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三話 秋の遠足。宮島で超レア体験

《十月八日 金曜日》

 今日は学校行事の一つ、秋の遠足の日。

 高等部一年生は、松山観光港からチャーター船を利用して目的地へ向かう。

 船内で、生物部仲良し四人組は隣り合うように並んで座った。

「クーミン、お菓子持ってきた?」

「うん。もちろん。たくさんあるよ」

 久未はリュックサックのチャックを開け、見せびらかす。

「……まさか、こんなに持ってくるとは思わなかったよ」

 千陽は少し目を丸くした。

「えへへへ すごいでしょう?」

リュックの中身は、はち切れんばかりのお菓子類でパンパンに詰まっていた。

「久未ちゃん、これはちょっとやり過ぎに思うよ」

「食いしん坊やな久未、けどそんなに食べきれんやろ?」

梨穂と棗はにこにこ微笑みながら横の席から覗き込む。

「だって、高校の遠足は値段制限無いもん!」

 久未はきっぱりと言い張った。このお菓子類がこのあと、ある悲劇をもたらすことを、彼女は当然知る由もない。


 三時間弱の船旅。やって来たのは、宮島。

「午後三時半の集合時刻まで、各自自由行動。遅れたら置いて行っちゃうからね」

 学年主任も勤める辰巳先生はこうおっしゃった。

 生物部仲良し四人組はもちろんいっしょに行動をとることに。宮島桟橋から海岸沿いの道を歩き進む。

「鹿がようさんおるな」

「宮島といえば牡蠣、もみじ饅頭、厳島神社だけじゃなく鹿も有名やけんね」

「私、鹿さんには嫌な思い出があるの。昔家族旅行で奈良へ行った時にね、おせんべい買ったらいきなり取り囲まれちゃって」

 久未は鹿をなるべく見ないようにしていた。

「分かる、分かる、集団でやって来られたらちょっと怖いよね」

 梨穂は同情心を示した。

「こんなにかわええのに」

 棗は鹿の頭をなでながら言う。

「私、本当は鹿さん大好きだよ。キーホルダー持ってるもん。でも、本物の鹿さんに近寄ろうとしたら、どうしても体が拒んじゃって……」

 久未はぼそぼそと打ち明けた。

「二次元美少女キャラは大好きやけど、三次元は無理っていう鹿島先生と同じような感覚やな」

 棗はにんまり微笑んだ。

「なんとかしてあげたいものじゃね」

 千陽は、久未の頭をそっとなでてあげた。

「大鳥居は今の時間、水に浸かっとるな。残念や」

「ほなけどこれはこれでいい風景じゃね。あれを背景にみんなで写真撮ろう」

 千陽はポーチの中からデジカメを取り出した。近くにいた観光客に頼み、四人を撮ってもらった。

四人は厳島神社本殿を参拝したあと、お昼ごはんに名物『あなごめし』を食べて、弥山へ向かうことにした。

神社から少し北へ歩くと紅葉谷公園に入る。そこから宮島ロープウェイ乗り場に至るまでの道にも鹿がたくさんいた。久未は棗の後ろにぴったり引っ付いて歩いていた。

 紅葉谷駅から、少人数乗りの循環式ロープウェイを利用する。二人ずつ向かい合って座った。 

「早く着かないかなあ」

久未は、そわそわして何か落ち着かない様子だった。

「クーミン、どうしたん?」

 お隣の千陽はにんまり微笑みながら問いかける。

「あの、私……」

「久未はな、ロープウェイ苦手やねん。松山城にあるやつにも乗れんのよ」

 久未が何か言おうとしたところ、向かいの棗は口を挟んだ。

「そうなんだ。どうしても無理」

久未はあっさり認める。

「ほうか」

 千陽はにこっと笑い、足踏みをし始めた。

「あああああああっ、ちっ、ちはるちゃん。やめてーっ。ロープウェイが落っこちたらどうするの?」

 久未は千陽の服を引っ張り、ゆさゆさ揺さぶる。

「まあまあクーミン、そんなに簡単に落ちるわけないって」

「千陽ちゃん、めっ!」

 梨穂は、からかう千陽の頭をペチッと叩いておいた。

 榧谷駅で、交走式ロープウェイに乗り換えるようになっている。今度は最大三十人まで乗ることが出来、中が広い。久未は、外が見えにくい中央付近に立っていた。

「ここって、昔はおサルさんがいっぱいいたんだよね」

 終点、獅子岩駅に到着すると途端に久未は元気を取り戻した。獅子岩展望台から周囲をきょろきょろ見渡す。

「捕獲作戦の時に逃れた個体もいるので、今でも完全にいなくなったわけじゃないそうですよ。出会えたら超ラッキーですね。猿って言うと、ケクレのサルを思い浮かべちゃうな」

 梨穂は楽しそうに微笑む。

「りほちゃん、それってなあに?」

「化学者のケクレさんが、六匹のおサルさんが手を繋いで輪になっている夢を見て、ベンゼン環の構造を思いついたという逸話があるの」

「へえ。りほちゃんらしい発想だね」

「うち、サルは箕面の祖母ちゃんちでも見かけるよ。あっ、あそこに猿いるよ。しかもこっち寄って来たし。宮島で猿見つけて、こっち寄って来てくれるなんて超レア体験やん」

「おサルさーん、おいで、おいでーっ。お菓子あげるよーっ」

 久未はリュックを下ろし、チャックを開けて、スナック菓子を取り出した。すると数頭のサルが久未のもとへ駆け寄って来た。

「あああああーっ! ダッ、ダメだよおサルさん」

 久未は手に持っていたスナック菓子の袋、さらにリュックの中にあった菓子袋もほとんど強奪されてしまった。

「あーん、待ってーっ、おサルさん」

久未の頼みも空しく、そのサルたちはあっという間に登山道から外れた山の斜面へ去って行った。

「私のお菓子……」

 久未は目に涙を浮かばせながら、器用に袋を開けて中のお菓子を美味しそうにほおばるサルたちを見つめる。

「ドンマイ、クーミン。諦めも肝心なんよ」

 千陽は慰めてあげた。

「ぃよう、おまえさんら。なんか災難なことがあったみたいじゃな。ここはおれが敵を討ってあげようぞなもし」

 と、そこへ末成先生が現れた。

「あっ! ニセ物理。やめてあげて。おサルさんかわいそう」

「末成先生、おサルさんは、お菓子を盗んだりするけど、そんなことしちゃダメ!」

 梨穂と久未は注意しながら彼のもとへと駆け寄った。

「おれ、今、あのことわざを実践しよるぞなもし。ことわざっていうんもやはりビジュアルで体験するんが一番脳内にインプットされやすいけんな」

末成先生は木の上にいたサルたちを、水鉄砲で打ち落とそうとしたのだ。

「ハッハッハッ。見よ! 『猿も木から落ちる』のビジュアル版ぞなもし。これこそが本物のモンキーハンティングじゃ」

 まったく悪びれる様子は無く、サルたちに狙い撃ちする末成。と、その時――。

「あいたたたっ」

 サルたちが突然、キーッ、キーッと威嚇の鳴き声を上げて末成先生に襲いかかった。

「こっ、こいつめ。このおれに勝とうなんて……たっ、助けてほしいぞなもし。プリーズヘルプミー」

末成先生は手足や顔を引っかかれたり、噛まれたり。

「自業自得じゃな、ウラナリっち」

「先生よかったやん。『仏の顔も三度まで』が実演出来て。まあ野生のサルは元々凶暴やから一度だけでも大激怒してはるようやけど」

 千陽と棗はその様子をほのぼのと眺める。

「おサルさん、頑張れ!」

「ニセ物理なんかやっつけちゃっていいからね」

 久未と梨穂はサルたちを応援する。

「ほんじゃウラナリっち、山頂まで行ったらお土産買う時間がほとんどなくなってしまうけん、ワタシたちそろそろ下りるね」

「まっ、待ってほしいぞなもしーっ」

 末成先生の頼みは完全スルーして、四人は下りロープウェイで下山。他にも観光客は大勢いたが、彼を心配する者は誰一人としていなかったという。


「クーミン、鹿の張子が売ってあるよ。買う?」

「うーん。この鹿さんは平気なんだけど……ちょっと買う気がしないなあ。やっぱ宮島といえばもみじ饅頭だよ。つぶあん、こしあん以外にもいろんな種類のがあるんだね。ハ○ーキティのやつとってもかわいい」

「わたしもこれにしよう」

「抹茶のも美味そうや。そういや宮島って、杓文字も有名やったな。それも記念に買って帰ろう」

 厳島神社と船乗り場とを結ぶ表参道商店街で、四人は楽しそうにお土産を買い漁った。


「全員揃ってるね。オーケイ!」

 集合時刻、船内で学年主任辰巳先生は点呼確認をとった。午後四時に出港。高等部一年生と先生方を乗せ、チャーター船は松山観光港に向けて進む。

ただ一人、末成先生をのぞいて。


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