ、数A・Bどうじゃった? Ⅰ・Ⅱに比べたら楽勝やったじゃろ?」
千陽は嬉しそうに話しかけてきた。
「いやいや。全く、出来へんかった。時間が全然足りへんわ。問題数多すぎ」
「私も全体の五分の三くらいまのところで時間切れになっちゃった」
二人は自信なさそうに答える。
「ほうなん。平均80は超えそうなんじゃけどね」
千陽は二人のことを少し心配している様子だった。
中間テスト三日目終了後、四人とも今日はお昼ご飯を学食でとり、そのあと学内にある図書館で勉強することにした。ここなら集中出来る、と久未と棗が提案した。
四人が奥の方にあるイス席へ向かう途中、
「あっ、ここって絵本もいっぱい置いてるんだね」
久未は本棚のとある箇所に目を向けた。
「久未ちゃん、もう少し静かに」
梨穂は人差し指でシーッのポーズをとり、優しく注意した。
「あ、いけない、いけない」
久未は両手をお口に添える仕草をとる。
「これは家庭科の保育の分野で扱われるの。休日は一般開放もしてるから、乳幼児向けや小学生向けの図書もたくさんあるよ」
梨穂は他の利用客の迷惑にならないよう小声で教えた。
「そうなんだ。早くその単元習いたいな」
久未は本棚へ吸い寄せられるように歩み寄り、絵本を何冊か手に取った。
「久未、試験勉強は?」
棗は笑顔で問いかける。
「これ読み終わったらやるよ」
それから、一時間ほど経った。
久未は、まだ絵本を読み耽っていた。
「なあ、久未もそろそろ勉強し始めた方がええよ」
棗は明日の試験科目の一つ、国語総合(古文)に出てくる単語の暗記をしている。
「あともう少しだけーっ」
久未は駄々をこね始めた。
「ダーメ! 千陽と梨穂も何とか言って……っていうか二人ともマンガ読んどるやん。いつの間に持ってきたん?」
その二人も、イスにもたれてゆったりくつろいでいた。
「新刊が入っていたので、つい手が伸びてしまったの。読書の秋だし」
梨穂は真顔で述べる。
「ナツメグ、ここには本だけじゃなく、アニメのDVDもいっぱい置いてあるんよ」
「へぇ、そんなのも揃えてるんや」
「向かいのお部屋にあるんよ」
千陽はそこを手で指し示した。
「……ちょっとだけ、見に行ってみよか」
棗は席を立ち、興味本位でそのコーナーへと向かっていった。
○
「あーあ、やってもうた。つい夢中になって一話から最終話まで見てもうたわ。愛媛では放送してなかったやつやし。もうすぐ六時やん。あれから四時間以上経っとる。あっという間やったな。家帰ったら今度こそ本気でやらんと」
棗は嘆きながら、三人のもとへ戻ってきた。
「ナツメグ、この学校の図書館はもちろん学術専門書も豊富に揃ってあるけど、娯楽の誘惑も多いけんな。意志の弱い子は勉強には不適かもしれんよ」
千陽はそう忠告した。彼女自身ライトノベルにしっかり目を通しながら。
「そっ、それを先に言ってーっ。うちは意志がめっちゃ弱い子やねん」
「まあまあ、なっちゃん、なんくるないさーっ」
久未は沖縄の暮らしについて書かれた、小学生向けの社会科副読本を床に寝転がって読み耽っていた。
「うち、こんなんで明日のテスト、大丈夫なんかなーっ」
棗は四人の中で一番危機感を感じているようだ。
いよいよ明日が中間テスト最終日。
※※※
《十月二十二日 金曜日》
十一時半に、全ての科目が終了した。
「やっとテスト終わったよ。なっちゃん、とても長かったよね」
「うん。一週間くらいに感じた。今回もどの教科も全然あかんかったけどな。結果が怖い」
嬉しさ半分、不安も半分の棗。
「わたしは今回もいい結果が残せそう」
「早く期末にならんかな。昼までで終わるけん、あと遊べるし」
千陽と梨穂にとっては、定期考査は高校生活の楽しみの一つらしい。
部活動も今日から再開。四人は学内農園に植えられてあるサツマイモを収穫する。品種は、鳴門金時だ。
「おイモさん、おイモさん。私、この日をずっと待ってたよ」
一番喜んでいるのは久未だった。中腰姿勢になってサツマイモの葉っぱを眺める。
四人はスコップ片手に楽しそうに土を掘ってゆく。
「これ、抜けないよ。かなり大物みたいだ」
久未は葉っぱと茎の部分を持って、懸命に引っ張りながら助けを求めた。
「うちにまかせてや」
棗が挑戦するも、
「……あっ、ありゃ? 何よこれ。ビクともせえへん」
全く歯が立たず。千陽と梨穂にも協力してもらうことにした。
棗は千陽を、千陽は梨穂を、梨穂は久未を、久未は本体を引っ張った。こうして四人で力を合わせ、ようやく引き抜くことが出来たのであった。
棗は勢いで地面にしりもちをつく。
「いたたた、千陽、はよのいてー。重たーい」
彼女の膝の上に、千陽のおしりがどっかり。
「もう、ナツメグ。女の子に重たいは失礼なんよ」
千陽はそう注意しておいて、立ち上がった。
「ロシア民話『大きなかぶ』のさつまいもバージョンね」
梨穂は微笑む。そのサツマイモは、十本以上は絡み合っていた。
「小学校の時、劇でやったよ。私はねずみさんの役だった」
「うちはお婆さん役やったわ。懐かしい。さてと、おイモ掘りのあとは、これやらな始まらんな」
棗は通学カバンの中から、チャッカマンとアルミホイルを取り出した。
「さすがなっちゃん、準備がいいね。焼きイモ、焼きイモーッ」
落ち葉や枯れ枝を集め、おイモをアルミホイルに包んでその中に埋めて、火をつけた。
おイモの香ばしい香りが漂って来だした頃、
「ぃよう、おまえさんら。いいもん作ってるな」
末成先生がどこからともなくヒョコッと現れた。
「げっ、最悪。一つもやらんよ。帰った、帰った。しっし」
棗は迷惑そうな表情を浮かべる。他の三人も同じだ。敵意を持って彼をにらみつける。
「ハッハッハ。おれ、焼きイモなんか飽きるほど食うてるけん取らせんって。安心してほしいぞなもし。おまえさんら焚き火始めたけん、面白いもんお見せしてあげようと思うてな。あのことわざじゃ」
「あああーっ、先生、それは絶対やめてーっ」
久未は大声で叫んだ。
「兵頭よ、よう感づいたな。大当たり。おれ、今から『火中の栗を拾う』をビジュアルでお見せするぞなもし」
そう言い末成先生は、右手に持っていた竹カゴの中から栗を一粒取り出した。
「じゃじゃん! これは命より大事な栗、高級中山栗『銀寄』ぞなもし」
「ダメダメダメーッ!」
久未は目にも留まらぬ速さでそれをパッと奪い取り、遠くへ投げ捨てた。
「おう、きれいな放物線運動ぞなもし、兵頭よ。一番飛距離を出せる45度の角度に限りなく近かったけんな。それより残念じゃったな、まだまだいっぱいあるけん」
「えーっ」
久未は慌てふためく。
「ニセ物理、やめて下さい」
梨穂も止めに入る。しかし末成先生は学習した。今度は手を上に伸ばしカゴを高く掲げ、二人に届かないようにしたのだ。
「ほいっ!」
末成先生が焚き火目掛けて残りの栗を投げようとしたその時――。
「先生、こんな所で油売ってたんですか!」
と、一人の女生徒が叫んだ。
「あっ……見つかってしまったぞなもし」
その瞬間、末成先生の動きがピタッと止まる。
「生物部員の皆さま、本当に申し訳ございません。すぐに片付けますので」
この隙に、その子は末成先生の後首襟をぐいっとつかんだ。
「オーマイゴッド、あともう少しじゃったのにーっ」
こうして彼は、ずるずる引きずられ、連れ戻されていったのであった。
「どなたか知りませんが、ありがとう」
久未はお礼を言っておいた。
「これで邪魔者は消えたな」
棗はトングを使っておイモをつかみ、アルミホイルをのけた。みんなに分ける。
「おいしいーっ」
「やっぱうちらで育てたやつはめっちゃうまいな」
「また太っちゃいそうじゃ」
「甘くて最高。さすがは鳴門金時ね」
一口齧った瞬間、四人に満面の笑みが浮かぶ。
収穫したおイモの残りはスーパーの袋に詰めて、おウチへ持ち帰ることにした。
続いて稲刈り。四人はきちんと火の後始末をし、学校近くの田んぼへと向かった。
「あーっ、なんかとってもかわいらしい案山子さんが増えてる」
久未は好奇な目で対象物に目を向けた。
「あれ、うちと千陽とで一週間くらい前に作ってん。いわゆる“痛案山子”ってやつや。神戸行った時に買ったコスプレ衣装を使ってるんよ」
「これからは案山子にも萌えが求められる時代なんよ。スズメやカラスにはまったく効果なかったみたいじゃけど、まあいいんよ」
棗と千陽は、たわわに実ったお米をついばむ鳥たちを、ほのぼのと眺めていた。
「……奇抜な光景に見えるわね」
梨穂はやや呆れ顔でつぶやく。
四人は軍手をはめて、鎌を手に持った。
「久未、気をつけてな」
「うん」
手作業で一本一本刈り取っていく昔ながらのやり方。刈り取った稲穂は五、六本ずつ藁で束ね、稲架に干して作業を終える。
この光景は、秋の深まりを感じさせていた。