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いよかんびより  作者: 明石竜


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11/15

第十一話 梨穂の妹、詩穂登場。あたしもお姉ちゃんと同じ高校行く! いやこんな成績じゃ無理だから。

《十一月十五日 月曜日》

「おはよう。ちはるちゃん、りほちゃん」

「おはよー」

「おはよ。ワタシ、まだ合宿気分が抜けんよ」

「おはよう。あのね、突然のことで悪いんだけど、みんなにお願いがあるの……今日の帰り、わたしのおウチへ来てくれない? わたしの妹の詩穂のことで、みんなからも説得してもらいたいことがあるの」

 合宿開け、いつものように登校して来て四人でおしゃべりし合う中、梨穂は重々しく口を開いた。

「りほちゃんには妹がいたんだ。どんな子かなあ?」

「きっと梨穂と似て賢いんやろな」

 久未と棗は興味津々。

「ううん。詩穂はね、わたしと違っておバカさんなの。それなのにこの高校の自然科学コース受験するって言って聞かないの。しかも単願で。担任の先生も困ってるみたいよ」

 梨穂は困惑顔で打ち明ける。

「そういやリホちゃん、今年受験生じゃったね」

「そうなのよ」

「単願なんてすごいね、りほちゃんの妹」

「勇気ある妹さんやな。うちも久未も、落ちた時の保険に公立も併願しとったし」

久未と棗はほとほと感心していた。


         ○


 そして放課後。

「りほちゃんちの近くって、大きなお店があって便利だね」

「羨ましい。うちんちの近所にはコンビニすらないからな」

 四人は伊予鉄古泉駅すぐ近くにある、大型ショッピングモールへやって来た。

「詩穂はね、今の時間ここにいることが多いの」

 梨穂は、三人を食料品売り場へ誘導する。

「あ、やっぱり。あそこにいたわ」

 梨穂は小声で三人に伝える。梨穂のあとに続き、三人も詩穂のもとへ歩み寄った。その子は買い物カゴを床に置き、お菓子類を漁っていた。

「こーら、詩穂。中学生は買い食い禁止」

 梨穂はその子の肩をポンッと叩いた。

「あっ、お姉ちゃん」

 詩穂は振り向く。照れくさそうな表情をしていた。

「やっほー、シホちゃん」

「千陽お姉ちゃんもいたんだ。お久しぶりだね。えっと、こちらは……」

「ちっちゃい方が久未ちゃんで、背の高い方が棗ちゃんよ」

 梨穂は教える。詩穂はこの二人のお顔を見つめた。

「はじめまして、久未お姉ちゃん、棗お姉ちゃん」

 そしてぺこりとご挨拶。

「かわいいーっ。りほちゃんにそっくりだね」

「そうかなあ? そんなに似てる?」

 詩穂は照れ隠しをするように髪の毛を触る。ツインテールにしていた。

「面白いほど似すぎ、似すぎ。メガネの形が同じで、背丈も同じくらいやし。違うんは髪型だけや」

「そう? 嬉しいな」

 詩穂はてへっと笑った。

「詩穂ったら、わたしの真似したがりだからね。レストランでメニュー注文する時とか、お洋服買ったりする時も同じのを選びたがるの。髪形は同じにしたら見分けつかなくなるから、あまり真似しないようにしてるけどね。詩穂、今日これからみんなをおウチへ連れて行くね」

「分かった! それじゃ早く会計済ませて……あっ、あれ? なんかいつの間にか、お菓子がカゴ一杯になってる」

 詩穂は不思議そうな目で見つめる。

「久未ちゃーん」

 梨穂はにこっと微笑みかけ、久未のほっぺたをきゅっとつねった。

「いたたた、バレちゃった? ごめんね。お金は私が払うから」

 久未はぺこりと謝った。

「もう! 久未ちゃんったら食いしん坊さん。いいよ。わたしがおごってあげる」

「ありがとう、りほちゃん」

「久未お姉ちゃんも、お菓子が大好きなんだね。あたしとお姉ちゃんと同じだ」

 詩穂はとても嬉しそうだった。

 


「……千陽のお部屋よりすごいんちゃう?」

「うん。完全に負けじゃ。シホちゃんもいつの間にかこの世界に足を踏み入れてたんじゃね。感心、感心」

棗と千陽は、詩穂のお部屋の中をぐるりと見渡した。

「あまり感心すべきことでもないんだけど……詩穂の成績がますます下がっちゃったのは絶対これが原因よ」

 と、梨穂はため息混じりに言う。

「梨穂、うちはこの世界に嵌る前から成績悪かったし、関係ないと思うよ。詩穂ちゃんアニメ好きやってんな」

「マンガもラノベも声優さんも大好きだよ。将来の夢は声優さんか漫画家さんかライトノベル作家さんになることなんだ」

 詩穂は嬉しそうにしゃべる。

「うちと同じやな」

「立派な夢じゃ。いまや声優さんも紅白に出場する時代やけんね」

 棗と千陽は感激した。

「そういや詩穂ちゃん、うちの高校受けるんやってな?」

 棗はにこっと微笑みかけた。

「うん! 第一志望なんだ」

 詩穂は自信満々に答えた。

「そうなんか。柚高には推薦枠はないし、内申点も考慮されへんから、成績に寄らず誰でも受験出来るよ」

「公立高校って、内申点によって受けれるとこが決まってくるもんね」

「内申点低すぎるとレベルの高い公立は受けさせてくれへんからな。その点柚高は当日一発勝負。当日さえ出来れば合格可能や!」

「しほちゃん。私も数学と理科はすごく苦手だったけど合格出来たよ」

「うちも、うちも。この二科目は、中学以降100点はもちろんのこと、平均点すら超えれたことも一度もないからな」

 久未と棗は笑いながら詩穂に話す。

「なあんだ。じゃ、あたしも合格出来るね」

「棗ちゃん、久未ちゃん。そんなこと言うと詩穂が安心しきっちゃうから」

 梨穂は頭をかかえる。

「シホちゃんの今の学力はどのくらいなん? 参考にしたいけん、中間テスト見せてほしいな」

「いいよ!」

 詩穂は千陽からの要求に快く応じる。机の引き出しを開けて取り出し、

「どう、すごいでしょう」

 堂々と見せびらかした。

「すごい! 社会98で、英語97も取ってる。偏差値は70近くじゃ。リホ、シホちゃん全然成績悪くないっていうか超優秀じゃない。あっ……数学15、理科23か。前言撤回。シホちゃん、これ完全に文系……いや国語もそんなに得意じゃないんね。61じゃし」

 千陽は笑みを浮かべたあと、苦い表情へ変わった。

「現代文はそこそこ取れるんだけどね。見ての通りあたし、古文と漢文がすごく苦手だから自然科学コース受けるんだ」

 詩穂は堂々と言い張った。

「ワタシもそういう理由で受けたんよ。ワタシとリホは、内部進学生やけんクーミンとナツメグが受けた一般入試よりも簡単な試験じゃったけど、それでも数理の点数がここまで酷かったら落とされて普通コースに振り分けられちゃうんよ。シホちゃんは一般入試で受けるんじゃし、相当厳しいんよ。どうしても柚風受けたいんじゃったら、国際科にしたらどう? 英語の配点比重が当然のように高くて、数学と理科は低いんよ」

「そっちは受けなーい。お姉ちゃんと同じとこ受けるのーっ」

 千陽のアドバイスにも、詩穂は聞く耳持たず。

「詩穂には、自然科学コースは絶対向いてないと思うの」

 梨穂も忠告してあげた。

「お姉ちゃん、そこって理系だからパソコンの授業も多いんでしょう? ホームページにもそう書いてあったよ。すごく面白そうじゃん」

 と、詩穂は言い張る。

(詩穂ちゃん去年のうちと同じ思考やな。うちも、パソコンで遊び放題ってとこが魅かれた理由の一つやねん。けどそれはどのコース学科入っても出来るってことに入学してから気付いたわ)

 棗は心の中で呟く。

「お姉ちゃんの学校って中学入試はかなり難関だけど、高校入試は簡単なんでしょう?」

 詩穂は問いかけた。

「確かに偏差値で10くらいは落ちるけど、それでも詩穂には絶対無理よ」

 そう言い、梨穂は通学カバンの中からあるものを取り出した。

「今日学校で、去年の数学の入試問題もらって来てあげたの。今の詩穂の力だと何点取れるのか、やってみるといいよ」

 その冊子を詩穂に手渡す。

「分かったよ、お姉ちゃん。こんなの楽勝だって」

 詩穂は学習机に座り、シャープペンシルを手に持った。


「うーん、降参。もうやだ」

 開始わずか十五分で投げ出してしまった。

「……一応、採点してあげるね」

 梨穂は呆れた表情で詩穂から解答用紙を受け取り、赤ボールペンを手に取った。

「もう! 一問目から間違ってるじゃない。一番簡単な問題なのに。なんで5+(-3)×2が4になるのよ? 四則演算では乗除優先って小学校の時に習ったでしょう? 自然科学コース受けるんだったらこういう基本問題は絶対に一問も落としちゃダメなの。めっ!」

 詩穂の頭をペシペシペシッと三回叩いた。

「いたたた」

「りほちゃん、そんなことすると、しほちゃんますますおバカさんになっちゃうよ」

 久未は意見した。

「でもね、このままじゃ絶対不合格になっちゃうよ」

 梨穂は困惑顔になる。

「大丈夫だよ、お姉ちゃん。本番ではなんとかなるから。当日出来ればいいし」

 詩穂は、かなり楽観的な考え方だった。


         ※※※


《十一月二十一日 日曜日》

「あーあ、テスト嫌だなあ」 

「なんで日曜まで出て来んとあかんのよな? だるいわー」

 久未と棗はため息をつきながら登校していた。

今日は、高一対象の全国模試が行われるからだ。記述式で国・数・英の三科目。この学校では一年生全員が受験必修となっている。


              ○


試験終了後、帰り道。

「あー、めっちゃむずかった。特に数学。半分以上白紙状態や」

「国語や英語も分からない問題だらけだったよね」

「さすがのワタシも、今回はちょっと自信ないけん、志望校も書かんかったんよ」

 意気消沈していた三人をよそに、

「結果早く来ないかなあ。全国順位も出るから楽しみ」

 梨穂だけは自信に満ち溢れていた。

「そういやリホ、シホちゃんあれから苦手教科勉強し始めるようになってくれた?」

「ううん。それが相変わらずなの。勉強しないくせに受ける、受けるってしつこくて」

 梨穂は困り顔になった。

「ほうかい。シホちゃんそれだけリホの真似したいと思ってるんじゃない?」

「わたしはちゃんと勉強してるよ。詩穂は、それは真似してほしいんだけどしてくれないの」

「ほうじゃ。今度の芸文祭に連れてってあげたらいいんじゃない? 柚風のことがもっと好きになって、入学意欲が沸いて真面目に受験勉強するようになるかもしれんよ」

 千陽は提案してみた。

「わたしも、そうしようかなってと思ってたとこなの。こうなったらもう、諦めさせるよりは勉強意欲を上げさせた方がいいのかなって思うし」

「それがいいよ。ところでクーミンにナツメグ、毎年この時期に部活動の一環としてやってる恒例行事があるんよ」

「あ、千陽ちゃん。それは……」

「え!? なになに?」

「面白いことか?」

 何か意味深な発言をした梨穂を遮るように、二人は尋ねた。

「ちょっとこっちへ来てね」

 千陽はそう告げて、JR市坪駅近くにある、とある民家の裏庭へ案内した。

「あそこに大きな柿の木があるじゃろ? いくらでも採り放題なんよ」

「本当? たくさん採ろう!」

「家もめっちゃでかいな。お屋敷やん」

 こうして久未と棗は柿狩りに興じる。手の届く位置にもたくさん実がなっていた。


「こりゃあああああああ! またおまえらかーっ」


突然、雷のような怒声がこだました。

「ひゃう!」

「うわ、びっくりした」

 久未と棗は声のした方を振り向く。

「クーミン、ナツメグ。逃げるよ」

 千陽はにこにこした表情で言った。

「久未ちゃん、急いで」

 梨穂は深刻そうな表情で告げる。彼女はすでに庭の外にいた。

四人のいる方へ、竹刀を片手に持ったご老人がどんどん迫ってくる。

「きゃあああああああっ、助けてーっ、つるぴか頭の怖いおじいちゃんが――」

今にも泣き出しそうな表情で逃げる久未。

「スリルあるね」

「なんかうちら、昭和の子供みたいやな」

 一方で、千陽と棗はとても楽しそうだ。

「つかまえたぞな」

「あわわわっ。たっ、助けてーっ。なっちゃあああん、りほちゃあああん、ちはるちゃあああん。私、つかまっちゃったよおおおおおっ!」

逃げ足の遅い久未はすぐにご老人に追いつかれ、後ろ首襟を掴まれてしまった。久未の叫び声に、三人はすぐに反応した。

「久未ちゃんがつかまるなら、わたしも」

 梨穂は怯えた表情で、久未のもとへ駆け寄る。

「クーミン、あっさりつかまっちゃったね」

「うちらも戻ろう。つかまる時は四人いっしょや。ていうか下駄履いててあの速さで走れるなんてすごい爺ちゃんやな」

 千陽と棗も踵を返した。

「罰として、廊下の雑巾掛けを命ずる!」

 ご老人は竹刀でパシンッと地面を叩き、四人に向かって金剛力士像のようなとても険しい表情で申した。久未は目にちょっぴり涙を浮かばせていた。


「水冷たーい」

 梨穂は手にハァッと息を吹きかけた。

「雑巾がけするんは、中学の時以来や」

 棗はとても楽しそうに床をフキフキしている。

「長い廊下じゃな。小学生の頃、校外学習で行った卯之町の米博物館を思い出すよ。クーミン、これだけで済んでよかったね」

「もう! 元はといえばちはるちゃんのせいだからね。本当に怖かったんだからっ」

 久未はぷっくりふくれた。

「まあまあ。クーミンのおかげでつかまったらどうなるかが体験出来たけん、クーミンには感謝してるんよ。ワタシとリホでやってた頃は一度もつかまったことないけんね」

「褒められてるけど、全然嬉しくなーい」

 四人は二十分ほどかけて雑巾掛けを終えた。

「皆、ご苦労じゃたな。廊下がワシの頭のようにピカピカになっておるぞな」

 ご老人はさっきとは正反対に、お地蔵さんのようににこやかな表情で告げた。

「茶の間へ来なされ。お礼をするぞな」

 そして四人に干し柿や羊羹、お煎餅を振舞う。

「わーい、ありがとうございます。その前に、柿盗んでごめんなさい」

「申し訳ないな。うちら泥棒したのに」

「ホホホ、ワシは嬉しいんぞな。近頃はこうゆうことしてくれる子は、滅多におらんようなってしもたけん。若いお嬢さんたちが盗みに来てくれた時は、久々に若い頃を思い出したぞな。ワシ、大声で怒鳴るとハッピーな気分になるんよ」

「ワタシ、昔のマンガでこうゆうの見て、面白半分でやってみようと思ったんよ」

「わたしは一つも盗んでないよ。千陽ちゃんの近く見てただけなの。つかまってどうなることかと思ったけど、優しいおじいちゃんでよかった」

 梨穂はホッとした表情を浮かべる。

「ハッハッハ。こちらのお二方は見かけぬ顔じゃが、新部員の方かな?」

「ほうなんよ」

 千陽は答えた。

「ほうかほうか。お二方も、また盗みに来てほしいぞな」

「いえいえ。私は、お菓子だけいただきたいな」

「うち、絶対来ますよ」

 棗は目を輝かせながら言った。

「ホホホ、楽しみに待っておるぞな。今度は虫取り網でつかまえちゃるけん。んぬっ!?」

 ご老人はにやりと微笑んだその刹那、ぴくりと反応した。裏庭の方から、コツンッコツンッという音が聞こえてきたのだ。

「柿泥棒が現れよったな」

 彼は眉をへの字に曲げた。四人も、彼のあとに続いて裏庭へと向かう。

 そこにいたのはなんと――。 

「ぃよう、おまえさんらもおったんか。さては、柿泥棒してつかまったんじゃな。おれもまさに今、柿を盗んでおる最中じゃ。おまえさんらも仲間ぞなもし」

 末成先生であった。彼は木製バットで木の幹や枝葉を叩き、高い位置にある実を落としていた。

「あいつ神出鬼没やな」

 棗はくすっと笑った。

「やはりウラナリ坊主じゃったか。また来よって。待たんかこりゃあああああっ!」

 ご老人は再び険しい表情になり、怒声を張り上げた。久未は少し怖がる。

「おれに追いつけるか勝負ぞなもし。まあ九十近い爺さんには無理じゃろな」

 末成先生は柿の実を両手いっぱいに抱え、走り去る。坊っちゃんスタジアムがある方角に向かって。

「陸上界の双葉山と呼ばれたこのワシを馬鹿にするなよ」

 ご老人は怒り心頭に発する。彼が落としていったバットを拾い上げ右手に持ち、彼を追いかけにいった。


「見逃してしまったぞな。ウラナリ坊主め、ガキの頃から精神年齢ちっとも変わらんのう」

 五分ほどして、ご老人はやや息を切らしながら、残念そうな表情で裏庭へ戻ってきた。

「末成先生とお知り合いだったんですね」

 久未は微笑んだ。

「ほうよ。近所の子なんよ。ウラナリ坊主は四十年以上前からずっと、毎年この時期になるとワシの家の柿を盗みに来おる。かの正岡子規の詠んだ有名な俳句、『柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺』の実写版とか言いおって。ウラナリ坊主がガキの頃は、ワシが何度もとっちめて物置小屋に閉じ込めてやったものじゃが、もう三十年以上もつかまえるのに失敗しておる。ワシも年には適わんぞな」

 ご老人はため息をつく。

「おじいちゃん、ニセ物理をつかまえるいい方法がありますよ。今夜は雨が降るみたいなので、より最適ですよ」

 梨穂は彼の耳元でささやいた。

「ほう。それは、それは――」


             ☆☁☂☂☁


翌日早朝、五時半頃。

「昨日取り逃した分を、回収するぞなもし。雨戸が閉まっておるけん、ご老人はまだ寝ているはずじゃ」

 末成先生は、再びご老人宅裏庭へ姿を現した。

「およっ、あんな所に目薬が置いてるぞなもし。これは、あのことわざをやらねばならぬぞなもし」

 柿の木の根元に置かれてあった目薬を拾い上げる。

「さて、どうやって二階へ上がろうか……そうじゃ、この柿の木を上って屋根の上へ飛び移るか。湿っとるけん滑らんように気をつけんと。それにしてもここの爺さん、苗字は栗田のくせして、栗の木は一本も植えておらんのじゃな」

 サルのように器用に木の登り、あっという間に地面から数メートルの高さにある枝の上へ。

「とぉーっ!」

そこから、屋根の突き出た部分に置かれてある、鬼瓦の上へぴょんっと飛び移った。

しかし――。

「うおっととと、うわーっ!」

 着地と同時に足を滑らせ、三メートルほど下にある地面へと転落してしまった。

「いったたたたた、足を挫いたぞなもし」

 かなり苦しそうな表情を浮かべる。その時、

「ホホホッ、ウラナリ坊主、ガキの頃と同じ過ちをしでかしおったな」

 突然雨戸ががらりと開き、家の中からご老人がひょこっと現れた。下駄を履いて、彼のもとへと近寄る。

「かっ、柿の爺さんぞなもし。オウマイゴッド。おれのしたことが不覚を取ってしまったぞなもし。エスケイプせねば……いっ、痛くて動けないぞなもし」

「ウラナリ坊主、もう逃げられんぞな。たっぷりお仕置きしてやるぞな」

 ご老人は木製バットを振りかざす。昨日まで末成先生が所有していた物だ。

「まっ、待ってほしいぞなもし。おれ、これから学校に行かんといかんのに。かわいい女生徒たちが待ってるぞなもしよ」

 末成先生は冷や汗をかきながら焦りの表情を見せる。

「そのことなら問題ないぞな。今日は風邪で欠席すると、ウラナリ坊主が勤めておる学校へ連絡がすでに行っておるから」

 ご老人は微笑みながらさらりと告げた。

「そっ、そんなバカなー。Why? How?」

「さーて、ウラナリ坊主、昔閉じ込めてやった時ビービー泣き喚いた真っ暗な物置小屋へ連れて行ってあげよう」

「そっ、そこだけは勘弁してほしいぞなもし。おれ、暗い所はベリー苦手やけん」

 末成先生は必死に懇願する。

「何ぞな? ワシ、耳が遠いけん」

けれどもご老人は意気揚々と赤シャツを引っ張り、彼をそこへと運んでいく。

「栗田の爺さん、お願いじゃけん。こうなったら『窮鼠猫を噛む』をお見せしてやるぞなもし」

 末成先生は引きずられながらも手で砂をつかみ、ご老人に向かって投げつけた。けれどもまったく通用せず、彼はあれよあれよという間に物置小屋へ放り込まれた。

「ウラナリ坊主、ワシの苗字は何度も言うが“栗田”ではなく“粟田”ぞな。よく間違えられるけん覚えてほしいぞな。それではウラナリ坊主、ワシはこれから高知へ遊びに行ってこーわい。安心するぞな。夜九時頃には戻ってこーわい」

 ご老人はにこにこしながらそう告げて引き戸を閉め、鍵を厳重にかけた。

「うわーっ。くり、いや粟田の爺さん、出してほしいぞなもしーっ」

 末成先生の空しい叫び声が響き渡る。彼はこれに懲りて、二度とご老人宅へは近づくまいと誓ったそうだ。


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