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花を愛したおとこ

 あるところに、花が咲いていました。可憐で儚い、一輪の花です。



 その花、彼女は、名をアザミと名乗りました。美しく風に揺れて、わたしに愛を見せていたのです。いいえ、わたしを魅せているのでしょう。


 わたしは、彼女の虜でした。ええ、(しもべ)でした。


 彼女の為にわたしが持ち寄った、さまざまな美しいものは全て、きっと、こんなわたしの人生よりも輝いていたでしょう。


 それでも、彼女に想いを寄せている時間が、わたしにとっては救いでありました。こんなにみじめなわたしでも、誰かを愛することはできるのだと。


 それが誇らしくて、嬉しくて。わたしは彼女を愛しながら、そんなわたしを愛しておりました。


 彼女の居る場所に足を運び、彼女の移るたびに着いて行く。一輪の花をただ愛おしむわたしの背に、指を向けて笑うものもおりました。


 そのものは、大勢の花を愛でるを好しとしておりました。しかし、わたしは、花の愛し方はそれぞれだと知っていましたから、気にすることなく、その一輪だけの花を愛でました。


 ふと、彼女がわたしの瞳を見て、その愛らしい顔が甘く笑みを浮かべたとき。


 ああ、咄嗟に隠れてしまいたくなるほど、彼女はわたしにとって、ずいぶん眩しいのです! 


 彼女は地上の恒星でありました。わたしはと言うと、その周りに浮かぶ塵でしょう。



 時に、出会った時から、彼女はわたしに、誰かの影を見出していたように思います。出会って数月経った頃から、わたしの背に向かって、わたし以外の名を呼ぶこともありました。


 彼女の周りが話していることを、通りすがりに聞いたことがあります。それは、彼女の、今は亡き想い人の話でございました。


 その話を聞いたのち、彼女に会うと、「夢であなたに会ったのよ」と、わたしを映さぬ瞳でわたしに言ったものですから。わたしはおもわず、彼女をやさしく胸に抱きました。


 次第に、彼女は夢に浸る時間が多くなりました。日に上体を起こすのも、数分程度。病床に臥せ、すっかりと痩せてしまっても、彼女はなお愛らしい顔でわたしの方を見て笑むのです。


 医者に聞くと、彼女のこころが弱っているのだとわかりました。こころと体は繋がっており、どちらかが弱ればまた片方も弱るのだそうです。


 いつでも、彼女はわたしに微笑みます。己も他者もわからずとも、己のそばにいるのが名も忘れた想い人であると信じて疑わないのです。


 わたしの手にそっと触れ、やっとの思いで笑みを浮かべる彼女が、愛しくてたまらない。


 どれだけ苦しくても、想い人の前では笑みを絶やさない。彼女の美しさは、強さと、弱さでした。



 ええ。そうです。だから、彼女を殺めたのです。


 そして、わたしが彼女の最後の記憶になりたかったのです。わたしの最後の記憶も彼女にしたかったのです。


 彼女の瞳に、わたしを映してほしかった。


 でも、ただ一言、わたしがその男よりも幸せにしてみせると、言えばよかった。


 どうにかしてでも、彼女を幸せにしたかった。その気持ちは、わたしにあったはずだ。方法は、いくらでもあったはずだ。


 ああ、わたしの、意気地のなしめ。



 彼女が息を引き取り、2日立ちます。


 わたしはさきほど、山鳥兜の根を数本、つぶして飲みました。


 もう、物を言い遺すことはかないません。だからこそ、筆を執るのです。


 彼女は死んだ。じきにわたしも死ぬ。



 アザミ。生まれ変わったら、きみに、愛されたい。

2025/03/15 03:16

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